不感触の女神

そら

第1話 四季彩町

淡いピンク色を基調の

キャラクターの描かれた

何とも可愛らしいカーテンが

窓から吹き込む、この季節特有の

少しだけ冷たくなりだした涼しい風で、

ふわりと揺れる




その度に、空を綺麗に染め上げる

茜色の夕陽が部屋に差し込み




薄暗い部屋を

少しだけ不気味に照らし出していた










『ここで一つ

 この四季彩町しきさいまちについて

 少し話しておこうと思う』








『ーえ?私は誰かって?

 えへへ、…それは追々、話すよ』










『まぁ、聡明な君なら

 私が名乗る前に気付いてしまうとおもうけど…』








『大丈夫、

 馬鹿になんかしてないよー…』














『コホン…えー、では

 話を戻そうか…』






『…』






『……』






『…………』






『…えっと……、

 どこまで話したっけ?』








『もー、君が余計な事聞くから

 どこまで話したか忘れちゃったじゃない…』








『んーと、ごめん

 ちょっと待ってね…

 今思い出すから…』








『あー、そうそう、

 まずは、四季彩町の詳細だったね』








四季彩町は人口が数万人

数年前に新開発指定されたばかりの、


未だ開発途上の町




町の玄関口である電車の路線でも

始終点にある事もあり

全ての事が後回しになっていたけれど




最近になって漸く、

新たに開発が始まったばかりのこの町には、


まだ住宅や商業施設よりも、

未開発の森林や田んぼといった緑の割合が多い


また、

古くから住んでいる住民も多くいるが




その多くの人々は、

意外な事にも、

開発計画には賛成の様子だった




彼らの賛成の理由は多くあるが、

大きくは、高齢化と人口減少だろう




なにせ、

木々や田んぼ、畑などの緑の隙間に、

茶色の古い建物が点在している


昔ながらの情緒を残す

穏やかで、美しく豊かな土地ではあるものの




その分、不便な事も多くあり

特に子供達は、ある一定の年齢になると


就職や就学を口実にして


働き口の少ない

また、遊興施設など少ない


というか全くないと言える古巣を捨て

人口の多い都会へと旅立って行ってしまうのだった




それに加えて、

四季彩町には総合病院や、介護施設などもなく

継続的な治療をや手術を要する持病を患った人は電車に揺られ


三十分ほど揺られた先の隣町


三彩町にある、三彩病院という

総合病院まで通わなくてはならず




また、介護が必要になった人々も

受け入れてくれる施設を探し、奔走する




運良く受け入れてくれる施設が見つかればよし




だが、多くの場合は

探し回った挙げ句に受け入れ先が見つからず

巣立った子供が戻るか

或いは年老いた伴侶が介護する

いわゆる老々介護が主流となっていた




無論、三彩病院による回診や

孤独死を予防する為の

行政による訪問業務も行われてはいたが




高齢化が著しい四季彩町では

税収の低下により、

増え続ける費用面だけでなく、


人員の不足も深刻となり

既に飽和状態が近いと言われていて




それら全てが

住民の大きな負担となっていた






『ここまで大丈夫?

 話についてこれてるかな…?


 ……じゃあ、

 話を冒頭の部屋の話に戻すね』








そこは、

四季彩町に、数年前に建てられた

比較的、高層のマンション


新開発開始を象徴する建物と言われ




その完成には、

誰もが歓迎の意を表すほどだったー








『「これで四季彩にも、活気が戻ってくる」

 と誰もが信じて疑わなかったと言われてた

 かくゆう私も、そう思ってたし

 

