転校生のギャルが俺の許嫁だった件

クエル

第1話 転校生のギャルが俺の許嫁だった件

「康太お兄ちゃん、おはよう!」


4月。新しい始まりの季節。

駅のホームで、妹の矢菱神楽(やびしかぐら)が元気いっぱいに挨拶してきた。

ショートカットのさらさらの髪に、緑色のリボンを頭につけている。

俺よりひとつ歳下で、エリート高校の私立純友学園≪すみともがくえん≫の1年生だ。

高校デビューを狙っているのか、スカートの丈がやけに短い。


「おはよう、神楽。毎日俺を待っていることないんだぞ。お前のほうが家から遠いんだから」

「えー!康太お兄ちゃんがちゃんと学校行ってるか、あたし心配なんだもん!」


神楽は怒ったように、ぷくっと頬を膨らませた。


「つーか、スカート短かすぎるだろ」

「あれれー?康太お兄ちゃん心配なの?」


ひらひらと、スカートはためかせる。

ヤバい……絶対不可侵の領域が見えそうだ。


「バ、バカ!他の男に見られたらどうするだよ!」

「はは!康太お兄ちゃん、真っ赤だ!」


神楽が俺をからかう。

これが最近の俺の朝だ。


実は俺は、訳あって実家から出て一人暮らしをしている。

今、俺と神楽は、別の家で暮らしていた。

神楽は、必要もないのにわざわざ乗り換えまでして、俺の最寄り駅で毎朝俺を待っていた。


「ねえ、お兄ちゃん……そろそろウチに帰ってこない?パパもママも心配してるよ。おじいちゃんも……」

「あの爺さんが心配しているわけないだろ」

「あたしはお兄ちゃんに帰ってきてほしくて——」


≪急行が参ります。白線の内側でお待ちください≫


駅のアナウンスが流れる。

無機質な声が、俺たちの会話を遮った。

……俺には好都合だ。


「ほら、電車が来た」

「え、お兄ちゃん!まだ話が——」

「じゃあな!高校楽しめよ!」


俺は神楽から逃げるように、電車に飛び乗った。

神楽は向かいのホームの電車だ。俺と違う電車にならやいといけない。

いつも神楽とは、ここで別れる。


神楽は恨めしそうな顔で、窓から俺をじっと見ていた。

——ごめんな。神楽。

俺は手を合わせて、謝るポーズを取る。

ぷいっと、神楽は顔を背けた。


俺は神楽のことは好きだ。

家族の中で、唯一の信頼できる人間。

たとえ母親が違う人でも、俺と神楽は兄妹だ。


お、神楽からLINEが来ている。


≪康太お兄ちゃんのバーカ!≫


どうやら怒られてしまったようだ。

明日、一緒に甘い物でも食べに行くか。


◇◇◇


俺は神奈川県立大澤高校(おおさわこうこう)に通っている。通称、サワコウ。

ごく普通の、平凡を絵に描いたような高校だ。

勉強もスポーツも、全部が平均レベル。

教室の窓から湘南の海が見えるのが、唯一自慢できるところだ。


「おい!聞いたか?今日、転校生が来るらしい」

「え……?」

「噂じゃモデルの子で、めっちゃかわいいらしぞ!」


机に突っ伏して寝ていた俺を叩き起こしたのは、悪友の真樹悠介≪まきゆうすけ≫だ。

女の子にモテるイケメンで、いつもクラスの中心にいる人気者。

たまたま1年の4月に隣の席だったから、俺みたいな平凡な奴と今も仲良くしている。


「へーそうなのか」

「なんだよ。それでも男か!」

「そういうの興味ないから」


今日、教室がやけに騒がしいのは、モデルの子が転校してくるからか。

ま、俺はマジで興味ないけど。

この高校では目立ちたくないから、俺は転校生と関わらないようにしよう。


——キンコンカンコン!


朝のチャイムが鳴った。


クラスのみんなは席に座る。

しーんと、静まり帰っていた。

みんな、少し緊張しているようだ。

高校2年から転校なんて珍しいから。


——ガラガラガラ!


