劣等聖女の器用大富豪革命

桜ノ宮天音

劣等聖女と剣聖令嬢

第1話 劣等聖女はお役御免

 昔から要領だけはよかった。

 人がやっている事を真似するのが得意だった。でも、それはあくまでも真似の範疇。限りなくオリジナルに近くて――――でもあと一歩届かない。

 だからかな、そんな私に宿った加護は何でもできるようで、決して一番にはなれない。

 そんなお誂え向きの力だった。



 私――――ブランノア・シュバルツは10歳の誕生日の時に『模倣の加護』を授かった。とは言っても特に実感はなかったと思う。何故なら私はその加護を特別な力として認識できなかったからだ。


 その加護が無くても人の真似は得意だったし、人並みに何でもできた。難しいことでもお手本を見せてもらえばなんとなく理解でき、それを実行できるだけの要領の良さが私にはあった。

 だから私にとってその加護は私自身の能力の延長戦上にあるものだと思っていた。


 だが、私の加護の本質はそうじゃないと知った。知らされた。

 私がこれまでやってきた誰かの真似を技術の模倣とするのならば、私の加護は才能の模倣だった。分かりやすい例を挙げるのならば加護の模倣が最たるものだろうか。

 とにかく私は、剣技とか魔法とかそういった技術的なものの模倣だけじゃなくて、条件付きではあるが誰かの才能――――加護を真似ることまでできた。


 そのおかげ……いや、そのせいでかな。今の私は悪い方向に転機を迎え、とんでもないことになってしまった。

 では、改めてもう一度自己紹介を。

 私の名前はブランノア・シュバルツ。今現在、御年15歳。そして――――聖女代理としてこき使われている。毎日辛くてしんどいです。


 ◇


 なぜ私が聖女なんて大それた役割をまっとうしなければいけなくなったのかは今から3年ほど前に遡る。

 ここ、エスティローゼ王国では魔物の脅威から国を守るため、国全体を覆う大結界を張っている。その結界の維持に携わるのが聖女という訳だが、その聖女も当然誰彼構わず気軽になれる代物ではない。


 聖女となるのに必要なものは単純明快。『聖女の加護』とその加護を使いこなす素養。ただそれだけだ。

 今代の聖女は私と同じくらいの歳の公爵令嬢様だった。しかし、彼女はその加護の力を使うと体調を崩してしまう。病弱とまでは言わないが少しばかり身体が弱い体質のようで、加護を使うと熱を出して寝込んでしまう。

 有り体に言ってしまえば、加護の負荷に耐えられない。大きな力には反動が伴うというのはよく聞く話だけれど、彼女の場合はそれに耐え切れる下地ができていなかったということだ。


