第33話はぁ……。(※残酷な描写あり)

 木偶人形の中にリーダーが存在するのか群体生物の様に統率が取れている。圧倒的に優れた戦略眼がすぐさま司令塔を見つけ出した。


 おそらく、おっさん将校を最高司令官として下位には小隊と分隊リーダーがいるようだ。一糸乱れぬ戦闘移行に褒めるところもあるのだな、と、独り言ちる。


 中距離から拳銃を構えだし発砲。牽制のようだ。しかも、フレンドリーファイアをしないように火線の管理もできている。えるしぃちゃんの動きを誘導し集団での狩りの成功率を上げる。――スラリ。サーベルのようなものを抜いて切りかかって来る。


 久しぶりの殺し合い。戦闘行動だ。司令塔を潰して終わらせるのは――もったいないじゃないか。


 ヒィ、ヒュン。軽く首を何度か傾げ弾丸を回避。四人一組フォーマンセルで死角を作らずに射撃と斬撃を繰り出してきた。――甘い。


 トンッ。地を蹴り滞空。逆さになりながら木偶の頭を掴み――捻じり取る。着地した背後には力なく崩れ落ちる首なし人形。――ああ、ああ、噴水がとっても綺麗だ。


 ボール頭部を投げつけ、サーベルを弾き飛ばす。落下しきる前にサーベルを拾い上げながら木偶の顎から上部を撫で切った。――二つ目。高速移動を開始。首筋を狙いすます。切り落とした二つ目の頭部が地に着くまでの間、四人一組フォーマンセルの頭部は仲良く宙を舞っていた。


 周囲からの弾丸の牽制は止まない。乱雑に振るわれたサーベルの刀線上に鉛玉をお迎えする。オカエリナサイ――サヨウナラ。分かたれたツガイは戻ることはない、いつになれば資源の無駄だと分かるのだろうか?

 

 地を軽く踏みしめ――縮地。十数人の首級が戦果へと加算され、血煙へと変わる。サーベルの刃こぼれが酷い――量産品のなまくらめ! ステップを踏み斬撃を回避、すれ違いざまになまくらを大地と平行に胸へ捻じ込む。見事に胸骨の間を潜り抜け心臓部へと到達した。


 新たなサーベルを拾う。武器はいくらでも木偶共から補充できるので、えるしぃちゃんが遊ぶことに困ることはない。


 両手に二振りサーベルを構える。頭部を狙いすまし、切り飛ばすだけでは脳が無い。――指だ。超絶技巧で正確に切り落とす。とても痛そうにしか見えない。だが、木偶にそのような感情は必要とされていないのか、手に武器を取れないならば。と、自爆特攻を仕掛けて来る。


 手榴弾のピンを引き抜いて抱き着こうと必死に向かってくる。――ああ、どこまでもこの木偶人形達は消耗品なのだな。と、理解する。


 拳銃を拾い。撃つ、拾う、撃つ。ステップを踏みながら拳銃を拾い上げ頭部へ致命の弾丸を正確に打ち込んでいく。バク転しながら掴んだ拳銃を空中で逆さまに射撃するも、逸れる事叶わず。


 弾丸の数だけ木偶の命が失われ消耗されていく。――すでに数十名ほどしか残っていない。地に大量の屍が築き上げられていき、訓練場は血と臓物で顔を顰めるほどの死臭が漂っている。


