第22話 ペネトレーター 〜彼の役割〜

「どうした?」


「あ……いえ。やっぱり情けない……かなって。一人じゃ無理だから他人に頼ったのに、いざ頑張れた理由が自分の力だけじゃないって分かると、何だか情けなくなっちゃって……。身勝手ですよね? あははっ……」


 自嘲した途端、胸が締め付けられるような痛みを永遠は抱いた。


 見るからに明らかに落ち込んでしまっている永遠の様子から、博士は彼に対してとてつもなく不味いことをしたとオロオロしだす。すかさず弥生が永遠を励まそうとフォローに入る。


「永遠くん? 確かに自分ひとりの力じゃないわよね? でもね、永遠くんが今日がんばってくれたから、瑠璃乃ちゃんにも今日があるのよ!」


 項垂れながらも永遠の耳に入る弥生の言葉に詭弁の類いは無い。自惚れるわけではないが、瑠璃乃は今日、心から楽しそうだったと、永遠の中に彼女の笑った顔が浮かぶ。


「たしかに過程はとっても大事よね。でも、どんな道のりだったとしても、ゴールで笑えるのなら、それはどんな道のりでも大切だったってことじゃないのかしら?」


「……はい……そうです……ね……」


 弥生に励まされ、自分の考え方が自分本位で、ひどく矮小なことに思えて情けなさを覚えた永遠は、気持ちを前向きにするよう努める。


(そうだよ。過程にこだわるのは余裕がある人だ。僕に過程を選り好みできる余裕は無い。今を変えるための一歩目を右足からか左足からかなんて選んでる場合じゃないんだ)


 自分を奮い立たせるように永遠が思いを巡らす。


 しかし、そうは思っても、つい助け船を求めるように瑠璃乃のことを思い浮かべてしまう。あの笑顔に助けられたからだった。


(手段がどうとかじゃなくて、いくら女々しい僕でも、君と過ごした時間がウソだったとは思わないよ。僕は確かに自分で楽しいって感じたんだよ……)


 俯いていた永遠の口元が緩むのを確認した博士と弥生は顔を見合わせ、頬笑み合った後に示し合うと、博士が永遠に再び尋ねる。


「永遠、まだ話を続ける事を許してくれるか?」


 博士に請われ、永遠は俯き気味のまま上目を向いて、ゆっくりと首を縦に振った。


「このエルイオンだが、この世界を訪れて何を目差し、何を最も求めるのかは分かっている。君は、ミラーニューロンというものを知っているか?」


 永遠が首を横に振る。博士は目を閉じて頷くと話を続ける。


「これは主に他者の喜怒哀楽様々な感情やそれに伴う行動に対して共感するという役割がある脳内細胞の一種だ。エルイオンは生物の感情や情動に作用して世界での振る舞いを大きく変える。そして、ミラーニューロンを常人より多く生まれ持ち、まるでエルイオンに共感するかのようにエルイオンを脳内物質と反応させ、その性質を変化させる人間が存在する。私達は彼等を『ペネトレーター』と呼んでいる」


「……もしかして、僕がその……ぺねと……れーたー?」


「そうだ」


「……具体的に、それってどういうものなんですか?」


「一言で言うと、アザレアージュのパートナーだ。何よりも大切な……な」


「パートナー?」


「うむ。ブレーンに存在するエルイオンの在り方はいくつかあるが、感情情報と接触した後のエルイオンのほとんどは有限だ。そして瑠璃乃達アザレアージュは、身体構成をその有限のエルイオンで保っている」


 理解が追いつかず、永遠は首を捻った。


「つまり、ペネトレーターが変身させたエルイオンの補給を受けないとガス欠になっちゃうの」


 博士より平易な弥生の説明に、永遠の理解が追いついてくる。


「補給できる感情情動情報と反応済みのエルイオンは、パートナーのペネトレーターからしか分泌されないということだな」


「……あの、じゃあ、瑠璃乃……さんが、突然目の前から消えてしまったのも、僕のせい……ですか?」 


「複雑な要因が絡んでいるため断言は出来ないが、瑠璃乃は君からのエルイオン供給を受けて存在を安定させている。よって、君との供給ラインが不具合を起こしたという可能性も原因のひとつではある……かもしれない……と思う……いや、気がする……あくまで気がする……思われる……」


 質問についての答えを述べた途端、居たたまれなくてみるみる沈んでいく永遠の様子を受けて、博士は答え方に労し、大量の汗を滴らせる。


 そんな博士を前に、自分のせいで申し訳ないと思った永遠は、かえって冷静さを取り戻せた。


「あ、あの、じゃあ、何で僕がペネトレーターだってことが分かったんですか? ……いくらハルジオンでも、おかしな超能力じみたものがある人間なんて分からないんじゃ?」


 問うまでもなく、今自分が乗り込んでいるトレーラーは家の前に停まっていた。この二人が見ていたということになる。だが何故自分が対象になったのか。それを訊きたかった。


「そうだな。……ペネトレーター足る資質と言うか、候補となり得る人間は、法を遵守した上での調査でもある程度絞り込むことができる」


 博士は気を引き締めるように、丸めていた背中を一度伸ばしてから、また腰を曲げ、膝を支えに肘を立て、手を口の前で組んだ。


「……身長165センチ。体重60キロ。2013年4月4日生まれの17歳。14歳当時、中学二年生一学期の半ばに不登校となり、それからは外界との接触を絶ち、外出もしない。SNSやネット上でも自分の意見を述べる事は一切せず、言葉を交わすのは両親のみ……そうだな?」


 自分の経歴を言い当てられ、永遠の胸がざわめく。


「そっ、それがなに……か?」


「……アザレアージュを世界に定着できるほどの情動反応済みエルイオン分泌能力を持つペネトレーターは、いわゆるコミュ障、ニート、ひきこもりの割合が高いんだ」


 永遠の体が引きつった。






 ショッピングモールのエントランス付近から濃紫色の光の柱が天高く昇り立ったのを、ハルジオンの制服を着た男性が、モールの駐車場横に設けられた広大な用地の一角から確認した。


「災害確定境界に異変有り! 固着領域破断までカウント五、四、三、二、一……破断! 処理対象への変換成功を並列にて確認! 柱へと合流します!」


 くろがねの鎧の部下からの報告を受け、制服の男性が眼差しを鋭いものに変えながらも、余裕を心掛けるように口角を上げた。


「よしっ。目視でも確認。丘も空も、用意はいいな、お前等!」


「「「はっ!!!」」」


 鉄の鎧に身を包んだ二〇名の巨漢が壁のように列をなし、巨槍を携え、声を張る。


「おしっ! なら、お嬢ちゃんが来るまで全力で持ちこたえるぞっ!」


「「「了解っ!!!」」」


 こうして、彼等の本分が開始されようとしていた。

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