第32話 新くん、好きです
「お邪魔します」
紅羽先輩の家の玄関に入ると、こんなことを言うのは気持ち悪いかもしれないが、なんだか良い匂いがした。
花の匂いなのか、それとも食べ物系の匂いなのかはわからないが、とにかく甘い匂いがした。
そして何より。
「やっぱり紅羽先輩はオシャレですね、このライトとか」
「そうかな?」
紅羽先輩の家の玄関に置いてあるライトが、ライトというよりは、ランタンと言った方が良いような見た目で、とてもオシャレだった。
それ以外にも靴を脱いだ先にはしっかりとオシャレな模様のカーペットが敷かれていたり、花があったりと流石紅羽先輩の家と言った感じだ。
「着いてきて!私の部屋三階なの」
「わかりました」
俺は紅羽先輩の後をついていく。
三階に着くと、紅羽の部屋という看板が付いているドアがあった。
紅羽先輩はそのドアを開けて、俺も部屋に入るように促してきたため、俺も紅羽先輩の部屋に入った。
「ここが紅羽先輩の部屋…なんですね」
「うん!ど…どうかな?」
紅羽先輩は少し不安そうだ。
辺りを見回すと、オレンジ色を基調とした部屋になっているようで、カーペットやベッドなんかも基本的にはオレンジ色になっている。
「やっぱりめっちゃオシャレですよ!観葉植物とか置いてますし、オレンジ色が多いのも明るい紅羽先輩にぴったりだと思います」
「本当!?やった!」
「…紅羽先輩、改めて誕生日おめでとうございます、一応俺ケーキも買ってきたんですよ、よかったら食べますか?」
「え、嬉しい!ありがと!私も一応二個くらいケーキ買ってきたの!ちょっと待ってて、取ってくるから!」
「はい、ありがとうございます」
いつもなら「俺の分まで!?いいですよ!」と言っていたが、誕生日にまでそんなに遠慮するのは、かえって礼儀が悪いというものだ。
俺は紅羽先輩が居ない間、緊張を解く意味でも心を落ち着かせることにした。
そして…
「じゃじゃ〜ん!持ってきたよ!こっちが生クリームで、こっちがチョコ!」
「え…?ちょっと、待ってください?」
俺は紅羽先輩が両手にそれぞれ持っているケーキを見て絶句する。
「どうしたの?」
「ケーキ二個って、ショートケーキとかだと思ってたんですけど」
「あはは、何言ってるの新くん!せっかくの誕生日なんだからホールケーキ食べさせてよ〜!」
「それはわかりますけどホールケーキ二個なんて俺たち二人で食べられないですよね!?」
「それもそうだね!あはは」
「全く…」
そう言いつつも、いつもと変わらない紅羽先輩を見て、俺は緊張が完全に解けているのを感じた。
「なら、両方半分に切って合計ワンホール分を二人で食べましょう、俺が買ってきたショートケーキは紅羽先輩が食べてください」
「うん!わかったよ!」
その後俺たちは軽い雑談をしながらケーキを食べていたが、紅羽先輩がケーキを食べる手を止めた。
「…紅羽先輩?」
「……」
紅羽先輩は、何かを考え込むように固まったかと思えば、今度は俺の方を見てきた。
「…新くん、聞いて欲しいことがあるの」
「聞いて欲しいこと…?」
前のハロウィンの時みたいに、変な空気感を作ってから後で驚かせたりしてくるのかとも思ったが、紅羽先輩の顔がそうでないことを物語っていたため、俺は真剣にその話を聞く姿勢を作った。
「新くんと出会ったのは、もう半年以上前の四月だったよね」
「はい、そうですね」
「あの時は新くんに仕事教えるのが楽しいなってだけだったの…でも、五月くらいから、それが変わっていったの」
俺は紅羽先輩が話していることに、黙って耳を傾ける。
…耳を傾ける、というよりは、紅羽先輩の作る雰囲気が、俺のことを自然とそうさせていた。
「五月の中旬くらいには、新くんと一緒に居るのが楽しくなってきちゃって、ただ新くんに会うためだけにバイトに行ってたりしたんだよね…で、五月の終わりくらいかな、その気持ちはただ楽しいってだけじゃなくなった」
「……」
「新くんと居るとね、今まで感じたこともないくらい、胸が高鳴って、ドキドキして、でも同時に苦しくてズキズキもしたりしたの…本当に、そんなの初めてだった」
紅羽先輩は自分の胸に手を当てて、今も自分の心臓の鼓動を確認するように言う。
「今も、ドキドキしてる、まさか新くんとこうして私の誕生日に、私の部屋で、二人きりで過ごせるなんて…夢にも思ってなかったから」
俺も、試しに紅羽先輩と同じように自分の心臓の鼓動を確かめるために、自分の胸に手を当ててみた。
すると、今まで感じたことがないほどに、俺の心臓の鼓動が早まっていた。
「新くん…私、新くんと、もっと長い間一緒に居たいの」
次の言葉を放つのに、どれだけの勇気がいるのかは計り知れない…それでも、紅羽先輩はその言葉を力強く、毅然と言い放った。
「────新くん、好きです」
その言葉を聞いた俺の心臓の鼓動は、今にもどうにかなってしまうんじゃないかと思うほどに早くなっていて。
俺の心も、それと等しく揺れ動いていた。
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