適材適所の負の遺産

タヌキング

負の遺産

僕の名前は村上 和樹(むらかみ かずき)って言います。小さな田舎の村の小さな中学校に通う、本当に何処にでもいる平凡な中学二年生です。

学校が終わり、いつものように家に帰宅していると、クラスメートの古川 早苗(ふるかわ さなえ)が声を掛けてきました。


「よぉ、和樹。今から帰るんでしょ?」


「そりゃ帰るさ。」


不敵な笑みを見せる早苗。こういう顔をするときの早苗はロクなことを考えていません。

ここで早苗の紹介を一つ。早苗は三つ編み、そばかす、四角い眼鏡を掛けた田舎っぺ丸出しの女子ですが、一番特徴的なのは胸が他の中学生に比べると大きいので、健全な男子中学生には目に毒なのです。


「なら、私も付いて行くわ。今日こそアンタの家の使われてない山小屋についての秘密を暴いてやるんだから。それが今度の学級新聞のトップ記事よ。」


「またその話かよ。」


はぁと僕の口から溜息が漏れました。

実は早苗は僕の中学の新聞部の部長で、いつもスクープを探しているのです。部長といっても部員は早苗一人なので全然偉くはありません。

まぁ、一人でトピックスを考えて、取材や調査をしたりするのは正直凄いと思いますが。


「あの山小屋は絶対怪しいわ。何かある。私のジャーナリストとしての感がそう言ってるわ。」


何がジャーナリストだよ、たかが新聞部風情が片腹痛し。

早苗の話してる山小屋というのは、僕の先祖が代々持っていた山の敷地に建てられた小さな山小屋のことであり、何の変哲も無い山小屋なのですが、早苗は妙にその山小屋に関心を持っているのです。


「だから何回も言ってるけど、あの山小屋は木こりをしていた僕のひいお祖父ちゃんが建てた山小屋で、切った木を一時的に置いておく為に建てた物だって言ってるだろ?」


「知ってるわよ。だけど木こりをやってる人なんてもう居ないのに、綺麗に残してるのも妙な話じゃない。何で定期的にアンタのお父さんが掃除しに行ってるのよ?」


「そ、それは死んだ爺ちゃんの遺言で残すように言われてるから…。」


「何のために?どうして誰も使ってない山小屋を残す必要があるのよ?」


ぐいっと顔を近づけてくる早苗。相変わらず口が達者で僕では太刀打ち出来そうもないです。あと近くに来ると、早苗の大きな胸が僕の体に当たりそうで気が気じゃない。


「わ、分かった。それじゃあ父さんにでも聞いてみろよ。」


「ふん、初めからそのつもりよ。」


全く可愛げも何もあったもんじゃありません。これじゃ嫁の貰い手も無いでしょう。

…そういえば早苗は好きな奴とか居るのかな?


「何、人の顔ジロジロ見てんのよ?」


「べ、別に。」



山道の道を二人で歩きながら僕の家へ。

家に着くと庭先で農具の片付けをしているお父さんの姿がありました。

僕の父さんはお祖父ちゃんから受け継いだ土地で米や野菜を育てている人で、髭面で強面のガタイのいい男の中の男といった外見でして、こんな人からよく僕みたいなモヤシっ子が出来たものだと、不思議です。


「ただいま、父さん。」


「和樹、おかえり。おや?早苗ちゃんも一緒かい?」


「はい、こんにちは。今日はおじさんに聞きたいことがありまして。」


「俺に聞きたいこと?何かな?」


首を傾げる父さん。確かに息子の同級生の女の子に何かを聞かれることなんて、あまり無い事なので戸惑うのも必然かもしれません。


「実はおじさんが手入れしている山小屋のことを詳しく知りたいんです。」


「……。」


押し黙る父さん。何だか重たい雰囲気です。前に何となく僕が似たような質問をした時は「子供は知らなくていい」と怖い顔で言われました。この様子だと今日も教えては貰えそうに…。


「いいだろう。話してあげるよ。」


えっ?良いの?