「もう――いいよ。眠りな」


 抜刀術の構えを取る。戦闘を楽しめるかと思うも、所詮、意志なき木偶人形には燃えるような闘争も、ひりつくような死闘も、得られるものは何もなかった。ただ、空しいだけ。


 実は、闘神は表層に出て来ておらず『えるしぃ』が切り殺していた。殺意という感情だけ押し付けて。なぜかと言えばこの戦闘に意義を見出していなかったからだ。


 ――狂わずに狂えという事なのか。子の成長を促すにはスパルタなんだねぇ。


 戦争という場で分裂し生まれた闘神という存在。今、この場で人格を切り替えずに戦う事でえるしぃの心は摩耗する。


「ひどい、ひどいなぁ――でも、闘神に押し付けるだけじゃぁ、わたしは成長しないのかな?」


 構えているサーベルの周りは重力異常を起こし空間が歪んでいく。


「次、生まて来る時には幸せになれる事を祈るよ。――闘神流抜刀術」


 ――未完・空間断ち。


 刀身を横薙ぎに振るう。空間を断ち切る重みに刀本体が軋みを上げるも、強化術式を重ね掛け強引に――振り切った。


 魂を引きずり込むような虚無の空間が一筋現れ、全てを飲み込んでいく。扇状に展開された異次元としか思えない刀傷は地平線まで続きあらゆるものを崩壊させた。


 軍事施設そのものも、働いていた職員も、切り殺された木偶人形諸共。


 破砕音をたて振り切ったサーベルは粉々に散っていった。いくら強化術式を重ねても物質の強度はそこまで高くなかったのだ。


 ふぅ。溜息を少し吐くと背後に振り返る。えるしぃちゃんの視線の先にはおっさん将校が股間から汚物を垂れ流しながら腰を抜かしていた。


 コミュ障であろうともゲロクソ以下の汚物と認識すれば会話は成立する。それが死と言う一方的な通告でしかありえないが。


「たしか、こう言うんだっけ? ――『過去への懺悔は済ませたか? 未来への希望は潰えたか? 来世への履歴書は書き終えたか?』」


 リスナーと『勝負に勝った際のカッコいいキメ台詞を決めようぜっ!』討論会を開催した時にランクインしたセリフを宣言する。


 地面に落ちた木偶人形達の遺品である拳銃をゆっくりと拾う。奴の恐怖と後悔の時間をたっぷりと味合わせるためだ。

 

 マガジンを排出、残弾を確認、拳銃へ装填。スライドを引き弾丸が装填されている事を確認。


 震えるおっさんは動けないようだ。まるで理外のバケモノを見たような瞳をしている。――失礼な奴だな。


 ゆっくりと額へ銃口を当て最後の言葉を聞く。ガタガタブルブル震えるその様は生き恥を晒し続けている。


「何か遺言はあるか? ――下等な貴様にも家族はいるだろう?」


 最後の生き汚さを見せつけるようにホルスターに手を伸ばし拳銃を取り出すと、えるしぃちゃんの顔面に向けて引き金を引いた。――だが。


 発砲された弾丸はえるしぃちゃんの歯で受け止められ、すぐさま吐き出された。


「残念~! ――死ね」


 引き金を引いた拳銃から弾丸が放たれ額を通過すると後頭部から飛び出していく。そして、おっさんの瞳から命の灯が消え力なく崩れ落ちた。


 周囲を見渡せば軍事施設は崩壊しどれだけの被害が出たのか分からない。大災害のような状況に途方に暮れてしまう。


「サーシャちゃん迎えにきてくれないかなぁ……。駄目だよね……」


 無駄な労力を割かされた駄賃代わりに無事だった兵器庫から、ありったけの銃器や備品をかっぱらって露国の街へ繰り出していく。 


 その後ろ姿はとても寂しそうだった。







 道端のカフェでボルシチを注文しもきゅもきゅと味わう。こんな寒い中オープンテラスのテーブルに一人で名物料理を味わう。先程から軍事車両などが崩壊した施設へと向かっているが厳戒態勢などはまだ敷かれていない。


 おそらく情報が錯綜しているのか、あの将校が情報を止めていたのかわからないが好都合ではある。せっかく海外に来たのだから美味しい食べ物やお土産をたんまり買って帰りたいものだ。と、エルフちゃんは企んでいる。


