第42話 デコピン
特に何事もなく時間が過ぎて、昼休憩の時間。制服もある程度乾いたので、早めに楓にジャージを返しに行くことにした。
「月野、このジャージ借りたやつだから返してくる。ちょっと待っててくれ」
着替えて、購買で果実系のジュースと自分用の飲み物、昼飯を買うと楓のいる教室へと向かった。雨のせいかいつもより人が多い気がする。
楓はどこにいるか教室を見回すと何人かの女子と昼飯を食べていた。こちらに気づく気配はない。
…あんな女子だらけで、しかも結構楽しそうにしてるところに声をかける。ハードル高い…どうする、俺。
迷ってても仕方ない。ここは覚悟を決めて、しれっと自然な流れで声をかけるしかない。
教室に入ると楓のいるグループの方へ向かった。
「よっ、楓」
「あっ、噂をすれば恋瑠璃くん。どーも」
「…あっ、どうも。恋瑠璃です」
「恋瑠璃くんってさ、楓……」
「余計なこと喋んな。はぁ、返してくれてありがとう」
ジャージの入った袋を渡すと楓はそれを受け取った。
「何それ?」
「ジャージ。こいつが朝、車に水かけられて可哀想だったから貸してあげたの」
「あー、そういえば一緒に登校してるのか。さすが幼なじみって感じ?」
ニヤニヤと女子たちが楽しそうに笑っている…
「うっさいなぁ…あんたはさっさと行っちゃいなよ。居心地悪いでしょ?」
もちろんだぜ。女子たちの空気感についていけないぜ。
「言われなくてもどっか行くよ…あっ、これお礼。確かお前これ好きだったよな」
「ありがと…よく覚えてるわね」
「昔からのイメージで自販機で楓がジュース買うならこれだと思ってたんだが…もしかして、もうそんなにか?」
最近の楓は結構色々飲んでる気がするが、昔はこればっかり飲んでいたのを覚えてる。
「別に今も好き。ただよく覚えてるなと思っただけ」
「あんだけ飲んでたんだからさすがに覚えるだろ…ってか、お前だって前映画見に行った時怖いくらい俺のこと知ってたじゃねぇか」
「私は記憶力いいから覚えちゃうの」
「貴重な脳のリソース俺に割くなよ」
「あんたのことは勝手に覚えちゃうからしょうがないでしょ」
「なんだそりゃ………ってか、そろそろ行くわ。あんま喋ってても俺邪魔だろ」
女子たちからの視線を感じると途端に恥ずかしくなってくる。それに余計な話してる場合じゃない。楓の友達との時間と、待っている月野の時間が勿体無い。
「…はいはい、またね」
「恋瑠璃くん、楓ちゃんまだ話したいって。お昼一緒に食べてあげれば?」
「何言ってんの、そんなこと思ってないっつーの」
「そっか。楓は恋瑠璃くんと話す時間いーっぱいあるもんね。それによくご飯も一緒に食べるもんねー」
「だからうっさい! 殴られたい?」
「楓ちゃんこわーい」
「とにかく! あんたはもうどっかいっていいから。なんか変なこと言われる前に早く!」
「わかったわかった、叩くな叩くな…ま、なんか話したいこととかあるなら適当に電話でもしてくれ」
「っ! …無駄なこと言う前にどっか行く!」
顔を赤くした楓に無理やり教室の外へ押し出された。
俺のせいでからかわれてるんだろうな…可哀想に(他人事)。
「…じゃあね」
「はいはい、またな」
楓と別れると教室へと向かった。
楓は俺のことが好きなのだろうか…普通に考えたらあの感じ、俺のことが好きということで間違いないと思うが楓は幼なじみで、距離感が結構バグってる。事実、相合傘なんて別になんでもない。つまりわからん。
…ただ、楓が恋人になった時のことを想像してみても今と対して変わらない気がする。
「月野、ごめん。待たせた」
教室に着くと月野がスマホを見ていた。
「おかえりです」
「時間あんま無いし今日はここで飯食うか」
「はい…授業に遅れないためにも、授業を開始する教室にいた方がいいですからね」
「2日連続で同じ2人が遅れてきたらさすがにやばいよな」
教室の隅にいる柊壱と直斗は俺と目が合うと軽く手を振ってくれた。
「…そ、それと、恋瑠璃くんはお昼、友達と食べなくていいんですか?」
「今友達と食べようとしてるところだけど」
