両片想いな幼馴染

山法師

両片想いな幼馴染

「ゆうちゃーん! 朝だよー!」


 元気な声とともに、自室のドアを叩く音。ああ、この声は、この鈴がコロコロと鳴るような声は、毎朝俺を起こしに来る幼馴染、茜沢仁那あかねざわになの声だ。

 ……母さん、また仁那を家に上げたな。

 俺らももう高校生になるっていうのに、こんな小学生みたいなこと──もしくは二昔前のラブコメの導入のようなことを、なぜ母さんは許しているのか。


「ゆうちゃーん? 起きてるー? 起きてないー? 起きてないなら開けるよー?」


 いっ?

 ガチャガチャと、ドアノブを回す音。まさか、まさかとは思うが、母さんはまた、こいつに俺の部屋の鍵を渡したのか?


「開けるねー」


 ガチャリ、と鍵の回る音。


「ぅお、起きてる! 起きてるから、開けるな! 絶対に開け──


 無常にも、ドアは開けられた。


「あれ、ゆうちゃん、起きてたね。おはよう」


 ふわっと、天使のように微笑む、見知った顔。

 柔らかく波打つ腰までの茶髪、俺より頭一つ低い背丈。そして、人の警戒心を端から解いてしまいそうな、愛らしい顔立ち。

 声の通りに、部屋の前に立っていたのは、仁那だった。


「……おはよう」

「えへへ」


 仏頂面で返事をすれば、彼女は柔らかく笑う。

 それはもう、花がほころんだように。


「ほら、朝ですよー。支度して、ご飯食べて、学校行こ?」


 とてとてと、起き上がった俺がいるベッドまで無防備に近付き、かがんで顔を寄せてくる。

 小悪魔的に、首を傾げながら。


「分かった。分かってる。……着替えるから、外出てろ」

「はーい」


 仁那は素直に部屋から出ていき、パタン、とドアが閉まる。


「……」


 どうしてアイツは、毎朝俺を起こしに来るのを、何も疑問に思わずやってのけてくれるのだろうか。そのせいで俺はこの前、「あ、この俳優さん好きなんだよねー」と仁那が言った俳優がコラボしているブランドのルームウェアを買わなければならなかったのだ。

 今もそれを着ているが、ポイント稼ぎになっているかは、……なってないだろうな。たぶん。


「はぁ……」


 布団から出て、制服に着替える。今年から──正確には二週間ほど前から俺が通っているのは、仁那と同じ高校だ。偶然じゃない。仁那が先生に薦められた高校に、俺の偏差値では到底無理そうなその高校に、俺は通うと決めたのだ。

 ……去年の、受験勉強の時は死ぬかと思った。けど、幸運にも、同じ受験生なのに特待生として試験をパスした仁那が、俺の家庭教師もどきとなって勉強を教えてくれた。そのおかげで俺は無事、仁那が通うことになったその高校に、一緒に通えることになったのだ。


「ゆうちゃーん、まだー?」


 まだいたのか。無言でいてよかった。変なこと言ってなくて良かった。


「今行く」


 ネクタイとブレザーと鞄を持ってドアを開ければ、ニコニコと笑顔の、俺が絶賛片思い中の、幼馴染。

 ……この状況が夢じゃないんだから、俺は相当恵まれている。


「じゃあ、顔洗いに行こ?」


 階段へと、仁那がくるりと回った瞬間、その髪からふわりと甘い香りが広がった。


「……」


 気絶しそう。


「……ゆうちゃん?」


 とてとてと、階段を降りかけて、動かない俺へと振り返る仁那。不思議そうにするその顔も、ただただ、可愛い。


「……なんでもない」


 俺は足を進め、それを見た仁那も、階段を降り始める。


「今日の朝ごはんね、目玉焼きだってー」

「一昨日もそれじゃなかったか」

「そうだねー。でも私、目玉焼き好きだから全然いいー」


 このあと、仁那も一緒に朝食を食べて、そのまま一緒に高校まで行くのが、俺の朝のルーティンだ。

 本当に、俺はなんて恵まれているのだろうか。

 けど、俺の想いは叶わない。中二の時に、それは砕け散ったのだ。


『好きな人? いるよー』


 友人に聞かれて答えた仁那の、あの言葉が頭から離れない。アイツには、好きな人がいる。そして、それは俺じゃない。

 だってそれが俺だったなら、こいつはこうして俺の部屋に、なんの迷いもなく入ったりしないはずだからだ。

 だって、そうだろう? 好きな奴の部屋に、堂々と入ってこれるか普通? 仁那の行動は全部、俺が幼馴染だから、やってのけてしまえること。……俺を恋愛対象として、見ていない証拠だ。

 けど、俺は未だに諦めきれず。今もこの幼馴染に、好意を抱いている。


 *


 ゆうちゃん。高橋優斗たかはしゆうと

 私の幼馴染で、私より頭一つ分背が高くて、目元は涼し気な切れ長で、髪の毛がサラサラしてて、私には誰よりカッコよく見える、私の好きな人。


「ねえゆうちゃん、普通科、楽しい?」


 ゆうちゃんの家から駅までの道路を歩きながら、隣を歩くゆうちゃんに話しかける。

 ゆうちゃんとは、この春から通い始めた高校に一緒に通ってる。

 最初に同じ高校を目指してるって知った時は、とっても驚いたし、とっても嬉しかった。だって、こう言っちゃうとあれだけど、ゆうちゃんの成績は良い方じゃなくて。私が推薦してもらったこの高校は、頭の良い人達や色々な分野で推薦をされる人達が集まる、とても有名な進学校で。私は、