「本当ですか?ありがとうございます♪」


ペコリとお辞儀をして愛想良く笑う早苗。きっと心の中ではほくそ笑んでるに違いありません。


「ただし、ここだと人目に付く、家の中で話そう。和樹も良い機会だから山小屋の話を聞いておきなさい。」


「う、うん。」


何だか大事になってきました。人目に付く様な所では話せない話なんだろうか?



僕らの三人は居間のコタツに入って、母さんの入れてくれた湯飲みのお茶をすすっています。

母さんは鼻歌を歌いながら台所で夕飯の支度をしていますが、父さんの顔はいつにも増して強面で、僕は緊張からゴクリとツバを飲み込みました。


「それでおじさん。あの山小屋はどうして今も手入れされて残ってるんですか?」


この緊張感の中、話を切り出せる早苗は本当に度胸があります。ジャーナリストを自称してるのは伊達じゃありませんね。

父さんがゆっくりと口を開きます。


「その前に一つだけ良いかな?二人に聞いておきたいことがある。」


「はい、なんでしょう?」


僕らに聞いておきたいこと?本当に父さんは何を聞いておきたいんでしょう?

すると、父さんの爆弾発言が飛び出しました。


「二人は性教育は受けているかな?」


……へっ?

突然の性教育発言に場が凍りつきました。これには流石の早苗ですら目が点になってます。女子も居るのにセクハラまがいの発言をするなんて、僕のお父さんは気でも狂ったんでしょうか?


「と、父さん!!突然何を言い出すの!?」


「いや、大事なことなんだ。さっき聞き忘れてたが、もし二人がちゃんと性教育を受けてないなら、山小屋の話はするわけにはいかない。」


性教育とウチの山小屋に一体何の関係があるというのだろう?皆目見当もつきません。

話をするわけにはいかないという発言に、ハッと我に返った早苗はギンとした目でこう切り返した。


「舐めないでください。どのような経緯を経て子供ができるかを図で表して説明するぐらいには詳しいですよ。そこに居る和樹だって一般的な知識はあります。いいから山小屋についてお話下さい。」


ムフーと鼻息荒く前のめりになって聞く体制になる早苗。その際に胸がコタツのテーブルにぶるんと震えながら乗っかったので、僕は見て見ぬふりをしました。


「そうか、じゃあ話そう。早苗ちゃんの言う通り、あの山小屋を残しているのは意味があるんだ。下世話な話になるが、和樹の曾祖父ちゃんが建てたあの小屋で、ある日、いつもの様に曾祖父ちゃんと曾祖母ちゃんがせっせと切った木を片付けていたそうなんだが、新婚ホヤホヤの二人が狭い小屋で二人になったもんで、お互いにムラムラしてしまったらしい。」


…えっ?嫌な予感。


「それで性行為に及んでしまったらしいんだが、その時に曾祖母ちゃんが俺の親父、つまり和樹の祖父さんを身ごもった。」


生々しい、まさかこのタイミングで身内の性行為の話をされるなんて思いもしなかった。僕は顔を赤面させていましたが、早苗は目を輝かせながら手帳に鉛筆でメモを取っています。本当に凄いなコイツ。


「月日は流れ、今度は二十歳の時に親父が婚約者の母を山小屋に連れ込み性行為に及んだ。別にコソコソそんな所でやる必要も無かったと思うんだが、まぁ、親父はムードを変えたかったとか言ってたよ。そこで今度は恥ずかしながら俺が出来たわけだ。」


爺ちゃんまで…それも父さんも山小屋ベビーだったとは…もうなんて言っていいか分かりませんね。


「それで問題はここからだ。俺が高校二年生の時。とある隣町のヤンキーカップルがあの山小屋の鍵を壊して侵入し、あの山小屋で性行為に及んだらしい。」


…性の乱れ、世の中の性の乱れを感じます。そんなに山小屋が良いのでしょうか?中学生の僕には分かりかねます。


「なんで分かったかというと、数カ月後、そのヤンキーカップルの両方の両親が謝罪しに来たんだ。なんでもその時の性行為が原因で子供が出来たらしくな。詳しい事を当人達に聞いたそうだ。」


