第34話試される大地(正)

 試される大地へ足を踏み入れる。


 相変わらず愛用している黒のパーカーにデニムのショートパンツ。でっかいサングラスを掛けて空港の出口に立っている。


 プライベートジェットで日本に帰って来たのだが、都内ではなく試される大地で降ろされるとは思わなかった。あの国からのせめてもの報復だろうか? 


 リュックサックに入れたノートパソコンを開くと、無線の端末を起動させた。


 無線の端末はどこでも配信を行えるように持たされている。海外にいた時は回線が通じておらず使えなかったが日本国内にいれば問題ないようだ。


 ウェブカメラをセットし宙に浮かべた状態で配信開始ボタンを押した。画面には【えるしぃちゃんねる】の生配信が唐突に始まったので慌てた様子のコメントが流れている。


「こんえるしぃ~。なぜか、試される大地の空港前にいます! ふぉおぉぉ!! どうすればいいと思う……?」


:いや、どうすればと言われても……

:【ヴァイスリッター】どこ行ってたん!? 心配したんやで!!

:【鈴】涙を流してたネ

:【きらら】皆さん殺気だって恐かったです

:飼育員さん達オコやん

:[神よ。試練だったのですね]

:【雷蔵】おい、海外から恐ろしい情報が……

:【切り抜き爺】大変だったみたいだね……

:【ウィザー丼】えっと、お疲れ様……?

:なぜ、試される大地?

:どうもしようがないw

:カニ食いねえ


「えっと、ちょっと海外に行っててドンパチしたら、なんかここで降ろされたんだよね……。お財布には――あ゛っ!!」


 ポッケにもリュックにも異空庫にも財布が無い。現金もなるべく持たないようにしていたので無一文という危機的な状況であった。恐らく戦闘のどさくさに紛れて紛失した可能性が高い。


 リスナーは心配している様子だが本当にどうしようもない時はスマホへ電子マネーを送金してもらえれば問題ない。

 

 事務所のメンバーには簡易的な状況説明を行い納得してもらった。心から納得はしていないが後日ちゃんと謝ろうとえるしぃちゃんは決意した。ちなみに、銀行のカードなどの停止措置は蓮ちゃんにお任せだ。


「――よし。決めた」


 いつもなら異空庫から物を取り出すのだがリスナーの前なので、一応リュックの入り口に異空庫を展開。ホワイトボードを出そうとしたら突撃銃アサルトライフルが半分程出てきてしまう。素早く戻してホワイトボードを取り出した。


:なぜかAKが見えた気が……

:嫌な予感がします

:【雷蔵】おい……おいっ!!

:テヘッで誤魔化されるかいwww

:普通に人ならモデルガンで済むのに、えるしぃちゃんが出したら……

:ヒィッ! 何処でドンパチしてきたんですかね……

:そういえば昨日ニュースでどこかの基地が壊滅したって……

:僕らは何も見なかった。いいね? いいね!?


「大丈夫。次は英国辺りに遊び行くから。というわけでヒッチハイクをして最北端を目指そうと思います!! ――できるかな? 言わなきゃよかったかな、不安になって来た……」


 英国辺りに行くと不吉な事を宣言する。


 ヒッチハイクを敢行するという自らを瀕死の状況へ追い込んでいくスタイル。言っちまった、と、顔を俯けながら青い顔をしているようだ。


:やめてもええんやで?

:言ってから後悔してる

:生き急ぐなよ

:大丈夫か……?

:一番あかんやつやん


「ひっひっ、ひふぅ。――やるぞ!! 本当に死にそうになったら誰か迎えに来てね……」


 一応助けを呼ぶ宣言をしておく。本当に無一文なので食べ物も何とかしなければいけないのだ。


:事務所開設してないのに凄い企画を突発でやるとは

:【ヴァイスリッター】いや、ほんま突然やるなや!

