第7話 分かれて行動しようか
今回も無事、人目に付かない所に移動できた。
空気は焦げ臭い。眼下に見える町は壊滅状態で目も当てられない。倒壊してただの木片と化した家屋、丸焦げになって跡形もない家屋、半壊状態で家財道具が持ち出されている家屋。
漂ってくるのは、どんよりとした重たい雰囲気と、ぴりぴりと緊張した余裕の無い雰囲気と。二つが綯い交ぜになった、異様な何かが感じ取れる。東日本大震災の時とほんの少し似ている気がする。気のせいかも知れないが。
「理玖さん」
直弘が声を掛けてくる。
「今は何時ですか」
「朝の九時だよ」
「何か、異変はあるんでしょうか」
「あるだろうね。どうせまた旅行時計を使うから、ここでは遠慮なく聞き込みを行えそうだ。……そうだな、一時間ほど、分かれて行動しようか。朝鮮人や共産主義者に関する偽の情報を聞いたかどうか、手分けして確認したい。行けそうか?」
「はい! 頑張りますっ」
直弘が気張った声を出したので、理玖は微笑ましく思った。
「では一時間後にまたここで。私は右手に回ろう」
「はい。俺は左の方から行って来ます!」
「気を付けるんだよ。危険なことには首を突っ込まないこと。それから、分からないことがあったら深追いせず、後で私に報告すること」
「はいっ!」
歩き出した直弘を見送った理玖は、大量の瓦礫や木片や瓦や焼け焦げた何物かがごろごろと転がっている道を通り、人が集まっていそうな方角を目指した。
脆そうな仮設住宅がぽつぽつと建っている。被災者の何人かが外に出て話し合っていたので、理玖は近付いて話しかけた。──今回は、高貴な女性に扮しているので、念のため口調に気を払うことにする。
「御免あそばせ。少しお話を聞きたいのだけれど、いいかしら?」
煤けた顔の女性たちが、戸惑いながらもこれを承諾する。
「わたくし、朝鮮人や共産主義者が井戸に毒を入れた──という噂を耳にしたのだけれど、これが本当か嘘か、ご存じ?」
地震の直後にこう言ったデマが流布して、朝鮮人や共産主義者や中国人や、色んな人が虐殺されてしまったのは有名な話である。
「ああ、それはね、嘘だったんですよ」
案の定、一人の女性がそう言い、周りもそうだそうだと頷いた。
「誰も井戸に毒なんか入れちゃいないから、そういう人たちをいじめるのはいけないってさ」
「新聞にも書いてありましたよ。大嘘だってね」
「最初は、えーと、自警団? とかいう集まりが出来かけていたけどね、すぐに解散しちまったよ」
「あら、そうなのですね。教えて下さって助かったわ。ごきげんよう」
理玖は上品な動作でお辞儀をすると、その場を去った。
──史実では、デマを訂正する新聞は、この時期に大々的に出回ってはいないはずだ。その新聞を入手出来れば、何か分かりそうである。
仮設住宅のある場所から少し離れると、被害が少しはましな町が見えた。理玖はすたすたと歩いて町の中に入ると、小銭を用意して、新聞売りを探した。
じきに、声を上げて宣伝しながら新聞を売り歩く少年を発見した。
「坊や、新聞をお一つ、下さるかしら」
「はい、毎度あり」
「ありがとう。助かったわ」
小銭と引き換えに手に入れた新聞には、でかでかとこう記されていた。
「井戸に毒は大嘘 人民と朝鮮人を守れ」
ふむ、と理玖は新聞の解読に努めた。だが、何だかんだ沢山歩いたので、もうすぐ一時間が経ってしまう。
直弘の話を聞いたら、まずはこの新聞社にお邪魔しようか、などと考えながら、理玖は待ち合わせ場所まで戻った。
坂を登って行くと、直弘は先に着いていて、理玖が来るのを待っていた。
「待たせたね。何か収穫は?」
「お疲れ様です。収穫は……少なくともこの辺では、人為的な殺害は起こらなかったそうです」
「一件も無しか?」
「そういう噂ですね」
「ふむ。よろしい。……読んだ史料によると、確実に死人が出たと記憶しているが、チェンジャーも随分と頑張ったものだな。全く面倒なことだ」
理玖は吐き捨てた。
「あと、俺、変に思ったんですけど。地震を予言した英雄がいる、って話は誰もしなかったんですよ。チェンジャーなのに、地震から人を助けたいとは思わなかったんでしょうか」
「ああ、それはね……。チェンジャーが消したい過去は震災後の虐殺事件だけで、その他の出来事を変えてしまうのはリスキーだと思ったんじゃないかな。……となると、チェンジャーは政府関係者の可能性が高くなってきたか……?」
理玖は気持ちが沈むのを感じた。
「……ともかく、この新聞を発行した新聞社に行くぞ。そこの人間ならば、チェンジャーに直接会っているかも知れない」
「新聞?」
「デマをデマだと糾弾し世に知らしめた新聞だよ。こんなものが今ここにあるのはおかしい。これを刷った人間なら、何かしら知っているだろう」
「なるほど」
「ということで、新聞社まで旅行時計で移動だ。この時代のこの地域の地図は大方把握しているから、手っ取り早く青色の針だけ使って瞬間移動をする」
「す、凄いですね」
「普通だよ。では、ボタンを押すぞ」
「はいっ」
またも、理玖と直弘の姿が、その場から掻き消えた。
二人が辿り着いたのは、とある新聞社のオフィスのある建物の裏側。この建物も被災しており、瓦は三分の一くらい禿げているし、窓は割れているし、壁にもヒビが入っている。理玖はさくさくと歩いて表玄関に回り、遠慮なく進入して扉を叩いた。こんな状態でも、新聞社員たちは忙しく働いているようだった。直弘は、大きな体を縮こまらせて後ろに立っている。
「はいよ! どなた?」
中から返事が来た。理玖は臆面も無くこう言い放った。
「御免あそばせ。こちらは
「ひょわ!?」
直弘が素っ頓狂な声を上げた。
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