第32話 イチョウの花言葉

 

 約束の日。ロベリアはアリーシャとピクニックに来ていた。


 芝生の緑。湖の青。イチョウの黄色――と色調豊かな公園。この場所はユーリが教えてくれたのだ。


「ロベリア様、あの木はなんというのでしょう?」

「"イチョウ"よ。三百年前にとある島国から持ち込まれた樹木で、古代から存在しているんですって」

「へぇ……。ロベリア様は物知りですね」

(ま、まぁユーリ様に聞いたんだけど)


 ロベリアは、湖畔に敷いたレジャーシートの上から立ち上がり、イチョウの木の根元まで歩いた。手頃な葉を一枚拾い上げてアリーシャの元に戻る。中央に切れ込みが入った黄色が特徴のイチョウの葉を、彼女に渡す。


「これあげる」

「え……ありがとう、ございます」


 彼女は不思議そうに小首を傾げた。イチョウの花言葉は――長寿。イチョウが長生きする植物なので、このような意味が付けられたのだ。ロベリアは、アリーシャの健やかな未来を祈った。


 ロベリアは、蓋が両開きになった山なりのバスケットを開いた。中には、侍女に用意させたサンドイッチ、肉料理や果物などが入っている。

 別の籠から陶器製の皿を取り出し、料理を取り分ける。


「わぁ……このサンドイッチ、パン生地がふわふわしっとりしていて美味しいです……!」


 アリーシャが気に入ったのは、ベーコンとチーズをパンに乗せて、バターで表面に焼き目が付くまで焼いたサンドイッチだ。小さな口で頬張る姿が愛らしい。ロベリアが食べているのは、ほうれん草とキャベツを豚肉ロースで巻いたものだ。香辛料の辛味が良いアクセントになっており、肉も柔らかくて美味しい。


 また別のガラスの容器には、林檎や葡萄といった秋の旬の果物が詰まっており、彩りも良くみずみずしい。アリーシャは、ベーコンのサンドイッチを完食し、今度は生クリームにオレンジとキウイが挟んであるフルーツサンドを食べはじめた。


「ご飯も美味しくて、景色も綺麗で……とても楽しいです」

「ふふ、それは良かったわ。私も凄く楽しい。あのね……私、最近学園であなたが楽しそうにしている姿が見れて、とても嬉しく思ってる」

「……! は、はい。おかげさまで、親しくしてくださる方が少しずつ増えてきて……充実しています」

「そのようね」


 スローペースではあるものの、アリーシャはロベリアとその友人以外にも親しい友人ができはじめていた。内気で、決して社交的ではないが、何事にも一生懸命取り組んでいたり、話しかけるととても嬉しがるので皆から好ましく思われていた。


「全部、ロベリア様のおかげです。あなたには、感謝してもしきれません」

「当然のことをしているだけ。それにね、私がしていることなんて、あなたがこれまで頑張ってきたことに比べたら、本当に本当に些細なことよ」

「ロベリア様に救われたことが何度あったか、分からないほどです……。私、これまでちっとも楽しいと思わずに生きてきました。後ろ向きで、気が小さくて、自分勝手で……。でも、ロベリア様といると、不思議とネガティブな気持ちを忘れて、前向きな自分でいられるんです」

「そう言ってもらえると嬉しいわ」


 すると、アリーシャは眉をひそめて言った。


「……もうお気づきかもしれませんが、私、家族との折り合いも悪くて……。私のことを心にかけてくれる両親や姉に対して、自分から心を閉ざして遠ざかっているのです。本当、どうしようもない愚か者です、私」


 ロベリアはそっと首を横に振った。


「ご家族の愛情を、受け入れられない自分を責めることはないわ。家族と反りが合わないなんて、よくある話よ。仲が良いだけが、必ずしも家族の正解の形ではないと思うわ。程々で十分。それよりも、あなたは自分を追い詰めないで」

「…………!」


 アリーシャは瑠璃色の瞳を見開き、泣きそうな顔をした。


「ロベリア様は……いつも私のほしい言葉をくださいます。どんな言葉も否定せずに、前向きな思考にさせてくれる……。こんなこと、今まで誰にも打ち明けられなかったけれど、ロベリア様に話せて、良かったです」

「私こそ、誰にも言えないような悩みを打ち明けてくれてありがとう」


 アリーシャは、悩みを誰にも打ち明けられずに抱える性格だ。そんな彼女が、赤裸々に自身の苦悩を語ってくれるということは、余程心を許してくれている証拠だ。


「私……お姉様のことが羨ましいんです。憎いくらいに」

「……」

「健康で、両親との関係も良好で。社交的で明るい性格も、皇太子という高貴な身分の恋人がいることも……ロベリア様みたいな素晴らしい友人がいることも」


 ロベリアは少し考え、数拍置いてから言った。


「…………"悪女"」

「……?」

「半年前まで、ナターシャはそう呼ばれていたの。皇太子殿下や小公爵様に取り入った、身の程知らずで浅ましい女――だとね。学園にいる三年間、彼女の居場所はどこにもなく、誰もに嫌われて孤立していたわ」


 ロベリアの言葉に、彼女は瞠目した。

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