 それでも国と公爵令嬢、どちらが大切かと言われたらもちろん国……なんだけど、その公爵令嬢は王子と婚約を交わしていた。つまり次期王妃だった。

 そんな彼女を結界の維持のために使い潰すような真似できなかったのだろう。


 それもそのはず。国のためには聖女の加護が必要。でも、聖女の加護の使用を強要すると公爵家の令嬢を苦しめるばかりか、次代の国を担うかもしれない人材を潰してしまう。


 だが、結界を維持しなければ国の領土には魔物が押し寄せる。

 だからこそ聖女の代わりとなる人材が必要で、それに選ばれたのが私だった、ということなのだが、はっきり言っていい迷惑だった。

 いや、分かるよ。公爵家の令嬢様が大切なのは分かる。

 次期王妃として礼節や政治、上に立つ者としてのお勉強が大変なのも分かる。


 でも、聖女の加護に頼り切った国防の在り方とか、ろくに加護も使えない令嬢が次期王妃とか色々思うところはある。

 実際に口に出したら多分不敬罪で首が吹っ飛ぶから何も言えないけど。

 王族でも貴族でもない私は決まってしまったことに逆らうことができず、聖女の代替品をまっとうするしかないって訳。


 しかし、悲しいかな。

 私の模倣の加護もそこまで万能ではなかったようで、聖女の加護を模倣するのにもいくつかの条件があり、手にした加護に欠陥もある。


 まず第一に、加護の模倣には直接的な接触が必要であるということ。

 聖女の加護を模倣するためには、その公爵令嬢様に触れる必要があるのだが、これがもう面倒くさい。

 平民の癖に貴族に触るのが不敬だとか、身体の弱い令嬢に負荷を与えるなとか、私が怒られるのは本当に意味が分からない。

 私の加護の発動に必要な事だから仕方ないのだが、選民思想の高いお偉いお方達はやはり生まれや血を重要視しているだろう。仮にも聖女代理なのだが、私への扱いは相当に酷いものだった。


 そしてその二。

 模倣の加護で真似た加護の使用時間には制限があるということ。

 仮にこの制限がなければ一つ目の欠点も無いに等しいのだけれど、私の加護もそう上手くはいかない。

 聖女の加護も模倣してから十分程度の短い時間しか使えなかった。だから、加護のリロードが必要なんだけど……これもまたお偉いさんの顰蹙を買う一つの理由だ。

 何度も聖女様に接触しないといけないということで、公爵令嬢様の時間を奪っていると責め立てられる。いや、逆でしょ!

 どう考えても時間を奪われてるのは私の方なんですが!?

 まぁ……言っても首が飛ぶだけなので口にはしませんが……いい加減その言いがかりも聞き飽きて顔に出るようになってきました。気を付けなければ命が危ないです。


 そして三つ目。

 公爵令嬢様の聖女の加護が10の力だとすると、私が模倣した聖女の加護はせいぜい2か3くらいの力しか発揮できないという点だ。

 聖女様なら一回の加護発動で結界維持に必要な力を注ぎ込めるところ、私の聖女の加護では三回以上かかる。それに時間制限まで加わるものだから、もっとたくさんの加護の発動が必要だった。