なんと山小屋ベビーは我が家だけではなく、他でも出来ていたとは、凄いを通り越して段々と怖くなってきました。


「しかし、妙な話でな。ヤンキーの男は避妊具ちゃんと付けていたらしいし、女は安全日で避妊薬も飲んでいたそうなんだ。そこまでしていて子供が出来るなんておかしな話だろ?」


父さんの言葉に早苗が深く頷きます。僕もそこまでやって子供が出来たことに違和感があります。


「確かにそれはおかしいですね。色んなことを鑑みて確率はゼロじゃないにしろ、限りなく確率は無いに等しい…本人たちの虚言じゃないんですよね?」


「あぁ、ちゃんと避妊具も避妊薬も見つかってる。」


「うーん、しかも曾お祖母さん、お祖母さん、ヤンキー女と立て続けに身ごもるなんて、これは偶然では片付けられない運命的な何かを感じますね。」


「い、いやいや偶然じゃないの?」


何かオカルトの方向に話を持っていこうとしていたので僕は口を挟みましたが、父さんも早苗もガン無視で話を続け始めました。


「俺も気味悪くなってな。親父にどうせ使ってないから壊そうと言ったんだが、親父は断固として反対してな。思い出の山小屋を壊すことはならん!!って言い始めて、遺言にも山小屋は壊さないようにって書いてあったの見たら苦笑したもんだ。」


「なるほど、だから今でも手入れをしているんですね。合点が行きました。」


「俺からの話は以上だ。親父も母も生きていれば、もっと詳しい話を聞けたんだが、早くに亡くなっちまってるからな、もう何もあの山小屋については分からない。」


「充分です。ここで一つお願いしたいんですが、このことを学校新聞に載せたいんですが宜しいですか?」


「この話をか…うーん。」


悩む父さん。迷信みたいなものとはいえ、我が家の恥を世間に公表するようなものなので流石に了承はしないだろうと思います。


「良いだろう。やるなら盛大に記事にしてくれ。」


「えぇえええええええええ!?」


嘘だろ父さん!?僕は思わず大声を出してしまいました。


「本当ですか?よし、そうと決まれば素晴らしい記事を書いてみせます♪」


嬉しそうに立ち上がってガッツポーズをする早苗。


「うんうん、宜しく頼むよ。」


「ちょ、ちょっと父さん!!そんなの許していいの!?」


「まぁ、落ち着け和樹。父さんもあの山小屋をそろそろ処分しようと思ってたんだ。親父の遺言だけど使いもしない山小屋を掃除するのは流石に馬鹿らしくてな。今日お前たちに話して、ようやく取り壊す決心がついた。記事はそのお礼だ。なぁに、一時的に話題になるかもしれないが、そんなのは一年と続くまい。ふぅ、ようやく肩の荷が降りた気がするよ。」


そう言って珍しく父さんは笑っていたけど、僕は全然納得いきませんでした。


まぁ、そんな僕や、学校からの許可も取らずに、早苗は3日で学級新聞を作り上げ、奴はゲリラ的に校内に新聞をばら撒き始めました。トップ欄の見出しには【村上家の負の遺産!!脅威の100%!!】とデカデカと書かれており、僕はそれを見た途端にその場に崩れ落ちました。

そこから何故か、校長先生から早苗の巻き添えで説教二時間半、反省文二十枚という苦行を強いられ。学校の皆から【100%】というアダ名でしばらく呼ばれるという屈辱まで受ける羽目になり、これも山小屋の呪いかもしれないと、あの負の遺産と早苗を忌々しく思いました。

めでたくないけど、ここで話はおしまい……と思っていたのですが、実は話はこれで終わらなかったのです。













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