第20話 最後の文化祭!!

『全部やっちまえ』

 というノリで動き出したクラスの文化祭プロジェクトは、言い出しっぺの幸太の予想をはるかに超えて、活発に始動している。

 幸太は自分のメールアドレスをクラス全員に公開し、不平不満も建設的な提案もひっくるめて、文化祭の実行にかかわるすべてを統括することにした。

 やるなら全力で成功させたい。

 商社マンの頃の激務を思い出し、幸太は勉強時間は最低限確保し、美咲との交流も大切にしながら、文化祭に向けて勇往邁進ゆうおうまいしんすることにした。

 企画の整理、実施面の見積もりや根回し、進行表の作成、諸々もろもろの調整と気が遠くなるほどの準備事項。

 結局、幸太はそれらすべてをやってのけた。一部は学級委員の田沼や、協力を申し出てくれた美咲や大野、中川らの助けも借りながら、特に大きなトラブルもなく、当日を迎えることができたのだ。

 まず、コスプレ企画は大成功だった。別のクラスでは揃いのコスチュームでそれなりに目立ったりしたところもあったようだが、全員が違う衣装を着ていた方が、むしろ人目を引くものだ。統一感があるのは一見、美しく見えるが、そんなものは一瞬できる。実際には多様でバラエティに富んでいる方が興味を持たれやすい。人は誰でも、数ある選択肢のなかから自分の最も気に入るものを選ぶ作業が好きだからだ。

 女子側は、個別に話し合いの場をもうけ、ドラフト制で衣装を発表していくことで、重複ちょうふくを避ける工夫をしたらしい。

 チアガールに魔女っ子、バニーガールにミニスカポリス、メイドにくのいち。

 クラスのなかでも外見に自信のある女子たちはなかなか野心的なコスプレで挑んできてくれている。

 クラスメイトで美咲に並びうる美人は深水ふかみ、鈴木といったあたりだが、彼女たちはそれぞれチアガールとミニスカポリスのコスプレをして、特に他校の男子生徒や在校生の父兄を集客するのに役立った。美人のチアやミニスカポリスの高校生がビラを配りつつ呼び込みをしていたら、男なら興味を持たないわけがない。

 美咲は、「当日まで内緒」と言って、衣装については一切教えてくれなかった。

 美咲のことだ、何を着ても似合うし、彼をとりこにするに決まっている。

 幸太は、少なくともその点は心配していなかった。

 初日の昼、カフェのシフトが入れ替わるタイミングでメンバーリストをチェックしていると、美咲が伊東、瀬川、小林といった同じクラスの吹奏楽部メンバーとともに出勤した。

 美咲の衣装は、ナースだ。

 しかもいかにもコスプレっぽいキャピキャピしたナース服ではなく、シンプルで古典的な、つまり本物っぽい衣装だった。

 リアル白衣の天使。

 幸太は自身、新選組隊士の衣装を仰々ぎょうぎょうしく着込みながらも、美咲の神々こうごうしいほどの美しさと輝かしさに、思わず膝の皿が割れるほどの勢いでひざまずいて、拝み倒した。

 これが見られただけで、コスプレを提案してよかった。

 伊東や瀬川はゲラゲラ笑っているが、もうどうでもいい。

 美咲は多少、幸太のおかしな言動には慣れていることもあって、にこにこしている。

「コータも似合ってるよ! カッコいいね!」

「いえ、私なんぞよりあなたの美しさはほんとに女神さまです。もうほんとに生まれてきてありがとうございますと言いたいくらいの美しさです。普段から世界で一番と思ってましたが宇宙で一番というか、もうほんとにそれくらいの……」

「はいはい、美咲はお客さんのお相手があるから、早川君はお仕事に戻ってねー」

 美咲は2時間ほど接客をして、そのあとは4人でジャズの生演奏をすることになっている。

 吹奏楽部としてのコンサートは、2日目だ。つまり明日が、美咲の吹奏楽部としての最後の晴れ舞台ということになる。

 (そういえば、美咲はTake1では看護大学を受験したけど、不合格になって、別の大学の経済学部から、就職はメガバンクに進んだんだったな……)

 彼女がナース服を選んだのも、看護職に対する志望やあこがれの気持ちがあるからなのかもしれない。

 (今度、進路の話も時間をつくってしたいな)

 高3の9月にもなって、互いの進路について話していないというのもうかつだった。

 ゆくゆくのことを考えるなら、彼女の進んでゆきたい道を知っておきたい。

 彼女の気持ちを、知っておきたい。

 (あと、半年もせずに卒業か……)

 卒業してしまえば、席替えなどとはそれこそ比較にならないくらい、決定的な環境の違いが訪れることになる。たとえ大学が離ればなれになっても関係が疎遠になるとは思えないし、疎遠にはさせないつもりだが、寂しくはなる。

 今までが、毎日のように会えていたわけだから。

 ふとセンチメンタルな気分になっていると、教室に一人の女性がにおやかな風とともに姿を現した。普段、同級生にしか興味のない男子生徒でさえ、思わず幾人かが見惚みとれるほどの上品さと優美さを備えた女性だった。

 雰囲気は、女優の壇れ〇みたいな感じだ。

 幸太は、クラスメイトたちとは少し違った目線で、この女性から目が離せなかった。

 服に見覚えがあったのだ。

 キャメルをベースに、赤、黒、白のチェック柄のワンピース。

 幸太にはすぐ、その服を誰がどこで着ていたかが思い出せた。六本木デートのときの、美咲が着ていたのと同じだ。

 と思うと、女性のもとへ美咲が走り寄っていく。

「ママ」

 という声が聞こえた気がした。

 (まさか、美咲のお母さんか……!?)

