第32話 ユウと魔王(過去編)

 ごそごそ


 夜半過ぎ、俺のベッドの中に誰かが忍び込んでくる。


「ふにゅ~」


 このモフモフは、リーサだろう。

 彼女はよく眠れないとき、俺の布団の中に入ってくるのだ。


「へへ…………すぅ、すぅ」


 優しく抱きしめてやると、安心したのか規則正しい寝息が聞こえてくる。

 主観時間で、もう10年以上になるのか……。


 暖かいリーサを抱きながら、俺も夢の世界に落ちていった。



 ***  ***


 ズッ、ドオオオオオオンッ!


 巨大なフレア・バーストの爆発が、魔王城の門ごとモンスター共を吹き飛ばす。


「はあっ、はあっ!」


「よくやったぞ、リーサ!」


 大量のモンスターに攻め立てられ、滅亡寸前だった王国。

 俺とリーサは起死回生の極大魔法を完成させ、転移魔法で魔王城を奇襲したのだ。


「行きましょう、ユウ!

 魔王の玉座は、もうすぐです!」


 息を整えたリーサが勇ましく宣言する。

 均整の取れた肢体を包むネイビーのローブ。

 リーサの煌めく銀髪とエメラルドグリーンの双眸が映える。

 頼れる相棒で……愛する女性。


「ああ!」


 俺は聖剣を抜き放つと、魔王城に向けて突進する。


「どけええええええええっ!!」


 フレア・バーストの一撃を生き延びたモンスター共が散発的に攻撃を掛けてくるが、リーサのエンチャント魔法で強化された俺の敵じゃない。


 俺とリーサは誰もいない魔王城の主塔を一気に駆け上る。


『よくぞここまでたどり着いた、人間の勇者たちよ』


 最上階にたどり着いたとたん、涼やかな声が響き渡る。


「これが……魔王の声?」


 王国にモンスター軍団を差し向けた魔王ミアライーズ。

 その姿を見たものは誰もいない。

 醜悪なモンスターの姿を持つものだと勝手に想像していたが、聞こえてきたのは女の声だ。


「マナの動きが激しくなっています。

 ユウ、奇襲に注意を!」


「了解だ、リーサ。

 出てこいミアライーズ! 俺たちが相手だ!」


 俺はリーサと背中合わせの姿勢をとると、赤く輝く聖剣を天にかざす。


『まったく……主様の言う通り好戦的な連中じゃ。

 なぜおまえたちはこれほど争う?』


 俺たちが住む王国を散々攻めておいて、その言い草は何だ?


 ズモモモモモモ


 憤る俺たちの前で、漆黒のマナが渦を巻く。


 ーーーーーーーーカッ!!


「「うっ!?」」


 極限まで高まったマナがスパークし、閃光が部屋を包む。


『待たせたな、人間よ。

 いざ、尋常に勝負じゃ』


「……は?」

「……ふえ?」


 思わずマヌケな声が漏れてしまう。

 俺たちの目の前にいたのは醜悪なモンスターなどではなく……。


 少女らしいスレンダーな肢体を包む漆黒のローブ。

 ローブのすそからは、ほっそりとした手足が覗く。

 小麦色の肌を持つ柔らかそうな頬は、ほのかに赤く染まっている。

 何よりピコピコと動くネコミミと尻尾。


 うん、なんというか……可愛いな。


『ゆくぞ』


 グオッ!!


「くっ!?」


「ふおっ!?」


 一瞬あっけにとられたものの、相手は魔王だ。

 膨大な魔力に反応し、マナそのものが実体化する。


「え、エネルギーシールドっ!」


 リーサの防御魔法が辛うじて最初の一撃を凌ぐ。


『♪ やるではないか!』


 にやり、と獰猛に嗤う魔王ミアライーズ。

 魔王との、最後の戦いが始まった。



 ***  ***


「はあっ、はあっ……」


「も、もう……魔力が空っぽ……」


 数分だったのか、数時間だったのか。

 限りなく続くと思われた死闘の末、魔王ミアライーズは俺たちの前で膝をついていた。


『ふふ、楽しかったぞ?。

 このミア、悔いなどない……好きにするがいいぞ。

 主様も認めてくれるであろう』


 俺の聖剣の切っ先は、魔王の喉に突きつけられている。


「う……」


 満足げにこちらを見上げる、赤く澄んだ目。

 この子は、本当に極悪非道な魔王なのか?

 思わず逡巡してしまう。


 リーサも同じように感じたようで。


魔王このこのマナは闇属性ですが、純粋。

 ただ、魔王城を包む邪悪な気配はいまだ消えていません。

 もしかしたら、この子の言う”主”とやらが……」


『どうした? とどめを刺さんのか?』


 君の言う”主様”とは何者だ?

 そう問いかけようとした時……。


 ヴィイイインッ!


 真っ黒な閃光が、魔王ミアライーズの頭を貫かんと空から撃ち降ろされる。


「あぶないっ!」


 俺の背後で構えていたリーサが飛び出したかと思うと……。


 ドシュッ!


「リーサ!?」


 鮮血が俺の視界を染めた。



 ***  ***


「……はっ!?」


「ゆ、夢か」


 思わず周囲を見回す。

 30年ローンで購入した俺たちの新居。

 リーサは気持ちよさそうに俺の腕の中で寝息を立てている。


「ふぅ……」


 たった今まで見ていた夢は、魔王との最終決戦。

 リーサが命に関わるケガをした場面でもある。


 俺が元の世界に戻った後、彼女はすべての力を振り絞って俺の娘に転生してきたわけだが……。


「なんでいまさら、こんな夢を?」


 魔王ミアライーズの真っ赤な双眸が、やけに脳裏に焼き付いていた。

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