第39話 可憐な双子の誕生会(3)
ロベリアは、遅れてエヴァンズ邸に到着した。広間に入ってすぐ――目の前の光景に唖然とする。
「な、ななななな何これ……!? 修羅場!?」
額に汗が伝う。
磨きぬかれた木版の床の上に、ナターシャとアリーシャがへたり込み、目を真っ赤にしながら泣いている。まさか、アリーシャが想定より早く闇落ちしたか……と早とちりし、震える。
――すると、可憐な双子がロベリアの来訪に気付き、一目散にこちらに走ってきた。そして、勢いよくロベリアに抱きつく。
「ロベリアさまぁっ……」
「うっ、ひくっ……ありがとうございます、ロベリア様」
「えっ、ちょ何!?」
二人にきつく抱き締められ、ロベリアは当惑した。
(な、なんなのよこれ――!? どういう展開なの……?)
両手に花とはこのこと。美少女二人が、甘えるように自分に擦り寄ってきている。しかし、ロベリアにはさっぱり訳が分からない。ロベリアが立ち尽くしていると、シュベットたちもこちらにやってきた。
「いやぁ、家族愛ってのはいいもんですな!」
「そうですねっ! 私とっても感動しました!」
感極まった様子でそう零したリリアナ。ロベリアは顔をしかめた。
「ちょっとこの状況を説明してほしいのだけれど」
◇◇◇
「う……ぐす……。よがっだわね……そう……。お互い少しでも誤解が解けたなら、何よりだわ……そう……っ」
結果。ロベリアが一番泣いた。
姉に対して固く心を閉じていたアリーシャが、ほんの少しでも向き合おうとしてくれたのは、あまりに大きな進歩だ。こんなにも嬉しいことはない。
万感の思いでぐすぐすと泣き、双子たちに背中をさすられていると、リリアナが尋ねた。
「あの……ロベリア様。随分遅い到着でしたが何かあったのですか?」
「えっと……それは……」
ロベリアが口ごもると、タイスが呆れたように言った。
「どーせまた寄り道でもなさったんでしょ」
「……正解。ここへ来る途中、重そうな荷物を持ったお婆さんを見かけてね。通り道だったついでに馬車でご自宅まで送って差し上げたの。そしたら薪を割ってくれって頼まれて……」
「まさか、公女様が薪を割って来たとは言わないわよね?」
「そのまさかよ。お礼に美味しい紅茶をご馳走していただいたわ」
「大事な日に、他所で呑気に楽しんできてんじゃないわよ」
ナターシャたちの誕生会が控えているとはいえ、老婆の誘いを無下にすることなどできるはずもなく。遅くまで優雅なティータイムを満喫してきたのだった。
それはもう盛会で、今となっては、彼女の亡き夫との馴れ初めから、最近の健康ルーティンまで熟知している。
「く……名門アヴリーヌ公爵家のご令嬢が……薪割り……くく。たくましいというかなんというか……。本当にブレないよなあんた……くく」
シュベットが体を震わせて笑い出すと、伝染するように周りも笑い出した。
パーティに大遅刻した挙句、他所で呑気に茶を嗜んできた手前、立場が弱く言い返すことができない。ロベリアが遠い目をしていると、彼女が連れてきた従者たちが続々と荷物を屋敷に運び込んでいった。
「なーロベリア様。あの荷物は一体……」
「全部アリーシャへの贈り物よ」
最近、アリーシャからの希望で、敬称なしの呼び方をし始めた。「さん付けではなく、お姉様みたいに呼び捨てで呼んでほしいです」ともじもじしながら懇願してきた彼女の可愛さといったら、比類ないものだった。……それはさて置き。
続々と荷馬車から運び込まれる荷物は、全てアリーシャへの贈り物。どう考えても一人が贈る数ではない。
「ど、どうしてあんなに沢山……私に……?」
瞳を瞬かせたアリーシャに、微笑みかける。
「体が弱くて、これまでは誕生日をお祝いできなかったと聞いたの。だから、これまで祝えなかった十八年分だと思って受け取ってちょうだい」
「……!」
アリーシャには、誕生日を祝ってくれる友人はおらず、独り静かに歳を重ねてきた。これらのプレゼントは、かつてのアリーシャが過ごしてきたであろう孤独な誕生日の埋め合わせだ。
アリーシャは困ったように眉尻を下げて笑った。
「ロベリア様は……本当に変わったお人です。あなたの真心、ありがたく頂戴させていただきますね」
◇◇◇
誕生会を終えた夜。アリーシャの心はいつになく充足していた。今年の誕生日は、少しも寂しくなかった。友人たちに祝われ、姉とも少しだけ向き合えた。温かな感覚が体中を満たしている。
(なんて素敵な一日……。きっと今日は、これまでの人生の誕生日の中で、最も幸せな日です)
家族との夕食を済ませ、自室に戻る廊下を歩く。その足取りはいつもよりずっと軽快だ。
しかし。アリーシャは聞いてしまった。
「本当に、ナターシャ様は素敵な女性になられましたね。いつも笑顔で優しく、気品に満ちておられて……。王太子殿下が彼女をお選びになるのも納得です」
「そうね。それにひきかえ、アリーシャ様は……」
メイドたちが自分たちの噂話をしている。そう気づいたとき、アリーシャは無意識に廊下の壁の影に隠れた。メイド三人は、アリーシャが近くにいるともつゆ知らず、盛り上がっている。
「アリーシャ様は、ナターシャ様とは正反対。愛想があるとはいいがたいですし、いつもどこか陰りがあって近寄りがたいというか……。ご友人もあまりいないようですし、社交的ではないのでしょうね」
「そうねぇ。あれでは嫁の貰い手もそうそう見つかりませんわ」
「ナターシャお嬢様は、この国で最も高貴なるお方の花嫁候補……。同じ顔でも、全然違いますね」
「アリーシャ様は、虚弱体質で引きこもりがちですし……。きっと、この屋敷でひっそり生きていかれるのでしょう」
「そうかもね。お可哀想に」
アリーシャは、壁にもたれ掛かりながら、黙って話を聞いていた。盗み聞きするつもりはなかった。しかし、つい聞いてしまった言葉が、心を凍りつかせていく。忘れかけていた劣等感や嫉妬心が、ふつふつと再燃していく。
アリーシャは、怒りも嘆きもせず、無表情でメイドたちの前を通り過ぎた。
「アリーシャお嬢様!? い、今のを聞いて――」
「……いいえ。何も」
青ざめて狼狽えているメイドに淡白に答える。それから、長い廊下を歩き、自室へ戻った。部屋は暗く、月明かりだけ室内を照らしている。
アリーシャは、微かな光を頼りに、白いチェストの前に歩いた。
(どうして、私の生きる世界はこんなにも、私に厳しいのでしょうか)
陶器の花瓶に、色とりどりの花が生けられている。アリーシャは細く白い手で花瓶を持ち上げ――床に叩きつけた。
パリンと大きな音を立てて陶器が割れ、破片が飛び散る。溢れた水が足先を濡らす。床に散乱した花は、さっきまで部屋を華やかに彩っていた面影を失っている。涙は一滴も流れない。
ただ途方もない虚無感と焦燥感に包まれ、水に濡れた床に立ち尽くした――。
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