 そんな本物の聖女に劣る偽物の聖女である私に付けられた蔑称が『劣等聖女』だ。

 かろうじて聖女の加護を宿すことができる使い潰しの代替品。それが私の存在理由らしい。


 毎日毎日模倣の加護で聖女の加護を模倣。倒れるまで加護を使わされて気を失っても、叩き起され、薬を飲まされてまた加護を使わされる。おかげで身も心もボロボロ。

 そんな奴隷のような日々を過ごしていた私だったけど……ついにそんな地獄も幕を閉じるみたいです。


 ◆


「ブランノア・シュバルツ。本日を持って貴様の聖女代理の任を解く。今まで我が婚約者アメリアの代理、ご苦労だった」


「は、はあ……?」


 いつものように聖女代理としての務めを果たしに大結界の核のある大聖堂の地下に行くと、模倣元の公爵令嬢様だけでなく、何故か王太子様もいた。

 偉い人にビビって縮こまっていると突然そのように告げられたものだから、今の私はかなりマヌケな表情をしていると思う。

 しかし、王太子――――レナード・フォン・エスティローゼ様は私の困惑などはお構いなしに、いやこうなることを分かった上で言葉を続けた。


「アメリアの容態が安定したから劣等聖女のお前は用済みという訳だ。アメリア、やってみろ」


「はい、レナード様」


 そう言って公爵令嬢、アメリア様は結界の核に手をかざす。彼女の手が聖なる光に包まれて、その光が核となる水晶を満たすように吸い込まれていく。

 そして、その光は瞬く間に水晶に金色の輝きを与えた。


「どうだ? 調子は悪いか?」


「いえ、とても安定しています」


「ということだ。アメリアが真の聖女として責務をまっとうできるようになった以上、偽物の劣等聖女はもう要らない」


 確かに……アメリア様の聖女の加護はすごい。私の模倣とは比べ物にならない出力だ。これを安定して発動できるというのなら私が要らないというのも頷ける。


 手をかざす。聖女様がそれだけで完了する仕事に私は何十倍もの時間と労力を要する。誰がどう見ても劣っている。劣等聖女の蔑称も仕方無いのかもしれない。


 でも……面と向かってこうも馬鹿にされると何かムカつく。

 私が聖女様と比べて劣っているのは事実だけど、私がこれまで努めてきた代理は嘘じゃない。

 本当はやりたくなかった。でも、拒否権なんかなかったから頑張った。

 限界だって言ってるのに無理やり働かされるのは苦しかった。

 それでも、国を守るために私はできることすべてを心血注いでやってきたんだ。


 それを貶されて嘲笑うようなまねは……腹が立つ。

 使い潰しの平民だと舐め腐っているのなら……ただの猿真似の加護だと思っているのなら。最後にちょっとくらい好き勝手やらせてもらおう。


「分かりました。では、これまで代理を務めてきた褒章として、最後に私のささやかな願いを聞いて頂くことは可能でしょうか?」


「言ってみろ」


「ありがとうございます。でしたら、もう一度だけ聖女の加護をこの身に宿す許可を頂きたいです」


 私がそう言うとレナード様は少し驚いたような反応を見せた。けれど、すぐに人を馬鹿にするような嫌な目つきに戻って、私のささやかな願いを鼻で笑った。


「はっ、何だそんな事か。まあ、確かに……聖女の加護を模倣できる機会もこれが最後だと思えば分からなくもない、か。本来なら願いを聞いてやる義理もないが……これまで劣等聖女なりにやってきた褒章として特別に許可してやる。アメリア」


「はい」


 レナード様に名前を呼ばれたアメリア様は意図を察して私へと近付いてくる。

 この人に触れるのも……これで最後だと思うとちょっとだけ感慨深いかも、なんて思っているとアメリア様は私に微笑んで言葉を投げかけてきた。


「これまで本当にご苦労様でした。あなたの頑張りを無駄にしないよう私がきっちり引き継ぎます」


「……どうも」


「では、どうぞ」


 アメリア様は慣れた様子で手を差し出してくる。

 そういう意味では彼女とはもう三年以上の付き合いだ。

 たまに会話することはあったが、基本は加護のための接触しかしない割り切った関係。

 それに今、終止符を打つ。


「ありがとうございました。聖女の加護を借り受ける栄誉、この身に余る光栄でした」


「そんなにかしこまらないでください。お礼を言うのは私の方です。長い間国ために尽くしてくださりありがとうございました」


 貼り付けたような笑みでそんなことを言われても、その裏ではどんな風に言われてるのか……。この人も貴族令嬢だし、もしかしたら私のことを劣等聖女と馬鹿にしているかもしれない。


 でも、もういいや。

 欲しかったものは……もう手に入った。


「聖女の加護」


 そうして私は先程のアメリア様の姿を真似て、水晶に手をかざす。

 とはいっても、既に水晶の光は満たされているからこの行為には何の意味もない。

 強いて言うのなら私の手に灯される光がアメリア様と比べると淡く仄めいていて、劣っているのがよく分かるといったことぐらいだろうか。

 時間いっぱい聖女の加護を使い、手に灯された光がフッと掻き消えた時、私は振り返って二人にお礼を言う。


「ありがとうございました」


「終わったか。では、すみやかに立ち去れ」


「……はい、失礼します」


 ああ、何て冷たいんだろう。

 年単位で自由を縛られ、国に貢献してきた者への対応だとはとても思えない。

 この頑張りに対して給金や待遇などの報酬もないのは少しどうかと思うけど……でも自由が何よりも恋しかったから。


 それに、報酬はもうもらってる。

 大聖堂を後にした私は自分の手を見つめた。

 そこには――――――――つい先程アメリア様が見せたものと何ら遜色のない、眩い金色の聖なる光が灯っていた。

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