第23話 信頼

「やっと終わったね……」


「疲れた……」


「アレンくんが弱音を吐くなんて珍しいわね」


 それには僕自身も同感だ。誰かに弱音を吐くようになるとは思わなかった。


 それくらいここ数日一緒に過ごして彼女の優しさと彼女の距離感が気持ちいいのかも知れない。


「ひとまず、魔石の欠片を拾うわよ~リュックよろしくね」


「わかった!」


 リュックを前に掛けて口を拡げると、アリスが次々魔石の欠片とドロップ品をリュックに投げ入れる。


 コントロールがよくて投げたもの全てがリュックの中に入っていく。まるでそういう魔法みたいな。


 もしかして【投擲のルーン】を使えば、少し楽になったりするのか?


 どんどんリュックに物が貯まっていくと、前方に冒険者の亡骸の跡が残されていた。


「ん? この衣服って見覚えが……」


「知り合い?」


 アリスが首を傾げて僕を覗いてきた。


「いや、知り合いじゃないんだけど、多分……このスタンピードの原因を作った冒険者だと思う。三人組で二人だけここにいるから、一人は生き残っているかも知れないな」


「そうか…………あまりこういう事を言うべきじゃないだろうけど、因果応報だね」


「うん。僕もそう思うよ」


 手を合わせた後、僕達は残りドロップ品を回収した。




 ◆




「ねえ。アレンくん? その女は誰?」


「アレンくん。まさか約束している人がこの女じゃないよね?」


 集まった素材を売りにアリスと共に来たら、セリナさんと出合い頭に目を合わせて火花を散らし始めた。


「え、えっと……二人とも落ち着いて? 紹介するね。こちら僕がダンジョンでずっと生活できるように色々手助けしてくれたセリナさん」


「手助け……? 騙されていたとかないよね?」


 い、いや……どうしてそんな邪険に……。


「私は旅商人。それなりにアレンくんから頂いているけれど、異常な額にはしていないつもりよ。それにアレンくんのために杖を準備してあげたし!」


「っ!?」


「あはは……こちらはパーティーメンバーとなったアリスです」


 大きなリュックを置いたセリナさんとアリスが見つめ合い――――握手を交わした。


「「初めまして」」


 二人とも声が……ちょっと怖いと言うか……落ち着いて…………。


 握手している二人の手が震えている。見ているだけで危うさを感じる。


「これからもうち・・のアレンくんをよろしくお願いしますわね」


「う、うちの!? ご、ごほん。わ、私の方が先に評価していたのですから、言われるまでもありません」


 二人とも笑顔が怖いよ……。


 それから持って来た魔石の欠片とドロップ品を大量に取り出した。


「ん? 今回はやけに多いわね。いくらメンバーが増えたとしても異常な量よ?」


「はい。実は――――」


 セリナさんに五層であった事情を包み隠さず説明した。




「…………それはまずいわね。もしかして【魔物寄せの香】かも知れないわね」


「「【魔物寄せの香】?」」


 セリナさんが口にした言葉をオウムのように僕とアリスが返した。


「ここで話すのは難しいわね……他の場所がいいわ」


「分かりました。それなら僕に任せてください」


 セリナさんはここまで僕を支えてくれた一人だ。信頼に値する。だからこそ、彼女にも自分の力を明かそうと思う。


 アリスとセリナさんの手を握り〖ワープ〗を使用した。




 ◆




「!?!?」


 周囲を何度も見回して目を大きくして音のない声で何かを訴える。〖ワープ〗という魔法は相当珍しい魔法らしいから、こういう反応になるのも仕方ない。


「これは僕の〖ワープ〗という魔法です。これのおかげで今まで生き延びてきました。ここなら誰もいませんし、何を話しても問題ないと思います」


「っ! そ、それより、ここで生活しているんでしょう? 寝床は?」


「ね、寝床? えっと……壁?」


「っ!?!?」


 それから数分間、説教が続いて、隣でアリスが「うんうん」と頷いた。


 説教が終わって大きなリュックの中から寝袋を二つ取り出した彼女は、僕とアリスの分だと置いてくれた。


「さて、今度は【魔物寄せの香】について説明するね。それは禁忌の一つで、魔物を刺激して集める香りを放つもので、範囲が非常に広くて階層の魔物を一か所に集めてしまうくらい凄い効果があると言われているの」


「それなら納得いきます。五層の魔物の大半が一か所に集まっていました。アリスが相当な数を倒してもあれだけの数が残っていたのだから、その【魔物寄せの香】とみていいかも知れません」


「それを使った冒険者は亡くなったんでしょう?」


「いえ。確か三人組だったんですが、そのうち二人だけでした。一人は残っていると思います。そういや、彼らに出会った時、とある冒険者の亡骸を狙ってました。その時に欲しがっていた腕輪ですね」


 以前拾った腕輪をセリナさんに見せる。


「ん…………特殊腕輪ね」


 アリスも腕輪を覗く。


「その彫刻。ディルシアン男爵家の紋章だよ?」


「ディルシアン男爵?」


「ディルシアン男爵って隣町で商業を営んでいる男爵様だよね?」


 名前を聞いただけで分かるくらい有名な人のようだし、セリナさんもさすがに多くの人を知っているようだ。


「この腕輪を狙ったってことはそれなりの意味があると思います」


「分かったわ。そちらは私が調べてみる」


「いいんですか?」


「もちろんよ。【魔物寄せの香】をこのままにはしていられないからね。そこで私からも一つお願いがあるわ」


「どうぞ?」


「アレンくんのこの魔法ならこれから一層で落ち合う必要がないと思ってて、できれば迷宮都市の私の家に飛べないかな?」


 セリナさんの言い分はものすごく分かる。僕もできれば迷宮都市に戻りたいとは思っていた。でも帰る場所はなかった。これは一つチャンスかも知れない。アリスもいるので、ダンジョンにだけ縛り付けるのは良くないとも思える。


「フード付きなら迷宮都市にも出れるし、一度私の家に行けばいつでも飛べるでしょう?」


「はい。それならいけます。ですがセリナさん。僕に関わるってことはどういう事か分かってますか?」


「何となくね。私がアレンくんにその杖を用意した時点で、私は君にそれだけ投資しているからね。いまさらだよ」


 そう言って笑顔を見せる。ダンジョンの奈落に落ちた時には想像もできなかったくらい、今の僕は運が良くてこうして色んな人に繋がれたと思うと嬉しい。


 〖ワープ〗が使えるようにルーンを残してくださったアリスのお父さんに感謝するばかりだ。


「セリナさん。よろしくお願いします。いつまでもこんな奈落でアリスを眠らせたくはないので」


「ふふっ。男はそうでなくちゃね。それに私もアレンくんを認めているからこそね。【魔物寄せの香】は迷宮都市に絶望を与える代物だから何としても止めたい。だから二人も協力してちょうだい」


「「はい!」」


 そして、僕はもう何日経過したかも分からない迷宮都市に戻ることとなった。

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