 何より、あの頃はー……』






『って、いけない、いけない

 また話が脱線してまうところだった…

 どうも、一つ紐解くと

 次々に話が溢れだしてしまう…

 …ごめんね…

 うん、…じゃあ、気を取り直して


 続きを、語っていこうかな…』






場面は再び

茜色の陽の射す一室に戻る




ベッドやカーペット

壁紙に至るまで、


白や淡いピンクに可愛らしい装飾


いかにも、

年頃の女の子の部屋といった感じだった




部屋の壁際の棚には

この部屋の住人の趣味であろうか

カーテンに描かれたキャラクターとお揃いの

動物をモチーフとしたデザインのぬいぐるみの他


様々な動物が愛らしくデフォルメされた

多様のぬいぐるみが雑然と並ぶ




それらの一つ一つは

大事に手入れされ


その点からも、これらは、

この部屋の住人にとっては

かけがえのない大事な宝物と呼べる品なのは


容易に伺い知る事ができる




そして、


その部屋の整えられたベッドに深く腰掛け、

壁を背凭れに


まだ呆気なさの残る幼い顔立ちの少女が一人




何とも困り果てた表情を浮かべ、

天井を見上げながら


深い溜め息を漏らしている、




彼女は、その見た目から

実年齢より、少しだけ幼い印象を持つが

着用しているのは近くにある

四季彩町唯一の公立高校の制服




鮮やかな朱色リボンの色や、

制服にくたびれた様子がない事から

恐らく、今年の春からの新入生であろう




そして、この少女こそ

この部屋の住人である




「一体、これから………どうしよう…」




彼女は小さく、ポツリと独り言を漏らし

視線を、ゆっくりと下に移す




すると、そこには、

少女の膝を枕に、穏やかな寝息を立てて眠る

五歳ほどの男児の姿があった




よほど疲れていたのだろう

男児の眠りは深く、少女が少し動いた程度では

目を覚ます素振りすら見せない




また、男児が

これまで、どれだけ不安な思いをしたのかは

男児が眠りながらも少女の制服の裾を

ギュッと握りしめている事から、

想像に難くない




少女は男児を不憫に思い、思わず

眠る男児の頭を、

そっと撫でてあげようとした


だが


伸ばした掌が男児の頭に触れる直前

少女はハッと我に返ったように、

慌てて掌を引っ込め


震える自分の掌を抱いた




すると、

そんな少女の躊躇をよそに




その瞬間、

男児は、まだ小さな顔を

まるで甘えるように灯に埋めて




「あかり……おねぃ…ちゃん……」




と、

実に可愛らしい寝言を


呟くのだった




不意に名前を呼ばれたあかり

男児を起こしてしまったかと焦ったが


それが寝言である事を知り、

ホッと胸を撫で下ろす




それと同時に、

男児の愛らしい言動に


思わず顔が綻んでしまう




その後、


灯は意を決して、

恐る恐る男児の触れる


瞬間、男児から優しい温もりが灯の掌に伝わる




彼から伝わる熱を確かめ

灯は一先ずホッと安心したように

胸を撫で下ろし


そのまま男児の頭を優しく撫でてあげた




「ねぇ……、何で君だけ…平気、なの…?」




思わず漏れてしまった灯の本音の問い

意識が深い眠りにある男児に伝わる事はなく、


また、

もちろんの事だが、


灯の問いに対する返事があるわけでもない




そして、

その後も


うっかり男児を起こしてしまわないように注意しつつも、灯は暫くの間、

そうして男児を撫で続けてあげていたが




窓から差し込む茜色の夕陽が、

だんだんと陰り

空が茜色から藍色へと変化した頃




灯は、ふっと

ある事に気付いてしまった




″あ…、この子の晩御飯……どうしよう……″





灯は、

必死に記憶を手繰り


リビングやキッチンの戸棚や冷蔵庫や、

その他この家にある食べ物の情報を思い出そうとするも




灯の記憶には、

それらしい物が浮かぶ事は一切なかった




その事に思い付いてしまえば最後

灯の心に焦りだけがつのり




″何とかしなくちゃ…″




と、

いてもたってもいられない衝動に駆られた




灯は、

男児を起こしてしまわないように

男児の体を離し




そっと優しくベッドに寝かせると

自分が着ていた、制服の上着を

男児に、ゆっくりと掛けてあげた




そして、それから、


カーテンが揺れている窓に向かうと

音を立てないようにカラカラと閉めるも

途端、思わず苦笑いを浮かべてしまった




「どうせ…意味はないんだけどね…」




そう小さく呟いた灯の予想通り

灯の目の前でカーテンは変わらず、

吹き込む風で、


ふわりと揺れるのだった




そして、その後

灯は足音を立てないよう、

細心の注意を払い


自室の出入口へと向かう




その際、数度にわたり

男児の眠りを目で確認したが、

彼が起きる気配はなく


彼は先程同様、相変わらず

穏やかな寝息を立てるばかり




「これなら…ちょっとくらい、大丈夫…かな?」




灯は小さく呟いき

少しだけ安心した様子で

部屋のノブに手をかける




そして、最後に振り返り

眠る男児へ優しい視線を送り




″トワくん……少しだけ、待っててね…″




灯はベッドで眠る男児、

トワへ、


心の中でそっと呼び掛けると

何より音を立てぬように注意して、

自室を後にしたのだった




その後、

灯は、逸る気持ちを必死に抑え、足音を殺し

暗闇に包まれた廊下をリビングへ向かう




光の差し込まない廊下では視界は

本当に零に近い


だが、そこは歩き慣れたはずの廊下だ

灯には目を閉じても容易に歩ける




何歩歩けば左右に何の部屋があるかまで

鮮明に理解できる程だ




やがて、

灯は難なく無事にリビングの扉の前へと、


たどり着く事が出来た




そして、灯は

再び音に注意しつつ、リビングの扉を開けると


そこには、

乱雑に散らかされた


真っ暗な無人のリビングとキッチンが広がっていた




部屋が暗いのは、

外の暗さもあるが


窓という窓にある遮光カーテンが閉められているからだと


灯自身は既に理解している




物が散乱し、

足の踏み場もない事も


灯は、その理由を

もちろん知っている




灯は目の前の光景に、

少しだけ俯く


正直に言えば、灯は、

この部屋にだけは入りたくなかった






°この部屋は、【あの日】のまま 

 時が止まってしまった°






そう、

感じずにはいられなかったからだ




灯の心は少しだけ揺らぎ、

思わず一瞬だけ立ち止まってしまったが


°そんな事をしている場合でない°


と、自分を鼓舞し、

意を決してリビングへと足を踏み入れる




灯はそれから、リビングの棚や戸棚、

隣接するキッチンの冷蔵庫やクロークなど


思い付く限りの場所を隈無く探すも、

先程手繰った、灯の記憶の通り


おおよそ、

食べ物と呼べる物なかった




"あまり、時間を掛けすぎる事もよくない"




そう潔く諦めた灯は、

深い溜め息を漏らし


仕方なく、テーブルに無造作に置かれた

母の物であった財布と、


この家の鍵を手に取った

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