第10話 最後の学園祭がはじまります

 

 ほどなくして、王立学園の学園祭当日がやってきた。初日の目玉イベントは――剣術大会。王立学園には、財が惜しみなく注ぎ込まれた巨大な円形闘技場がある。


 ロベリアは、友人たちとシュベットの応援に来ていた。


「みんな! ウチのために応援に来てくれてありがとな! 黄色い声援は任せたよ」


 ロベリアたちが座るテントで、シュベットが快活に笑う。


「なんだか私の方がどきどきしてきたわ……。シュベットは全然いつも通りね。緊張とかしないの?」

「はは、ウチは緊張とかあんまししないタチなんだ。このシュベット様の檜舞台、しかと目に焼き付けたまえ!」

「ふふ。期待しているわ」


 彼女の飄々とした様子には、感心させられる。実力は確かなのに、いつも笑顔を絶やさず、驕らない姿勢は好感が持てる。


 まもなく、一戦目が始まった。


「――って、あの方、王太子殿下じゃない? 剣術学部生でもないのに、どうして出場されてるのよ」


 闘技場の中央で剣を構えているマティアスの姿に、タイスが目を見張った。彼が素振りをする度に、試合前にも関わらず女性たちから歓声が上がる。


 すると、ナターシャが誇らしげに言った。


「マティアス様は、学問だけでなく武術にも長けておられるのです! すっごくお強いんですよ……!」

(ふ。なんでナターシャが自慢げなのよ。……可愛い)


「あ! 試合が始まりますよ!」


 視線を闘技場に戻す。ギンッ……と剣が交わる金属音が強烈に響き渡る。

 試合の幕開けと共に、会場の空気が一変した。先程まで歓声を上げていた女性たちも息を飲み、拮抗し合う二人の青年を見つめる。


 ギリギリと悲鳴をあげる剣。拮抗状態がしばらく続く。鉄製の模造剣が幾度となくぶつかり合い、嫌な音が漏れ聞こえる。

 瞬間、マティアスの一撃で相手の剣が弾かれる。彼は相手の首元に刃先を添えた。糸が張りつめたような緊迫した空気が流れる。


 非の打ち所がない圧巻の剣技に圧倒され、しばらくの静寂が続いた後で、どっと歓声が沸いた。――マティアスの勝利だ。


「……凄いわ。文武両道とは正しく彼のことね。シュベットったら、あんな強者相手に大丈夫かしら」


 タイスはマティアスの戦いぶりに感嘆しつつ、不安そうに呟いた。


 マティアスが悠然と舞台から降りていくのと同時に、シュベットが現れた。タイスの不安をよそに、こちらに調子よく目配せしてきた。呑気なものである。


(……本当、あの子は肝が据わってるわね)


 しかし、いつもはヘラヘラしている彼女だが、剣を構えた瞬間に顔つきが変わった。昂然と胸を張り、凛とした佇まいだ。剣術学部は、真の実力至上主義で、男女関係なく剣を交える。彼女は、自分より大きな図体をした男を前にしても、一切怯むことなく、その瞳に闘志を燃やしている。


 試合が始まった。


 まるで、舞を見ているかのように、流麗な剣さばきだった。細い等身をひらめかせ、しなやかな動きで相手を圧倒する。彼女の素早い攻撃が相手の隙をつき、相手は防御にばかり徹している。

 キン……という金属が掠れる音が響き、相手の剣が弾かれる。タイスやロベリアが心配するまでもなく、彼女は余裕さえ見せながら勝利を収めた。


「さすがシュベットね……。毎年のことだけれど、いざ目にすると圧倒されるわ」

「ええ。普段とのギャップもあって、危うく恋しちゃうところだったわ」


 ロベリアはタイスとそんな会話をしつつ、シュベットの見事な勇姿に拍手を送った。



 ◇◇◇



「おめでとうシュベット! 格好良かったわ……って、どうしたの? 顔色が悪いわ」


 初戦を終えたシュベットは応援席へ来た。しかし、試合に勝ったというのに、随分と辛気臭い顔をしている。


「……どうしよう、ロベリア様……! どうしよう、ウチ……っ」


 狼狽して目を泳がせている彼女を宥めて言う。


「シュベット、落ち着いてゆっくり話しなさい。何があったっていうのよ……?」

「失くしたんだ……」

「何を?」

「ペンダント。……亡くなった母さんの形見なんだ」


 眉を寄せ俯いているシュベット。


「大丈夫。私たちが手分けして探すから、あなたは試合に集中しなさい」

「……ありがとう、ロベリア様……」

「ペンダントの特徴は? 最後にどこで見たとか、心当たりはない?」

「青みがかった石が嵌め込まれたペンダントだよ。首紐は銀素材で……心当たりか……。控え室で外したとき、確かにロッカーの上に置いたはずなんだけど……」


 彼女の言葉に、ポリーナが眉をひそめる。


「もしかしたら、盗まれた――なんてことも考えられるよね」


 シュベットは非常に目立つ存在だ。ナターシャがユーリやマティアスから寵愛を受けて嫉妬されたように、シュベットも実力を妬まれて嫌がらせを受けることがこれまでにも多々あった。


「とりあえず、皆で探しに行きましょう。シュベットは試合に戻りなさい」

「本当に……みんな、ありがとう……」

「水臭いわね。困ったときはお互い様よ」


 シュベットを闘技場に残し、ロベリアたちは彼女のペンダント探しを開始したのだった。

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