:ほら、副社長も言ってる

:【きらら】えるしぃちゃんとカニ食べたかったです

:【鈴】ここは嫁としてドンと家で待ってるネ

:ヒッチハイクを今時やってる人いる?


 ホワイトボードに『最北端に行きたいよぅ! タダで!!』と書いて空港のロータリーで掲げる。しかし、目の前にはタクシーしか停車していない。タクシーの運ちゃんも呆れた表情している。


:あほぅ一匹見つけました

:タクシーに無賃乗車させて言うとる人いますよ

:凄いな、スタートから躓いとる

:占いか護符と交換なら一発やけど企画倒れだよなぁ


 そうなのだ。占いするから乗せて? と、言ってしまえばえるしぃちゃん無双をしてしまうのだ。リスナーにそれを指摘されると禁止事項に加えられた。


「むむむ、ちょっと移動するしかないですねぇ。――よぅい。ドンッ!」


 風が吹き荒れた。


 アサシン的高等身体技術【抜き足】と【差し足】を使用して駆け出していく。その速度は車両の速度を上回り、抜き去っていく車の運転手の度肝を抜いて行く。


 もちろん、ノートパソコンとウェブカメラは保護されており、えるしぃちゃんの高速移動を追従しながら配信を行っている。


:もう、ヒッチハイクしなくても良いと思われ

:車より、ずっと早い!!

:またしても企画倒れ

:スペック高すぎて人間にできないことを素でクリアーしていく

:もう、観光でいいんじゃ

:これはひどい


 しばらく走っていると国道に辿り着き停止する。ヒッチハイクをするにはうってつけの場所だ。汗もかかずにホワイトボードを構え準備した。


「へいへいへーい。わたしを乗せてくれたらご利益あるかもよ~。超絶美少女エルフちゃんだよ~」


:よし、車出すか

:試される大地のリスナーもいるだろうな

:ご利益は、あるな……確かに……

:なぜ俺は今日に限って仕事なんだ……

:攫われないように……大丈夫か。えるしぃちゃんだし


 するとすぐさま車が目の前に停車する。派手なカラーリングをした改造車であり、助手席から顔を出した若い兄ちゃんは明らかにチャラ男系の人間であった。


「君、可愛いねぇ~よかったら乗っ「チェンジ!!」」


 話をぶった切って数百メートル程後退する。えるしぃちゃんはさきほど停車した車を無かった事にした。


:ひどいものをみました

:チェンジ!!

:えるしぃちゃんの人間判定は正確だからなぁ

:まぁ、明らかに怪しかったしね


 数分したらまたしても似たような車種が停止すると繰り返し無かった事にする。そのパターンが数度ほど繰り返されると、さすがのえるしぃちゃんもげんなりしていた。


「ねぇ……。もっと、こう。なんだろ……。お嬢さん乗って行きます? みたいな紳士的な人はいないの……?」


:まぁ、若い女の子はヒッチハイクしちゃ駄目だよね

:変な人多いからやっちゃ駄目だよ!

:無謀過ぎた

:リスナーにお願いするしか……

:えるしぃちゃんが輝き過ぎているから


 仕方なく、いい方法が見つかるまで最北端っぽい方向へ走り続けることに。行き当たりばったりな企画は早々に破綻するものなのだ。事実、放送されているTV番組やユアチューブの企画でも、入念な打ち合わせのもと製作されているのだ。


 リスナーとの会話を行って走り続けていると、いつの間にか日が落ち始め辺りが暗くなって来る。


 喋りながら走り続けているとかなりの速度が出ていたのか、海岸線沿いに辿り着いていた。


:トーク続けていたら百キロ近く出てたんやない?