『あーあ、ゆうちゃんとは高校別になっちゃうなぁ』


 と、柄にもなく黄昏れていたところだったから。

 だから、一緒に通えるって思った時、とっても嬉しくって舞い上がってしまったりした。

 私は推薦を受けてたから、秋口の簡単な試験で合格したけど、ゆうちゃんは一般枠で受験する。届かない偏差値に頭を抱えていたゆうちゃんに、私は「一緒に勉強しよ?」って、言ってみた。以外に、勇気がいった。一人で頑張る、なんて言われたら、私はただ祈ることしか出来なくなるから。

 でも、ゆうちゃんは、口をモニョモニョさせて、「……頼む」って、言ってくれた。私は嬉しかった。ゆうちゃんの力になれる! って、張り切った。

 そして、一緒に受験勉強して。子供の頃みたいに、ゆうちゃんの家に泊まり込んだりして。

 夢みたいだった。けど、真剣にならなくちゃ。

 私はゆうちゃんと一緒にいられるからってにやけないようにしながら、ゆうちゃんに勉強を教えていった。

 そして。

 合否の発表日当日。発表はウェブ上で通知される。ゆうちゃんと私は、画面に張り付いていた。


『……』

『……』


 時間になって、画面を更新する。そこに映っていたのは──

 合格、の文字。


『……ゆうちゃん! 受かった! 受かったね!』

『……』

『ゆうちゃん?』


 画面を見つめたまま動かないゆうちゃんを、揺さぶってみると、


『……あ、……あ、うん。……受かった……』


 ゆうちゃんは呆然とした声で応えて。


『受かった……受かった! 仁那!』


 その時に向けられたゆうちゃんの顔が、忘れられない。

 すごく嬉しそうで、目がキラキラしてて。

 ああ、良かったなぁって、心から思った。

 けど。

 現実はそう甘くなかった。ゆうちゃんとの素敵な高校青春生活は、その幕を上げはしなかった。

 私は特待生で国際科。けどゆうちゃんが受かったのは、普通科。通っている科が違うから、学校で一緒になれることは少ない。ていうか、ほとんどない。

 だから、この一緒の登下校は、特別な時間。二人で居られる、大切な時間。


「あー……周りが頭良くて、ついてくのに必死」


 ゆうちゃんの声は低くて綺麗で、いつまでも聴いていたいくらい。

 ガシガシと頭をかくゆうちゃんは、少しバツが悪そうな顔をした。


「悪いな。いつも勉強、教えてもらってるのに」

「ゆうちゃんは頑張ってるよ! この前の小テストも、前より出来てたんでしょ? ちゃんと身についてる証拠だよ」

「……あれは、ちょうどお前に教わった所だったから……」


 ゆうちゃんが、ふぃ、と顔をそらした。

 照れてる。可愛い。私の好きな人は、カッコよくて、可愛い。


「そろそろ、月末のまとめテスト期間だよね。また一緒に勉強する?」

「……あー……」


 ゆうちゃんは私から目をそらし、迷うような素振りをする。

 これは、あれかな。一緒に勉強するのが、私の負担になってると思ってるのかな。


「……私、ゆうちゃんと勉強したいなぁ……」


 ぽそっと呟けば、


「……」


 ゆうちゃんは私をちらっと見て、


「……くそ」


 誰にも聞こえてないと自分で思ってるらしい音量で、そう言った。

 私にはばっちり、聞こえてる。


「……じゃあ、また、教えてくれ」

「うん! 一緒に勉強しようね!」


 私史上最大級に可愛いと思う笑顔を見せれば、ゆうちゃんは一瞬動きを止めて。


「……あ、あぁ……」


 すぐ再起動したけど、目がウロウロと彷徨ってる。

 これは、効果があったと見た。私の顔が、ゆうちゃんの好みで良かったと、今日も思う。

 けど、私には、目下最大級の問題が目の前にある。正確には、横のゆうちゃんへの、問題が。

 ゆうちゃんは、自分への好意にまっっっっったく気付かない、超がつくほどの鈍感さんなのだ。

 今日だってお家にお邪魔して、ゆうちゃんの部屋に入って、「おはよう」って、言ったのに。

 こんなことするの、二昔前のラブコメのヒロインくらいだよ? 気付かない? 毎日毎日してるのに、気付かない?

 それに、私、好きな人いるって、言ったのに。ゆうちゃんはそれを、自分だと思ってないみたい。

 他に誰がいるっていうの。ゆうちゃんにしてること、私、ゆうちゃんにしかしてないんだよ?

 けど、隣を歩くゆうちゃんは、私を幼馴染としてしか、見てくれない。可愛いと思ってくれても、恋愛に発展させてくれない。

 手を握っても、お菓子を作っても、抱きついても、「幼馴染だから」で、終わってしまう。

 ずっとずっと、大好きなのに。私の想いは、ゆうちゃんに、届かない。


「あ! ゆうちゃん! 電車きちゃう!」


 どさくさに紛れて、手を握る。


「えっ、おまっ、おい!」

「早く行かないと!」

「だからって急に走るな! 危ないだろ!」


 この速い鼓動が、手から伝わればいいのに。私の顔が赤くなってるのが、走ってるからじゃなくて、あなたと手を繋いでるからだと、気付いてほしい。

 一緒に走ってくれるゆうちゃんは、面倒そうな顔をしても、その手を振り払ったりしない。

 ……ずるい。私ばっかり。私ばっかりこんなに想ってて。

 ねえ、ゆうちゃん。私、あなたの好きな人に、なれるかな。



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