第1話 星が見えない街 一

 中澤慈代なかざわやすよは都内のA大学の三年生だった。一つ上の先輩を見ていると、そろそろ就職活動の準備をしないといけないという思いがしていた。文学部でここまできちんと単位も取ってきた彼女は大学の授業にも余裕があった。


 プライベートでは、半年ほど付き合った同級生がいたが、特に深い関係にもならず、最近、別れたばかりだった。お互いなんとなく付き合い始めたが、そのうち、どこか違うと感じながら、なんとなく続いていた。

 段々会うことも少なくなり、相手の方から別れようと言ってきた。どうせ好きな子でもできたんだろうと思ったが、変に傷つくこともなく、むしろ何かすっきりしたような感じすらした慈代やすよだった。今までの人生で付き合った男性は彼だけだった。


 彼女は演劇部に所属していた。もともとおとなしい性格だったが、清楚系で美しい顔立ちの彼女は、新入生の勧誘のとき、いろいろなところから声を掛けられた。そんな中で、一つ年上の女子である岡野和代おかのかずよに熱心に勧誘され演劇部に入った。

 そんな世界に興味があったわけではないが、やってみると意外に自分はこういうことが好きなんだと感じるようになってきた。舞台の上で何かを演じることが、日に日に楽しくなっていき、今では結構ハマっている部員の一人だった。

 一年生の頃から新宿の飲食店でアルバイトをしていた。人の往来も多いこの場所は、毎日かなり忙しかったが、こっちも結構充実していた。彼女は小田急線の下北沢に住んでいた。


 慈代が大学二年の頃から面倒を見ていた、一つ後輩の小咲恵人こさきけいとは慈代を慕ってくれていた。慕ってはくれていたが、彼が好きな女性は三つ年上、つまり、慈代の二つ先輩にあたるに高橋梓たかはしあずさだった。彼女はこの春からOLとして都内で働いていた。


 その高橋梓たかはしあずさのことで、恵人けいとから、いろいろ相談されるのだが、もともと慈代やすよ自身、恋愛経験があまりなく的確なアドバイスなどできなかった。それでも慈代を頼りにしてくれる恵人。

 そんな恵人を見ていると、何とか力になってあげたいと思い、いつも親身に相談に乗ってあげた。


今日もアルバイトが終わった。

「お疲れさまでした」

「お疲れ様。慈代ちゃん。気を付けてね」

アルバイトの先輩である川田に声を掛け、新宿駅の小田急線の乗り場に向かう。新宿は危険な街かもしれないが、人通りも多いし、午後九時は、まだこの街では遅い時間ではない。

 この街を歩いていると、つくづく思う。明るい街だ。空を見ても明るいビルが見えるばかりだ。慈代はこの街の景色に慣れていた。

この街は星が見えない。

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