あなたのせいで編集点がまた増える

ちびまるフォイ

良い記憶は美化されて悪い記憶は消える

時刻は深夜。

男はまだオフィスで仕事をしていた。


「はぁ……終わらない……。明日までに仕上げなくちゃいけないのに」


納期間近のゲームプログラムが終わらずにここずっと徹夜を続けていた。

デスクの周りにはエナジードリンクの壁が作られている。


医者からは「これ以上続けると死にますよ」と太鼓判を押されたが

今の職場を変えるか、異世界転生でもしないかぎり生活は変わらない。


日付が変わって日の出を迎えた頃に仕事は終わった。


「終わった……疲れた……」


男はなんとなくスマホでSNSを開くと真っ先に広告が表示された。

普段は脳死で「×」を押すが、疲れからかしっかり見てしまった。


『あなたのサイテーな1日をサイコーな1日に!

 今日を編集するアプリ"TODAY"! 今すぐダウンロード!』


「はは……なにこれ」


ダウンロードして起動すると指紋認証が行われる。

認証後の画面には、24時間のタイムラインが表示されていた。

そのほとんどが残業している自分の姿。


「サイコーな一日ね……そんなのないよ」


男はタイムラインをなぞっていると、

お昼時に気になっていた同僚の女の子に声をかけられたことを思い出した。


そのときは嬉しくて「いい一日になる」と浮かれたが、

実際には残業地獄が待っているなど思っても見なかった。


「残業パートだけ消すとかできないのかな……あっ」


男は操作を謝って、残業している時間帯を消してしまった。戻し方もわからない。

調べるのも面倒になってアプリを終了してしまった。


始業時間になってオフィスにたくさんの人がやってくる。


「おはよーー。あれ? 山田、今日はずいぶん早いな」


「え? あ、ああ」


男はきょとんとしてしまった。


「まさか残業で1日いたのか? 目のクマすごいぞ」


「いやそれは……あれ? どうして俺はいるんだっけ」


「へ?」


「思い出せない……。アプリを操作したとこまでは覚えてるんだけど、その前が……」


「おっ……おいおい。マジでやばそうじゃん。

 医者からも無理しすぎて心配されてるんだろ? 大丈夫か?」


「……まさか」


同僚の心配をよそに男は最後に覚えている記憶を頼りにアプリを再度立ち上げた。

ゴミ箱には記憶にない「残業している自分」のタイムラインが捨てられている。


「1日を編集したから……記憶がないんだ」


男はその日、早めに帰って家で改めてアプリを起動した。


「俺のよみが正しければ……きっと最高な一日になるはずだ」


アプリの画面には男が過ごした24時間が記録されている。


朝の満員電車のシーンをカット。

上司に怒られたシーンをカット。

帰りに犬のうんちを踏んだシーンもカット。


カットを続けて残った数時間は自分にとっていい思い出しか残らなかった。

編集を終えると、男の気分がぐっと良くなった。


「ああ、今日はあの子にも目が合ったし

 たまたまセール品が変えたし、いい日だったなぁ」


記憶に残ったのはせいぜい数時間程度であっても

今日1日がハッピーな出来事だけならこれ以上に幸せなことはない。


男はいい気持ちで布団に入って明日を迎えた。



翌日、会社に向かうとキレ散らかしたハゲ上司が待っていた。


「お前、また同じミスをしてるじゃないか!!

