第38話 可憐な双子の誕生会(2)

 

 エヴァンズ邸はどこもかしこも華やかに装飾され、招待客の来訪で賑わっていた。


 絢爛豪華な客間で、アリーシャはナターシャと並んで客人に挨拶をしていく。アリーシャは知人などほとんどいないため、ナターシャが楽しそうに話す横で、機械的に相槌を打つだけだった。


「誕生会おめでとう! ナターシャにアリーシャ!」


 ロベリアの友人、タイスにポリーナ、シュベット、リリアナもパーティに参集した。彼女たちは気さくで優しく、アリーシャも大変世話になっている。ロベリアの友人は、彼女に気質がよく似ている。――類は友を呼ぶ、という言葉通りだ。


「うおおぉ! なんだか今日はいっそうよく似てるな。……同じドレスだからか? 鏡写しだ」


 シュベットは鼻息がかかる距離で顔を覗き込んできたので、アリーシャは驚いてたじろぐ。リリアナがシュベットに苦言を呈した。


「シュベットさんだめですよっ。アリーシャ様が怖がっています。距離感!」

「おっと。これは失敬した! 双子が物珍しがったもんでついな!」


 片手を顔の前に立てて謝罪を口にする彼女。アリーシャはぎこちなく微笑んで言った。


「いいえ、大丈夫です。少し驚いただけなので」


 すると今度は、タイスがアリーシャの姿を上から下までじっくり観察して、眉間に皺を寄せた。


「ちょっとアリーシャ! あんたこっち来なさい!」

「えっ? は、はい……」


 少し強い口調に、内心どきどきしながら、彼女に手を引かれて人影まで歩いた。


「なんなのそのドレス!? 正気? リボンとフリルだらけなんて、お遊戯会の劇の衣装じゃないんだから。その仕立て屋、専属なら即刻クビにした方がいいわ」

「…………このドレスは、母の趣味でして」

「あ、あそう……。それは失礼したわ、なかなか趣があるお母様ね。時代の先を行く新手のファッションスタイルといったところかしら。……ほほほ」


 エヴァンズ夫人を侮辱していたことに気付き、タイスは顔を引きつらせながらフォローした。しかし、あれほどけちょんけちょんに否定した後では、今更何を言っても遅いだろう。タイスは小さく息を吐いた。


「それにあんたもあんたよ。嫌ならはっきり言いなさい? 仏頂面がいつもの三割増しになってるわよ。アリーシャはナターシャと違って顔に出るし、お世話が言えるようなタイプじゃないんだから。正直でいた方がいいわ。お母様のためにも」

「……」


 アリーシャが黙っていると、タイスは「ちょっと待ってなさい」と言って去っていった。彼女に言われた通り待っていると、タイスは侍女らしき女性を連れて帰ってきた。彼女は大きな箱を抱えている。


 タイスは侍女に指示して、箱をアリーシャに渡した。


「それ。あたしからのプレゼント。最近の流行のドレスなの。タイス・ブライスラーからの贈り物で、"今すぐ着てこい"と言われたって言ってそれに着替えてくるといいわ。きっとあなたによく似合う」

「……!」

「宝飾品も一式揃ってるわよ。せっかくの誕生日なんだから、美しく着飾って、そのつまらない顔をやめなさい」


 タイスは、頼れる姐さんという感じの人だ。意思が強く、はっきり物を言うところが、アリーシャには格好よく見えた。


「ありがとうございます……! タイス様」


 タイスから贈られたドレスは、アリーシャの好みだった。落ち着いたアイボリーカラーで、装飾は少ない。角度によって生地の色が違って見えるのが、とても美しい。アリーシャの細くしなやかな身体のラインを魅せるシルエットも、歩く度にふわりと揺れる裾も、アリーシャの元来の落ち着いた雰囲気にマッチしている。


 ドレスを替えて広い客間へ戻ると、人々の視線が一挙にアリーシャに集まった。注目されることには全く慣れていないが、悪い気はしなかった。


「サイズは丁度いいみたいね。思った通り、抜群に似合うわ」

「素敵な贈り物をありがとうございます……! とてもとても気に入りました!」

「ふふ。それは良かった。あんたも、さっきよりもずっといい顔してるわ」


 すると、アリーシャの可憐なドレス姿を見て、ナターシャが瞠目した。


「……凄く綺麗、アリーシャちゃん。物語の中のお姫様みたい……!」

「……ありがとうございます、お姉様」


 ナターシャはいつの日か王室に入り、正真正銘の"お姫様"になる人だ。本物のお姫様に、お姫様みたいと言われても、嬉しくないしむしろ虚しい。


(……またです。お姉様の言葉を、素直に受け取ることが……できません)


 しかし、ナターシャが一瞬、アリーシャのドレスを羨ましそうに見つめて眉を寄せたのを、アリーシャは見逃さなかった。彼女も、他人に気を配って自分のことを口にしない人だった。ロベリアから聞かされるまで、ナターシャのそのような一面は知りもしなかったが、今分かった。


 気が回らなくて押し付けがましいところが多々ある家族と上手くやってこれたナターシャも、自分の気持ちを封じてきたのだ。


(お姉様も、苦労されてきたのですね。着たくないドレスで大勢のパーティに出て、無意識にお母様の機嫌を取るような振る舞いを取って……)


 ロベリアが、ナターシャが学園中の人たちに敬遠されていた過去を教えてくれた。羨ましくて仕方がなかった姉だが、彼女も決して順風満帆ではなかったのだ。


 アリーシャは、おずおずと言った。


「……お、お姉様は、愛らしい方ですから、何を着てもお似合いです。……いつも凛としていて、羨ましいと思っていました。凄く素敵です」

「え……」


 アリーシャがまごつきながら伝えると、ナターシャは瞬いた後で、目を潤ませた。


「ありがとう、アリーシャちゃん。……アリーシャちゃんにそう言ってもらえて、凄く嬉しいなぁ。……ごめんね、泣いたりして。みっともないね」


 涙に濡れた瞳を拭う彼女を見て、これまで忘れかけていた愛情が心に芽生える。嫉妬や羨望、劣等とは別の場所にある、温かい気持ち――。アリーシャはハンカチを取り出して、彼女の涙を優しく拭った。


「な、泣かないで? ――ナターシャちゃん」

「!」


 幼い頃は、ナターシャのことをそう呼んでいが、いつの間にかお姉様と呼ぶようになっていた。けれど今、親しみを込めたその呼び名をもう一度口にした。


「う、ううっ。不甲斐ないお姉ちゃんでごめんね。……ありがとう、アリーシャちゃん。私ずっと、アリーシャちゃんに嫌われてるんだと思って……っ。ありがとう、ありがとう……」

「違うんです……っ。嫌いとか、そういうことではなくて、ただ、羨ましくて。そんな自分が惨めで……いつの間にかナターシャちゃんを拒絶するようになったんです……。嫌いなんかじゃ、ありません……!」


 ナターシャは綺麗な顔を歪め、アリーシャに縋るように泣いた。その様子を遠目で見ていた両親も目に涙を浮かべていた。

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