「いえ、そうじゃなくて…恋瑠璃くんには他にも友達がいるじゃないですか。その…だから、無理に私に付き合わなくても全然いいって意味です。も、もちろん私はいつでもどこでも何度でも、一緒にいてくれたら嬉しいので、決して恋瑠璃くんが嫌いという訳ではありません。ただ、私のせいで友達がいなくなっちゃったり、仲が悪くならないようにと思って(早口)…」
月野も柊壱と直斗の存在に気づいている。でもって俺が2人と仲がいいことを知っている。だから多分月野なりに気を使っているつもりなのだろう。
「そんなことでいなくなるようなやつは友達じゃねぇよ。月野は俺が一緒に俺が昼飯食わなくなったら、仲良くしてくれなくなっちゃうのか?」
「そんなわけないです! 例え恋瑠璃くんに嫌われても、私の存在を忘れてしまったとしても、私はずっと恋瑠璃くんの友達でいさせてくれたら嬉しいです(?)」
「俺もそんだけ思われてたら嬉しいよ。てか喋ってないで早く食べようぜ」
「そうですね。食べるの忘れてました」
やっぱり俺と喋ってる時の月野、楽しそうだ。でもって今日の月野の昼飯はサンドイッチ。俺の昼飯はメロンパンである。
「そういえば土曜雨降らなくてよかったよな。今日明雨だけど」
「気を付けてください(?)。私雨女です。天気予報では降水確率20%…雨女補正(?)で降水確率+30%、つまり50%です(?)」
「セルフ雨乞いじゃねぇか(?)。砂漠行ったら神だ」
「砂漠には行きたくないです。ゲーム出来ません」
「理由それかよ…ってか、30は盛ってるだろ」
「でも、もしかしたら降るかもしれないってなるとだいたい降ります。弱体成功率アップ小みたいな感じです(?)」
「なるほどな」
ゲームの話やら、名古屋の話しやら。飯を食いつつも喋ることに夢中な月野。多分クラスのやつはちょっとびっくりしていることだろう。
話しながら飯を食べ終ったあとも、相変わらずゲームのことを話していた。
「だよなぁ。やっぱり脳筋最強ってわかってても魔法使いたいよな」
「弱いとわかっていても私は魔法戦士みたいな感じにしちゃいます」
「魔法戦士系は結局どっちも中途半端になりがちだからな。でもだいたい武器とかかっこいいんだよな。魔法剣とかやべぇよな………っあ」
時計を確認しようと顔を上げると、廊下にいたやつとバッチリ目が合った。あれは楓だ。ジャージ姿だ(?)。何かあったのだろうか。
「どうかしました?」
「いや、廊下に知り合いが…」
楓は少し顔を赤くすると何事もなかったかのように、くるりと体の向きを変えて去っていく…
さっきの俺の心境と同じの可能性が高い。用があるけど他の奴と話していて入りづらい。楓も多分それだ。
「ちょっと行ってくる。なんか俺に用ありげだ」
「はい、分かりました」
廊下に出て楓は教室方へ歩いて戻っていたので少し小走りで追いかけた。
「よっ」
「っわ! …びっくりした。きょーがか」
追いついて、軽く肩に触れ、声をかけると驚かせてしまった。周りから注目された。
「びっくりさせてすまん…なんか用あった?」
「これ、ポッケに入れっぱだったから返そうと思っただけ。やめたのは楽しそうに話してたから入りづらかっただけ」
そう言うと楓はハンカチを取り出した。
トイレに行った時にハンカチを持っていき、そのままジャージのポケットに入れっぱなしにしていたみたいだ。そして俺の予想は当たっていたらしい。
「あー、すまん。トイレ行った時入れっぱなしだった…あと、一応言うがジャージは汚してない。万が一にも触れてしまわないように個室で用を足したからな」
「そんなに気使わなくていいし、いちいち言わなくていい。ってかどうでもいい」
「な、なんか怒ってる?」
変な話をしてしまったせいか、さっきの件で俺のせいでからかわれて機嫌が悪かったのか、驚かせてしまったからか…ちょっと不機嫌な理由が色々浮かんでくる。
「別に。ただちょっとムカつくかな」
「理由聞いてもいい?」
「…」
「いてっ!」
無言でデコピンされた。普通に痛い。
「自分で考えて」
「お、おう。またな」
背を向けて去っていく楓。俺も教室へと戻った。
教室に戻ると始業五分前の鐘が鳴った。月野と話しながら少しだけ楓のことを考えて見たが、始業の鐘がなる頃には考えることを諦めた。
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