:道路交通法が通用しない女

:パトカー「減速……して欲しいなぁ」

:もう、これで楽しいwww

:魚取ろうぜ! 釣ってもいい場所でね


「お? それ採用!!」


 ホワイトボードに『ここで魚を数匹取って良いですか? 素手で』と書いて近くにいる漁船で作業している漁師さんへ掲げる。


:たしか、色々細かいルールあったよな

:基本アウトやん

:貝やエビがNGやろ

:釣りもいい場所と駄目な場所があるみたい


 うんしょうんしょと一生懸命ホワイトボードでアピールしていると、漁師さんが気付き訝し気に見て来る。ボードに書かれた内容を読んで少し考えると。


「お嬢さん大丈夫ね? 甲殻類を取らないなら少しくらいいいけど。釣りじゃないんだね? え、素手? できるならやってみなよ? それなら一杯とっても大丈夫だよ!」


 色よい返事が貰えたことにニッコニコでホワイトボードに返事を書いた。おじさんとの距離を置いてコミュニケーションがギリギリとれている。


『ありがとう!! さかなを採ってきたらおじさんにもお裾分けするね!!』


:ああ、許可しちゃいけない人物に許可しちゃったよ

:オチが見えました

:飛び込むんだろうなぁ……

:許可しちゃったwww

:あーあ

:どうなるんだ……


 持ち物を全てその場に置いて準備運動をし始める。その様子を見ている漁師さんはとっても嫌な予感がし始めてます。靴と可愛い靴下を脱いで助走を付けると――飛び込んだ。


:やっぱり……

:大丈夫とは思うけど……

:寒中水泳どころじゃねえ

:絶対さむいだろwww


 おさかなえるしぃ号は海中を強化術式を身体に施しながら高速で進んで行きます。その速度は魚雷の速度を超え大物を探知魔法を使い探していきます。


 しばらく海中を潜行していくと先の方に魚群の反応が。

 

 ――ピコォン!!


 発見したようです。大物を探知したえるしぃちゃんは暗視魔法で目標を探すと、高速で泳ぎ回る――クロマグロが。


 その大きさはえるしぃちゃんの身長を超えており、無機質な眼光でボケッと見つめてきます。なにか野生の勘が発動したのかクロマグロの群れは一斉に逃げ出します。


『わたしの晩御飯になるのですよぅ!!』


 クロマグロの進行方向に先回りし一回り大きい獲物に狙いを定めます。そこで指パッチンをして衝撃波を発生させる。振動の効果で動きが鈍った瞬間を狙い指先をクロマグロに突き刺して仕留める。


 見事二メートルはある立派なクロマグロを仕留めました。


 さすがに持ちながら水中を高速移動できないので異空庫に仕舞い、陸に上がる時に出すようです。再び、魚雷の速度を超えながら元居た場所へ戻っていきます。


 数十分ほど泳ぐと異空庫からクロマグロを出して陸へ上がっていきました。


 ざぱぁんと、飛び上がり見事着地を決めます。心配して、海上保安局に連絡をする寸前だった漁師さんはクロマグロを見て唖然としています。


「とったどぉー!!」


 元気いっぱいにえるしぃちゃんの身長を超えるクロマグロを抱えて持ち上げます。


:やっぱりwww

:それ、いくらするんだろう……

:やっちまったなぁ

:美味そう

:今日はマグロ祭りじゃい!!


 叫ぶ姿を見て漁師さんが正気に戻りましたがクロマグロを見て頭を抱えてしまいました。ですが素手での捕獲を許可してしまった手前、強くは言えないようです。


「お嬢さん……本当にやっちまうとは……。んで、そいつどうすんだい?」


 はっ、としたえるしぃちゃんは急いでホワイトボードに書き殴ります。


『お夕飯食べたいから――解体してくれたら半分はあげる! お土産にも欲しいしね!!』


「こいつぁ、でかいから十人前どころじゃないんだが……。タダでこんなすげえもん貰えるなら捌いてやるよっ! こっちへ持ってこれるかい?」


『おっけー! ちょっと、コミュニケーション苦手だから喋れなかったらごめんなさい』


 常に距離を取りながらホワイトボードで会話を行っているので漁師さんはちゃんと理解してくれている様子。むしろ、とんでもない事をやってしまった少女に賞賛の声を上げたいくらいだ。


