3
野菜には全て先に火を入れて焦げを作る。
色濃く瑞々しい葉菜。しっかりと身が詰まり重みを感じる根菜と芋。大ぶりにカットしたそれらの野菜の表面を炙るようにして焼き色をつけたら、順に大鍋へ移し、ぎっしりと敷き詰める。
その隙間へ干し肉の欠片をいくつかと、一番上に香草を二枚ほど。砕いた岩塩を一つまみ、二つまみ。
ひたひたになるまで水を注ぎ、沸くのを待つ。
ぐつぐつと煮え出したら火の勢いを落とし、鍋底に炎の先が触れる程度の弱火にする。
途中何度か灰汁を掬い取れば、僅かに脂の浮いた、飴色に澄んだスープが現れる。
火から下せば、立ち上る湯気は春の恵みの香り。
栄養たっぷり春野菜ポトフの完成である。
もう四度目になるその料理を、どうにかこうにか半分までは消費したところだった。
「お約束の展開って、あると思うんですよ」
大きなマグカップが二つ、テーブルに置かれていた。
それを挟み、ハナとシロトが夕飯後の一息を入れている。
シロトはいつも通りの紫色のローブに身を包み、心底気だるげな様子で(実のところ満腹のあまり身動きがとれなくなっているのだが)頬杖をつき、聞くともなしにハナの言葉に耳を傾けている。
「私、常日頃から思っていたんですけど、どうして半人前の人間に限って、先生や上司や先輩たちに良い所を見せようと、自分一人で無茶な行動を取ってしまうのだろう、と」
「……」
相槌の代わりなのか、細められた目からアメジスト色の視線だけを送って話の先を促す。
「よくあるじゃないですか。『自分だっていつまでも半人前じゃない。やればできるんだ』とか、『いつもいつも頼ってばかりじゃダメだ。早くあの人に認めてもらわなきゃ』とか言って悪い相手に手を出しちゃって、結局どうにもならずにピンチになって、周りに助けてもらっちゃうような展開。どうかと思うんですよね、私」
「…………」
庭で採れすぎた野菜を消費するのにも、そろそろ限界が来ていた。馴染みの客にお裾分けしたりもしているが、そもそもこの時期に採れる野菜など、他の家庭でも有り余っている。以前までは、自分が食べきれる量だけを計算して作っていたのだ。庭の畑の世話をハナに任せてしまった自分の判断を、シロトは呪っていた。
当のハナはと言えば、シロトの倍近い量の野菜を平らげたはずにも関わらず、食後のお茶を用意する余裕をも見せた上で、その日の昼に境町で聞いた話をシロトに語っていたのだった。
「どう考えたって自分より優秀な人を頼るべきだし、そういう判断ができないからこそ半人前のレッテルを剥がせずにいるわけなんですよ。いい所を見せるのはいい仕事ができるようになってからでいいわけで、自己暗示みたいな変な自信で無茶をやったところで上手くいくはずないし、結局先生や先輩に迷惑をかけてしまうことになるんですから、だったら最初から素直に頼れる人を頼るべきだと思うんです」
「………………」
熱心に弁舌を振るっていたハナが言葉を区切り、ずい、テーブルに身を乗り出した。
「というわけでお師匠。お知恵を貸してください」
「前置きが長い」
ようやくその一言だけを絞り出したシロトが、小さく溜息をつく。
「私にどうしろと言うんだ。ウチは薬屋だぞ。町で起きた変事くらい、傭兵なり守り人なりに任せておけばいいだろう」
「でも、そこまで具体的に誰かが困ってるわけじゃないんですよ。そこがまた困るところなんです」
「ならば放っておけ。大体、私が出張ってなにがしかの方法でそのよく分からん困りごとを解決したとして、誰がその必要経費を支払うんだ」
「それは私も考えましたけど、まあ、いいじゃないですか、そういうのは。とりあえず解決してから考えれば」
「だから、解決しなければならん理由はなんだと聞いてるんだ」
「私が気になるんです~」
「はあ……」
シロトは深々と溜息を、つきそうになったところで胃の腑からせり上がってくる嫌な感覚に目を細め、ごくりと唾を飲み下してから一息ついて、ゆっくりと頭を振った。
「まあ、軽挙を起こさなかったところまでは良しとしよう。後は、話を聞き集めたところも悪くはない」
「それで、なにか分かりますか、お師匠?」
「そうだな……」
それきり、腕を組んで目を伏せ、黙考し始めたシロトを、ハナは辛抱強く待った。
お茶を一口、
二口、
三口。
ついには飲み切ったところで、向かいに座るシロトの頭ががくりと下がった。
「お師匠~。寝るなら着替えてお布団ですよぅ」
「……寝てない」
全身を包むローブと同じ紫色の手套で目頭を揉んで、いくらか温くなった自分のお茶を飲み下し、立ち上がった。
「ハナ。明日、町の連中に聞いて二つ確認しておけ」
「はい。何をでしょう」
「まず、変事が起きたときの月の形」
「月の形?」
「例に出した二人の話では、どちらも月の明るい夜だったのだろう? 聞けるだけでいいから、他の事例ではどうだったのか、確認しておけ」
「はあい。あと一つは?」
「取られた酒の種類だ。果実酒なのか、穀物酒なのか、蜜酒なのか、火酒なのか」
「了解です」
「場合によっては、明日の晩、私が直接出向いてやってもいい。もしも答えを集めた結果、月が半月以上の形のときにしか変事が起きておらず、穀物由来の酒は取られていないのであれば……」
「あれば?」
「ロバを一頭借りておけ」
「……はい?」
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