第22話 村の歴史

 フレアとガーネットが、アシナ村へ帰ってきた翌日、2人は集会所に集まり、もう一度村の状況を整理してみることにした。


 ガーネットはまず、村の歴史についてフレアに尋ねる。


「アシナ村は10年前までは、冒険者の集う街だったと聞いておりますわ。ではそれ以前はどんな村だったのですか?」


 フレアはテーブルに積まれた一冊の古い本を開く。


「実は私の一族、というかお父さんがアシナ村に越してきたのは20年前なので、昔の話は両親から聞いた事がありませんでした。そこで村長に頼んで借りた村の歴史をまとめた資料がこれです」


「ふむ……」


 ガーネットは、目にかかる髪を耳によけて、資料を覗き込む。


 アシナ村の成立は今から200年前とされていた。


 当時はほんの数人が住む、どこにでもあるような集落だった。村人たちが食べる分だけの作物を育て、山では狩りをして生活する、そんな村だったという。


 貴族の領地として管理されるようになってからも、村の生活は大きく変わらず、戦争に巻き込まれることもなかった。初めて大きな出来事ができたのは、村にダンジョンが発見された30年前だった。


「ダンジョン村になったのは、ここ30年のことでしたのね」


「ええ、私は生まれた時からダンジョンと共にある生活でしたけど、栄え始めたのは村の歴史のなかでは比較的最近なんです」

  

 村の離れの洞窟にダンジョンが発見された30年前から、アシナ村には領地中、領地外からも冒険者が集うようになった。そして20年前にはマイル商会の手によって、商店街が形成され、立派な街が出来上がった。


 しかし、それも長く続かず、10年前から次第に魔石の発掘量が減っていき、村は衰退が始まったのだ。


「つまり、アシナ村が栄えていた期間というのは、ほんの10〜20年間だったということですのね」


「……ええ、そうですね」


 フレアは、小さく頷いた。生まれながら栄えた村をみていた彼女にとっての衰退は、わずかな間の栄華が終焉を迎えただけのことだったのだ。


「元に戻ったという見方はできますが……」


 ガーネットは、チラリとフレアを見る。しかし、諦められないフレアは首を振るう。


「はい、わがままだし、難しいことなのはわかります。でも、できれば私は村が一番賑やかだった頃を取り戻したいのです」


「そうですわよね」


 腕を組むガーネット。ダンジョンによって一時の夢を見た村に、もう一度夢を見せることはできるのだろうか。

  

 あの頃を再現するには、何が足りないのだろうか。


 ガーネットは問う。


「……そもそも私、あまりダンジョンについて詳しくないのですが、アシナ村のように、ダンジョンが存在する村は珍しいのですか?」


「ええと、少なくともガーネット様の領地では他にダンジョンの発生した村はありません。他の領地や外国を見渡せば、それなりに存在しますけど」


「では、このアシナ村に冒険者が集まったのは、この地域において唯一のダンジョンだったから集中した、ということだったのでしょうね」


「はい、そういうことかと」


 フレアは、地図を片手に答える。地図には、周辺地域のダンジョンがある場所にしるしがついていた。


「アシナ村で冒険者をやっていた方々は、いまは遠く離れた他の村でダンジョンへ潜っているそうです。あるいは、アシナ村の魔石枯渇とともに、冒険者業を廃業された方々もいました」


「そうなのですね。しかし冒険者業を廃業ですか……。以前貴族の集まりで聞いたことがあるのですが、とある領地では、冒険者をやめた人びとが盗賊となってしまい、治安が悪化している村があるそうです。アシナ村ではそのようなことは起きなかったのですか?」


「ああ、それに関しては、ガーレット様のお父上様の手腕が優れてらっしゃいました」


「お父様の?」


 ガーレットは、意外そうな顔をした。立派な父だと日頃から尊敬はしているが、領地運営については深く聞かされたことがなかったのだ。


 そんな彼女に、フレアは説明する。


「アシナ村のダンジョンに閉鎖の噂がたった当時、領主様は素早く手を打たれました。職を失う冒険者たちに、領地内警備を任せたのです」


 冒険者たちは、基本的に荒くれ者ばかりであり、制御しなければ盗賊に落ちてしまうことも珍しない。そんな血気盛んな若者たちの手綱を握るため、領主は彼らを、領地内警備の兵隊として雇うことにしたのだ。


「お陰で村の治安はおびやかされることなく、むしろ警備兵さんたちが山賊を制してくれるので、領地内の馬車の移動は、国で一番安全と言われています」


「それはそれは……」

 

 ガーネットは思い返すと、確かに馬車での移動中、何度か武器を持った男とすれ違い、窓からお辞儀をした。彼らは父によって、役割を与えられたものたちだったのである。


「領主様には、みんな感謝していますよ。こうしてガーレット様を派遣してくれたことも」


「ふふ、ありがとうございますわ」


 フレアに微笑まれ、父の功績を誇らしく思うガーレットだった。


 

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