悲しみと喜びと

人は誰しも何かを悲しんだことがあるだろうというのは

30年生きてきた僕の結論である。

それはきっと幼い子ども達にも

平等に訪れているものである。


悲しみはある日突然

ベートーヴェンの『運命』の始まりの楽章の

その始まりの数音のようにやってくるものである。

轟轟と鳴り響くあの音が

僕はとても嫌いだった。

今も嫌いだ。

ダダダダーンと音を立てて

悲しみというやつは玄関を叩く

それは例えば学生が

テストで悲惨な点を取ったという小さなものから

愛する人を失うという大きなものまで

その一つひとつが

紛うことなき悲しみである。

そう思うと 我々人類は 悲しみというやつを共にして

旅をしなければならない宿命を背負っている。


僕にしたってそうだ。

中学生の時父親が急に倒れた

愛する猫が亡くなった。

友達に裏切られた

恋人に別れを告げられた

大病を患った


その一つひとつ欠けることなく

これが僕の悲しみだといえる。


そんな悲しみがこの世界の人口の何倍、何十倍とある

この世界は不幸の嵐渦巻く

悲しい世界なのだろうか。

僕はそう思って 傍らの土を掴んだ。

ぎゅっと握りしめたそのたった一つの行動で

幾つの命を握りつぶしてしまったのか分からない。

握りつぶされたものは 取り返しのつくことがない

過去になって僕に赤い布を着せた。

罪という赤い布を。

この布は果たして何枚

僕の背中に被さってるのか。

何十枚と被さってるこの赤い布を

僕はどうするべきなのか。


ところがある女の子が来て

赤い布を1枚取って落書きした。

僕は「クソッタレのバカ野郎」と貶され言葉を書かれると確信していたが、

どうやらこれは勘違い

女の子は白く 「幸福なあなたの人生の道よ、開け」

そう記してくれた。


僕は思いがけずに泣いた。

女の子もまた赤い布を被っていたが、その布を1枚とって空に投げると

布は太陽の一瞬の瞬きに焼かれて消えた。

女の子は言った。

「あなたのおかげで私の罪が消えたの。あなたが泣いてくれたから」


僕は赤い布の消し方を知った。

他人を喜ばせること、重荷を軽くすること。

一緒に持ってあげることらしい。

そうすれば罪晴れて 一つ前進出来るのだと。

それから悲しみの音を聞いては

その悲しみに寄り添って

僕らしい一言を白い絵の具で書いていった。


何枚書いたか分からなくなって

書き続けた時に 布が全部なくなってしまったから

布の多い人を見つけては少しづつ貰っている


そしていつしか赤い布がこの世界から

消えてなくなってしまうまで

僕はたくさんの仲間と歩く。


悲しみの対をなす喜びは


中途半端な楽しみを得ることでない


誰かの苦しみを引き抜いて

希望の光を放つ石を

渡すことだと今は思う。


そうやってこの世界は

少しづつ希望の光の量を増やしていく中で

本当の幸せな人生を築いて歩いていくしかない。


いつの日か


赤い布の衣擦れが

聞こえなくなるまでは

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