先生が教室へ入ってきた。


「おはようございます!転校してきた子がいるからみんなに紹介しますね。さあ、入ってきて!」


俺は思わず、見惚れてしまった。

ふわりと、ゆるく巻かれた髪がたなびく。

高い鼻梁に大きな瞳。

外国の人形みたいな、完璧な顔だ。

足はすらりと長くて、さすが本物のモデル。

ただ、胸だけは少し残念で……って、おいおい。俺は何を見ているんだ。


「はじめまして!私は桜庭亜衣(さくらにわあい)と言います!今日からよろしくお願いします!」


ペコリと、桜庭さんは頭を下げた。

明るくて高い声は、いかにもギャルと言った感じだ。


わーっと、教室がざわつく。

桜庭さんの完璧すぎる容姿に、男子は鼻の下を伸ばし、女子は憧れの眼差しを向ける。


「そうだね……席は、矢菱≪やびし≫の隣が空いてるから、あそこにしようか」

「はい!ありがとうございます!」


……え?

あの転校生のギャルが、俺の隣に?


「よろしくね!矢菱コータくん!」


ニコニコしながら、俺に握手を求めてきた。

クラス中の視線が俺に集まる。

特に、男子からは羨望と嫉妬の眼差しが……

突然の襲来に、俺はおそるおそる手を差し出した。


「ああ……よろしくな」


俺と桜庭さんは手を握った。

細くて白い指が、俺の手を包み込んだ。


「ありがとう!」


ぶっきらぼうな俺の握手に、桜庭さんは天使のような優しい微笑みを返してくれた。

それから、俺の隣の席にすとんと座る。

そこが昔から自分の居場所であったみたいに。


≪矢菱の奴、羨ましいー≫


そんな声が聞こえる。

やれやれ。俺は目立ちたくないのにな。


……あれ?

そう言えば、どうして俺の下の名前を知ってるんだ?

それに、桜庭って……いやいや。あの子のはずがない。

全然雰囲気違うじゃないか。


「……あのさ、どうして俺の下の名前知ってるの?」

「あ、えーとね……教室に来る前に先生から名簿をもらったから」

「そうなんだ……」


◇◇◇


休み時間。

クラスメイトが、俺の隣の席に群がる。

すげえ美人の転校生が来たんだ。

ま、当然のことなんだけど……

うるさすぎて眠れないぜ。


≪ねえねえ、どこでモデルにスカウトされたの?≫

≪放課後、俺たちとカラオケ行かない?≫

≪桜庭さんって、彼氏いるの?≫


桜庭さんは、めっちゃくちゃ質問攻めにあっていた。

隣のクラスの奴や、他学年の奴も来ている。


こんな陽キャレベルがカンストしている子となら、誰だってお近づきになりたい。

何も特別なことがない県立高校に、雑誌に載っているような有名人が来たんだ。

そりゃもう、大騒ぎになる。


「康太、よかったな!桜庭さんと隣の席で」


悠介がまた寝ている俺を起こしにくる。


「まあなー」

「なんだよ、そのリアクション。嬉しくないのか?」

「誰が隣でも同じだろ」

「はあ……お前、本当に男子高校生かよ。達観すぎてオッサンみたいだぜ」


悠介の言う通り、俺は歳の割に達観している。

常に冷静に人を観察するように、育てられたのだから。

それが、人の上に立つ者がやることだと。

あのクソジジイにな……


◇◇◇


放課後、俺は校門へと直行した。

今日は生徒会の仕事がないから、夕方のスーパーのバーゲンに間に合う。

一人暮らしだから、なるべく節約しないといけない。


俺が校門を出ようとした時、


「あ!矢菱くん!」


意外な人物が俺に声をかけてきた。


「さ、桜庭さん?」


俺は驚いてしまった。

今、この高校で1番バズっている転校生が、俺を背後から呼び止める。

俺はみたいな目立たない奴に、いったい何の用だ?


「何か用?」

「うん。矢菱くんに用がある」

「あれ?郷田(ごうだ)たちとカラオケ行くんじゃ?」


郷田は、クラスの陽キャグループの奴だ。

休み時間、桜庭さんをカラオケに誘っていた。


「あ、あれは断ったの。矢菱くんのほうが大事だから」

「え?」


今、俺が大事だとか言ったか?

聞き違いか?


「矢菱コータくん。あたしはあなたの許嫁です。あなたの妻になるために、転校してきました」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る