 ボルシチと一緒にウォッカを一息に飲む。見た目低年齢なえるしぃちゃんに良くコレを出したものだと店主の商売魂に敬意を表する。


 街中を行き交う人々の生活に日本と変わりはない。軍は軍、裏の人間は裏で動いているだけだ。表の人々の生活に影響を与えてはいけない。


 意外と口に合ったボルシチのお代わりを待っていると、オープンテラスに一人しかいないのに相席を頼んでくる奇特な人間がいた。


「ここ――空いてるかい?」


「――うん。空いてるよ~」


 サーシャちゃんが向かいの席に座ると、えるしぃちゃんの飲んでいたウォッカを引っ手繰ると飲み干した。


 喉を鳴らし小さなグラスをテーブルに置くと、酒精を伴う溜息を盛大に吐く。

 

 二度、三度ほど飲酒を繰り返すとようやく落ち着いたようだ。


「無事、だったんだな。――良かった……」


 そういうと掌にペンダントを出す。淡い光がえるしぃちゃんを求めるように指し示している。ここに、サーシャちゃんが来れた理由が判明した。


「観光……していくんだろ? 案内してやるよ」 


 軍事施設がどのような結末を辿ったのか理解したうえで接してくれるサーシャちゃん。とっても尊いものに感じてしまい、えるしぃちゃんはニッコリと笑う。


 カフェの飲食の支払いを終えると手を繋ぎ観光へと繰り出した。







 お土産屋さんでチョコレートのお菓子や独特なおもちゃを沢山購入し、つまみ食いしながら街中を練り歩く。えるしぃちゃんはパツキン美女に手を引かれご満悦だ。


 古くからある有名な神殿や大きな広場をスマホで撮影したり、お勧めの食べ物を夕食で一緒に食べたり、まったりと二人で過ごした。夜には飛行機にコッソリ乗って帰国しなければならないので若干駆け足だったことが少ない不満ではあるが。


 ライトアップされた神殿をバックに川を眺めながら良い雰囲気で、やっぱりウォッカを飲む。夕方を過ぎるかなり冷え込んできたからだ。


「日本とは違う街並みを見てどうだった? ――軍人のあいつらを見てこの国の全てを嫌って欲しくはなかったんだ……」


 川の方へ視線を向けると少し俯きながら独白する。気のいい酒場のおばさんや同僚のアホなおっさん。良く行くカフェの姉ちゃんは最近彼氏に振られた事や、両親が結婚を急かしてくる事をサーシャは訥々と語る。


 聞いているとこの国の人々の営みはさほど変わりがないように思えた。


 きっと彼女もえるしぃちゃんの力を知り、強大な力を自国に向けては欲しくないのだろう。お願い。ではなく知ってもらう事で少しでも躊躇してくれれば――いや、そこまで打算的ではないな、と。えるしぃは思った。


 色々と衝撃的な出来事が多すぎて整理できていないのだろう。軍事施設が崩壊し千人単位で人死にが出ているのだ。観光の途中から二人の周りを遠目に監視するような行動がとられていた。他の部署の軍事部なのか警察組織なのかはわからない。


 手を出してこない事から少なくとも話自体は通じる、かもしれない。


「ふぅ~ん。わたしは普通にテュイッチで遊べたらよかったんだけどね? 大きな力は人を狂わせるのかもしれないね。――でも、ああいう組織無くなって少しは良かったんじゃないの?」


 その言葉に複雑な表情をする。『デザイナーズチャイルド計画』恐らく彼女は上司から概要だけではあるが聞き及んでいるのだろう。機密に値するのだが上司はよほど彼女の事を信頼しているのだろう。


 自国の恥部を他国の人間が一掃するなど恥以外の何物でもないのだろう。


「――。なに、も、言えない、な……」


 それはそうだろう。あの崩壊に巻き込まれたのは何も悪人だけではないのだ。


 恐らく顔見知り、もしくは、友人が居たのかもしれない。


 だが――


「知った事か。――殺しに来たのだから殺した。それだけだ。下らぬ」


 見下すような目でサーシャを睨みつけた。その瞳には友情も親愛もなく、ただ、そこにあるだけのモノへ向ける視線だ。


「姑息にも打算的な考えで自国を守ろうとしたか――愛国心溢れる反吐の出るような感情じゃな。気持ちが悪いわッ!」


 怒り任せに足踏みをすると川沿いの通路が崩壊する。サーシャが立つ位置を崩れないように調整する辺りまだ温情である。周囲が騒然となり人々が逃げ惑う。その中には幼い子供や、足の悪い老人もいた。