 女性は穏やかで優雅な微笑みを美咲に向けたあと、そのやわらかい目を幸太へと向けた。

 美咲が小さく、手招きをしている。

「あなたが、コータくん?」

「あ、はい、早川幸太といいます」

「娘から聞いてます。これからもよろしくね」

「い、いえ、こちらこそ」

「ママは少しぶらぶらして、あとでまた来るから」

 女性は爽やかでしかも魅惑的な残りをとどめて、教室から去った。

 美咲の母親ということは、よほど早くに娘を産んでいたとしても、40は超えているだろう。とすれば、奇跡のような若々しさだ。それでいて、年齢を重ねた女性らしい、成熟した色気と品性がある。

 美咲ももう20年か30年すると、あのように素敵な大人の女性へと変化するのだろうか。

 美咲は幸太の顔をのぞき込み尋ねた。

「コータのこと、ママに話しちゃった。私の大切な人だって。ダメだった?」

「いや、全然ダメじゃないよ。むしろうれしい。美咲に似て、素敵なお母さんだね」

「えへへ、ありがとう」

「お母さんの服、美咲が着てたのと同じだった」

「すごい、覚えてたんだ!」

「忘れるわけないよ。美咲にほんとによく似合ってたし」

「ありがとう。あれ、実はママからの借り物だったの」

「そうだったんだ。きっと、お高いワンピースだもんね」

「ごめんね。デートだから、背伸びしちゃった……」

 美咲は少し恥ずかしそうな表情で、ウィンクをした。

 幸太はその魅力的な仕草に危うく腰を抜かしそうになりつつ、フォローを加えた。

「謝ることないよ。美咲はどんな格好でもきれいだし、ただもしお母さんに迷惑がかかるようなら無理しないでほしいって思ったけどね」

「うん、そうする。コータはほんと優しいね」

「好きな人に優しくするのは当然だよ」

 と言うと、美咲はうれしそうにうなずいた。幸太はどんなときでも、美咲を褒め、想いを伝えることに躊躇ちゅうちょがない。美咲も少しずつ、幸太のその大げさなほどの言葉や態度に慣れてきているのだ。

 好きな人を前にして、決して賛美の言葉をしむな。

 美咲ら吹奏楽メンバーによる演奏は大好評で、教室に入りきらないほどの人が押し寄せた。ちょうど、美咲がサックス、伊東がオーボエ、瀬川がトランペット、小林がトロンボーンと、うまく楽器がばらけてバランスがいい演奏ができたというのも大きかったかもしれない。

 曲目はジャズ以外にもポップスが4曲使われた。相〇七瀬の『恋心』、Kink〇 Kidsの『フラワー』、E〇ILEの『Ti Amo』、Ush〇rの『More』といった選曲だ。いずれも大変な盛り上がりで、すし詰め状態の観客からは一曲ごとに大きな拍手が送られた。

 彼女たちのコスプレも好評だった。美咲はナース、伊東は赤ずきん、瀬川はスケバン、小林はチャイナドレスとそれぞれに個性を出していて、それがレベルの高い吹奏楽を披露ひろうするのだから、通りすがりの人もつい吸い寄せられてしまうというものだろう。

 文化祭1日目、幸太のクラスが企画したもよおしはすべて大成功と言っていい盛況のうちに終えることができた。カフェの運営や吹奏楽部メンバーによる演奏だけでなく、ほかにもダンスや似顔絵描きなど、やりたい人がやりたいことを自由にやるスタイルで、演者の楽しむ気持ちが来訪客にも伝わったのかもしれない。

 (これでやっと半分が終わったか……)

 1日目のすべての仕事をやりきって、幸太は疲労感のために教室で大の字になった。

 それでも、幾人かのクラスメイトが興奮した様子で感謝の気持ちを伝えてくれたり、美咲も「こんなに楽しい文化祭、初めて」と言ってくれたりして、達成感、充実感も大きい。

 いい仕事をしたあとの疲れほど気持ちのいいものはない。

 (さて、明日は美咲の吹奏楽部最後の発表だな……)

 文化祭の準備に忙しく、明日の演奏会については美咲に充分な支援をしてやれていなかった気もする。

 多忙な幸太を気遣うあまり、美咲は美咲で不安な気持ちを隠していたりはしないだろうか。

 (明日の昼、美咲と話す時間をつくろう)

 幸太は重い体を引きずり歩きながら、すっかり暗くなった帰路で美咲に連絡をとった。

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