 昨日も同じミスをしている!! 学習能力はないのか!?」


「はい……すみません……」


男は謝りつつも、休憩時間にアプリを立ち上げて先ほどのシーンを即カットした。

怒られて沈んだ気持ちを早く解消したかった。


説教パートをカットすると、すっかり気分は元通り。

男はまた元気に仕事をはじめた。


そして、今度は上司に別室に呼び出された。

その眉間には健康に悪そうなほど血管が浮き出ている。


「オマエ……オレ、オチョクッテル……ノカ?」


上司は怒りで言葉がおかしくなりはじめている。


「いえそんなつもりは……」


「だったら数時間前に注意したミスを、またやらかすわけないだろーー!!!」


「す、すみませんっ!!」


「今度やったらクビだからな!!」


男は再び沈んだ気持ちで今日を終えた。

家に帰ってからアプリを立ち上げて、今日のタイムラインの整理を始める。


「はあ……今日も怒られちゃった……」


毎日怒られては嫌な記憶をカットする日々。

昼間はオフィスで仕事をし、家ではタイムラインをカットする副業をしているよう。


「きっとあのハゲ上司は俺に怒ったことを、

 いい気持ちとして記憶に残っているんだろうなぁ」


説教パートをカットしながら男はひとりで愚痴った。

加害者ばかりいい気持ちで、被害者の自分がみじめに編集して心を保つなんておかしいと思い始めた。


「そもそも、あの上司があんな剣幕で怒らなかったら

 俺は今こんな編集をしなくて済むじゃないか。

 編集してどうこうするんじゃなく、元を断ったほうがいいに決まってる!」


男はふだん発揮できていないプログラミング力を使って、

アプリに魔改造をほどこし、自分以外の人のタイムラインもいじれるように作り変えた。


上司のタイムラインを開き、自分のミスに気づき説教したパートをまるまるカットする。


「よーーし、ストレスの原因をつぶしてやる」


上司にとって良い記憶だけを残し、それ以外を消してやった。


翌日の上司はえらく上機嫌で会社に来ていた。


機嫌がいいので必要以上にキレることもなく、

オフィスは1日中平和でみんなが幸せだった。


「効果てきめんだ! 自分を変えるんじゃなく、

 他人を変えたほうがずっといいじゃないか!」


他人が自分に迷惑をかけなければ、1日ハッピーな日が続く。

1日のうち嫌なシーンをカットする量も少なくなくて済む。


そのことに気づいた男は、むしろ自分よりも他人のタイムラインを変え始めた。


「みんながいい気分になれば、俺にかかるストレスは減る。ウィンウィンだ!」


男はまず職場の人間のタイムラインを変えた。

すると、職場にいるときはみんな良い記憶しかないのでハッピーで過ごしている。


そんな職場で過ごす時間は後で編集したくないほど幸せだった。


職場が居心地の良い空間になったので、

男はプライベートのほうへと手を伸ばした。


アパートの隣の部屋に人間。

いつも乗る電車にいる人たち。

いきつけコンビニの店員などなど。


自分の周囲にかかわる人間のタイムラインも編集して悪い記憶をカットしていく。


1人のタイムラインにある「悪い記憶」を編集しようとすると、

悪い記憶を作った主原因の人がいるのでその人も編集候補となる。


編集候補者はどんどん増えていく。


「あと67人……。だ、ダメだ多すぎる……」


タイムラインをいじるのにも慣れたとはいえ、

毎日徹夜でタイムラインをいじり続けている男はすでに限界。


家にはエナジードリンクの空き缶が天井まで届いていた。


「そ、そうだ。AIを作って自動化しよう!

 そうすればこんなに頑張んなくてす済むぞ!」


男は手作業で他人のタイムラインをいじり続けるのを諦め、

AIにその作業を任せようとプログラミングをはじめた。


昼夜問わず食事もろくに取らないまま男は必死にプログラムを打ち込み続けた。


そして、その日を迎えた。



「できた!! タイムライン編集ロボだ!!」



男はついにタイムラインから悪い記憶を自動編集するAIを作り上げた。

編集候補の人をAIに登録すると、自動で悪い記憶だけをカットしてくれる。


「これで俺にかかわるすべての人は良い記憶しか残らなくなる。

 毎日ハッピーな気持ちでずっと過ごせるぞ!」


男は幸せな気持ちになった。


これまでの地獄のような苦労もAIにより悪い記憶がカットされ、

AIを作り上げたという良い記憶しかすでに残っていない。


「さて、ちょっと頑張りすぎたし、少し眠ろうかな……」


男はやっと自分を許して目を閉じた。











数年後、アパートから白骨化した男性の死体が発見された。


たまたま旅行で近くを訪れた観光客が異臭に気づき、警察へ通報して発見された。


アパートの隣人や、近くのコンビニで働く店員など。

周囲の人に警察が話を聞いてもとぼけるばかりだった。


「警察です。どうしてこんな近く住んでて気づかなかったんですか?」


「しょうがないだろう。覚えてなかったんだし」


「ドアも開いていたんです。死体があったらふつう記憶に残るでしょう!?」


警察は真剣だったが、隣人たちは不思議がるばかりだった。



「死体を見つけるだなんて、そんな悪い記憶残したくないよ……」



なお、死体の近くにあるロボットは今も起動中らしい。

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