「ほれ、はよう我を空港へ案内せよ。――でなければ今すぐにこの国が滅びると知れ」


 最終通告をする。サーシャは悲しそうにえるしぃちゃんを見つめると、どこかへ連絡をした。互いの間に流れる沈黙が数分程続くと、乗用車がやって来て後部座席のドアを開けられた。ドアを開けた警察の制服を着た男はサーシャと知り合いのようだ。


 その男とサーシャは目で通じ合っている辺り彼が折の合わない上司なのだろう。えるしぃちゃんとサーシャの話が不首尾で終わったことにとても残念そうな顔をしている。


 後部座席に乗り込むとサーシャも乗ろうとしてくるが、えるしぃちゃんは拒否の意を示した。


「――もう、貴様との関係もここまでだ。ご苦労であった。疾くと去ね」


 強い口調で別れを告げる。目線は合わさずに淡々と告げる。


 顎で去るように外を指し示すとドアが無常にも閉じられた。車が空港へ走り去る際にサーシャの瞳には涙が溜まっており溢れ出す寸前であった。


 走行する乗用車の中えるしぃちゃんは考えていた。


 ――せっかく仲良くなったのになぁ……。人死にが出れば早々に友達関係は破綻する。蓮ちゃんが特別な境遇だったからこそ、今の様にうまくいったんだなぁ。


 長く生きればこういうことは多々存在する。人間の怒りという感情は長続きしないが恨みや憎しみはずっと忘れない。きっかけになった人間を見れば必ず思い出すからだ。戦争で仲良しこよしで終わりましょ――なんてものは夢物語なのだ。


 数世代もの人間の生き死にを経てもなお恨みは残る。


 割り切れずとも割り切って来たえるしぃちゃんは早々に見切りを付けた。軍事施設へ向かう車内で仲良くしていたのにも関わらずだ。彼女は善性の人間なのだろう。哀しみの中でも気遣いの心は忘れていなかった。


 車が停車し飛行場内で降車する。恐らく通常の国際線ではなくプライベートジェット機での送迎なのだろう。来るときと打って変わって豪勢なものだな、と。ぼやいた。


 最悪、撃墜されることも想定しなければならなくなったことにうんざりしながら、飛行機へ搭乗していく。


 ハッチが締められる前に上司であるグリゴリという人間が喋りかけてきた。


「ウチの部下はどうでした?」


 色々な意味が含まれているのだろう。人間関係の機微も、酸いも甘いも経験してきた強者の風格を感じる男だ。『どうでした?』には、生意気な部下の甘ちゃんな所も含めての質問なのだろう。


「ふむ。善性の塊じゃな。――いずれ、善き人に出会い善き友人にも恵まれるであろう。我の様な“災厄”と寄り添うにはちと足りなかったな。まぁ、言わなくてもいいのじゃが。『楽しかったよ?』とだけ。――ではな」


 機内へ入っていくとハッチが閉じられ機内アナウンスが流れた。ふかふかの高級感に溢れるシートに座ると異空庫からカップ麺を取り出しお湯を入れ始めた。


 もし間違って毒でも入れられればすぐに墜落させてしまいそうになるからだ。サーシャへの最後の配慮とでもいおうか。

 

「気まぐれに行動すればワクワクする出会いが待っているかと思ったけど……。今回は失敗しちゃったなぁ。はぁ……」


 飛行機が飛び立つと窓の外から街並みの光が段々と遠ざかっていく。報復行動として撃墜はまだされないようだ。


 カップ麺の醤油味の安っぽい味をズルルル、と啜り食らい付く。


 カフェで食べたボルシチが遠い存在の様に思えて、寂しく感じてしまった。


 次は、次は、いい出会いであればいいなと祈りながらボンヤリと雲の上の景色を眺めていた。

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