 魚の解体場所には他にも多くの漁師さんがおり、えるしぃちゃんが素潜りでクロマグロを取って来た事を信じれないようです。ですが、身長よりも大きいクロマグロを抱える少女を見て信憑性は上がった様子。


「あッ!! えるしぃちゃんだ! おやじさん! えるしぃちゃんなら間違いないっす! 彼女、他にも山をぶった切ったり――ほら、ちょっと前にテレビの中継でゲロ吐いた子ですって!」


「ああ、そういえばそんな子がいたねぇ。よし、解体するからお嬢ちゃんこっちに持っておいで! 半分くれるんだろ? みんなで食っちまおうぜ」


 とっても不名誉な覚えられ方である。ゲロインの風評は未だに消えていない様子。

 

 クロマグロを解体場に運び出すと解体の様子を配信で中継する。クレーンぽい物で吊り上げられ徐々に解体されていく。


 ちなみに、えるしぃちゃんと気付いた兄ちゃんがサインを求めてきたのでちゃんと距離を開けながら書いてあげたえるしぃちゃん。彼のお陰で交渉がうまく言ったのでちょっと、おまけで守護の護符の様にしてあげる。


「ほれ、お嬢ちゃん。大トロに中トロだよ。醤油は好みで付けとくれ――ほんとに半分も貰っていいのかい? まぁ、許可を出しちまったのはこっちなんだが次からは勘弁してくれな?」


『いいですよぉ~! 取りに行くのはちょっと、疲れたので。次からは市場に食べにいきま~す』


 ホワイトボードをコンコンと叩くえるしぃちゃん。スーパーのレジのおばさんにビクビクしていた頃よりかは、少しづつ人とのコミュニケーションが取れてきている。ポンコツなエルフだが、なんだかんだとちゃんと成長しているのだ。


 解体はまだ終わっていないが内弁慶エルフちゃんはウェブカメラに向かって大トロを見せびらかして自慢を始めてしまう。


「ほ~れほれほれ。うまそ~だろぅ? ――あ、事務所の皆にもお土産にするからね? 楽しみに待っててね!」


:あ゛あ゛ぁぁ!!

:超美味そう

:【きらら】やったー!

:【駄菓子屋婆】あんた、ちゃんと持ってくるんだよ!

:ああ、口の中で溶けるトロを想像してしまった

:【切り抜き爺】ありがとうね。お嬢さん

:回転ずしに行くか

:【雷蔵】あの件をそれでチャラにしてやる

:[日本のクロマグロという物ですか……]


 刺しみ醤油にちょんちょんと付けて口の中に放り込む。魚のねっとりとした感覚と口の中に広がる絶妙な旨みが広がる。切りそろえられた大トロは瞬時に口の中へ溶けていき。皿の上の刺身が無くなった。


「予想の十倍美味しかった……。これで今度お寿司でも握ろうかな……」


 残りの中トロも食べ終えると解体が終わりブロックごとに分けられているようだ。

解体場へ入っていくと漁師さん達が声を掛けてきた。


「お嬢ちゃんありがとな! こいつはもって帰るぜ!」


 発砲スチロールの保冷箱に次々と入れられていき間もなく解散した。えるしぃちゃんもタダでもらった保冷箱にマグロのブロックを入れると異空庫へ収納する。


「ふぅ~食った食ったぁ~みんなも長い配信になったけどそろそろ終わろうかな~」


 すでに配信を終えた気分になっているが大事な事を忘れているえるしぃちゃん。リスナーも呆れかえっており、すでにオチすら見えている。


:えるしぃちゃん……どうやってお家かえるの?

:野宿確定www

:そこは試される大地なのです

:【ヴァイスリッター】どないするねん!?

:【鈴】ああ、早く帰って来るアルヨ……

:どこに泊まるんですか?

:やっちまったなぁ……


「あ゛!! お家……ないなった……。配信終われないじゃん……」


 ここに長時間耐久配信の幕が上がった。

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