第28話 類は友を呼ぶ

 

 アリーシャの編入を数日後に控えた日。ロベリアはユーリと学園内のカフェで食事をとっていた。


 ロベリアが注文したのはブロッコリーとトマトのオイルパスタ。ガーリックと唐辛子の辛味に、トマトのさっぱりした酸味が絶妙な味わいだ。ユーリはというと、たっぷりのホイップクリームに、濃厚なベリーソース、更に雪のような粉砂糖がかかったふわふわの厚焼きパンケーキを頬張っている。


(甘いもの好きって……乙女みたいね。というか偏食すぎない?)


 半年の付き合いで、彼がかなりの甘党というのことが分かった。いかにも女子に好まれそうなメルヘンチックなカフェで、ロベリアに特大パフェを注文させ、彼一人で平らげたこともあった。甘いものばかり好むので、健康面がちょっと心配だ。


 ユーリは丁寧な所作でパンケーキを口に運びながら、こちらに尋ねた。


「それで? アリーシャに会ってみてどうだった?」

「……はにかみ屋な普通の女の子だったわ。とても、半年後に人を殺してしまうような人には見えなかった」

「そう。……心を患い、追い詰められた人っていうのは、いかようにも変貌するということだね」

「ええ。彼女、かなり感情を内に抑え込むタイプなの。今は私たちが敏感に理解してあげて、外に感情を表現できるようになればいいのだけれど」


 アリーシャの性質を理解しているのはもちろん、小説『瑠璃色の妃』の知識によるものだ。


「大丈夫。ここは物語ではなく現実の世界なんだ。未来の可能性は一つでなく無数にある。いくらでも運命は変えられる」

「そうね。焦らずゆっくり進めるわ。……ああ、そうだ。来月の休日にアリーシャさんとピクニックに行くことになったの」

「へぇ、凄いね。君のフットワークの軽さにはいつも驚くよ」

「どこかいい場所知らない? せっかくなら素敵な場所に連れて行ってあげたいのだけれど、私、この辺りには詳しくなくて」

「それなら僕に任せて。一箇所いいところを知っている。イチョウ並木と、湖がある公園だ」

「イチョウなら、今の時期は綺麗でしょうね。湖畔のピクニックも素敵だわ。ありがとう、ユーリ様」

「どういたしまして」


 ロベリアは、ピクニックの場所が決まり、すっかり良い気分だった。器用にパスタをフォークで巻いていると、彼が言う。


「……君はどうして、そんなに他人のために尽くせる? 普通はそうそうできることじゃない」

「ただの気まぐれよ」

「……そっか」


 ユーリはそれ以上深く聞いてこなかった。

 ロベリアはふと、前世のことを思い出して心に刻まれた古傷が疼くのを感じ、苦い顔を浮かべる。


(私の原動力はきっと……前世の経験。私は……誰も代わってくれなくて、ひとりぼっちで闇を彷徨うような地獄を……味わってしまった。過去の人生の記憶が、今の私を突き動かしている)


 ロベリアは、決して聖人ではない。それでも、他人のために尽くさずにいられなくなったのは、前世が関係している。


 人はきっと、どん底まで打ちのめされ、苦しみを味わって初めて、他人への慈悲の心が芽生えるものではないだろうか。苦しんでいる人の痛みが心から分かるからこそ、手を差し伸べられるのではないか。少なくとも、ロベリアの場合は――そうだった。



 ◇◇◇



 その日の放課後、ロベリアは校庭のテラスにいつものメンバーを呼び出していた。ポリーナ、タイス、シュベットにリリアナ。彼女たちはテーブルを囲いロベリアに注目している。


 ロベリアは紅茶をひと口飲み、カップをテーブルに置いて告げた。


「みんなにまたお願いがあるの」

「お願い? 改まってどうなさったのよ」


 タイスが問い返す。


「それがね、来週ナターシャの妹がこちらに編入してくるのよ。……少し事情が複雑な子だから、せめて学園に慣れるまで、気にかけてあげてくれないかしら」

「確か……双子なのよね?」

「そうよ。でも、ナターシャの妹としてではなく、彼女は彼女として見てあげてほしいの」


 小説において、アリーシャはたった一週間学校に通っただけで挫折してしまった。それ以降は一度も学園に顔を出さず。というのも、不慣れなアリーシャを助ける存在が、一人としていなかったからだ。アリーシャは、姉のナターシャが手伝おうとするのを「余計なお世話」だと跳ね除けた。けれど自分の力では上手くいかなかったのだ。


 ロベリアの頼みを、一同は快く了承した。


「私で力になれるかは分かりませんが、精一杯やってみようと思います……!」

「ありがとう、リリアナ」

「い、いえ……! ロベリア様に頼っていただけるのが、私はとっても嬉しいんですよっ!」

「ありがたい言葉だわ。あ……そうだ、シュベット。あなたはあまりしつこく絡んでアリーシャさんを困らせては駄目よ? 暑苦しさを控えて。あの子はとっても繊細な女の子だから」

「な、なななななんでウチだけ注意されるんだよぉ! ウチだって繊細な乙女じゃないか!」


 シュベットは立ち上がり、ロベリアの肩を揺さぶりながら抗議した。ロベリアはいぶかしげに眉を寄せる。


「……そういうところよ」

「…………」


 シュベットは、ぱっと手を離し、席に戻って不機嫌そうに口を曲げた。その後で、彼女の様子に一同は笑い合う。結局、気のいいシュベットも釣られて大口を開けて笑い出していた。


 シュベットたちは皆、思いやりがあって優しい人たちだ。こんなにも信頼できる友人に恵まれたことに、ロベリアは感謝した。

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