皇家へ帰りたくない母は、我が子を送りだす
青緑
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多くの親族の前で宣誓をしたその日、第一皇子に婚約者ができたと国中が祝福した。
第一皇子は枯草色の髪に金色の瞳、その婚約者は小豆色の髪に潤朱色の瞳だった。
「そなたに危険は晒さない事を誓う。だから私と一緒にいてはくれないか、ミレーシャ。」
「はい。皇子の言葉を信じ、私に皇子の進む道を御一緒する機会をくださいませ。」
それは仲睦まじい未来ある皇家を思わせる光景に参列した者たちは涙した。
だが彼らの願いはある日、突然失われた。
それは建国記念を祝う日、皇宮は襲撃を受ける事となったのだった。
襲撃者はミレーシャ皇妃の暮らす離宮を襲撃し、護衛を務めていた騎士の手配によって、皇宮へと避難できた。
だが日も置かず、皇宮に火の手が上がり、多くの騎士を連れて逃げの一手を選んだ。
けれども安全を確保された橋を皇帝が渡り終え、皇妃が渡ろうと踏み出した時だった。
皇帝は大勢に襲撃を受け、敵の攻撃で倒れた目の前で皇妃を乗せた橋は落とされたのだった。
その後、救援に来た騎士団の手によって救出された皇帝であった。
皇宮の執務室にて、顔に大きな傷を残した厳しい眼差しをした男は宰相から報告を受けていた。
「調査はどうなっている。」
「はっ。襲撃者の生き残りを捉え、尋問を行っております。襲撃者は隣国の手の者と思われます。所持品の中に迂闊にも依頼書があった事が判明しており、現場を仕切っていたゴルーダ卿の見解でも同じ答えが出ております。」
「うむ。」
男は相槌を打ちつつ、次の言葉を待つ。だがその目は睨むように見つめていて、報告する宰相は身震いする。
「ですが不可解な事に、手引きしたのは皇妃であられるミレーシャ様の親族で御座いました。分かり次第、連行しに向かったのですが既に自刃されておられました。側に残されていた遺書を拝見した結果から話しますと、皇妃となったミレーシャ様に一筆書かせて、ある商家を御用達に仕立てようとしたそうです。ミレーシャ様は、これを拒絶され、恨まれた結果、手引きしたと思われます。」
「であれば、正しく罰しなければならないな。」
「はっ。これ幸いと高る虫には注意喚起させ、見せしめに襲撃者の首を晒します。」
「しつこいようなら斬って構わないぞ?」
「…ご冗談を。」
宰相は引き攣った笑みを浮かべつつ、肝を冷やした。
目の前の皇帝は皇妃の前で甘い癖に、他では冷酷な皇帝と知れ渡っている程に心が冷えている。
そしてあの襲撃以降、皇妃を失った皇帝はそれまで隠れていた物が出てくるように言動が厳しくなった。
「ーー皇妃は?」
「目下、捜索中で御座います。川の下流を探しておりますが、依然見つかっておりません。あの頃からかなり時を要しておりますので、これ以上の捜索はーーいえ、なんでもありません!」
捜索の中止を発しようとしたが、立てかけられた剣に手を延ばしかけた皇帝に、宰相は必死に言葉を呑んで否定した。
数年がたった頃、慌しく入室してきた騎士に耳を傾けた宰相は聞き取った報告に歓喜した。
その日、それまで剣呑だった皇帝から目を背けてきた宰相と、暗雲としていた皇宮関係者は神に感謝を捧げた。
又聞きによる報告によれば、件の橋落下地点から遠く離れた地で暮らす男女らしい。
男女は人里離れた地に家を建てて暮らしている。問題は捜索部隊が見たという女性が髪の色以外、皇妃と顔立ちが似ているというものだった。その仲睦まじさからは夫婦だと言われても不思議に思わない。注意深く見ると、男性は女性の顔色を伺う仕草が数度確認された。ただ具合の悪さを見ているのであれば良いが、念のため報告が上がったという経緯だった。
その晩、月が雲に隠れる時間に、男は黒装飾に身を包んで報告にあった場所へ向かった。皇宮では宰相に押し付けて…頼んで代役を務めてもらった。
男を案内するのは報告した捜索部隊の一人と、男を護衛する影が担っていた。
月が隠れ、真上に陽が昇った頃、目的の場所に到着した。その時、家に帰る二人組を見る事が叶った。男性は女性を気遣わし気に家の扉を開け、女性が家へ入る。そこで子供と思われる甲高い声が辺りに響いた。ほんの一瞬の事だったが、少年の瞳の色に護衛も影も、そして男も息を呑んだ。皇家のみ現れる金色をしていたからだ。
「私はある騎士団の者だ。ここには調査へ参った。」
影の一人を向かわせ、家をノックさせた。出てきた男性に影が告げた途端、男性は無防備な腹部に蹴りを入れて、立て#籠__こも__#った。屋内では、幾つかの物音がしている。男が頷き、護衛も影も建物を包囲した時だった。建物が爆発し、瓦礫と化した破片が周囲を襲った。幸い、男だけ範囲外にいたため、巻き込まれなかった。慌てて建物内を探ると、洞穴が掘られていた。爆発の反動で崩れてしまっていたが、間違いなく逃走したという事だけは理解できた。
それから数ヶ月後、公務を行なっていた男は兵士から報告を受け、場外へと駆け出した。そこには傭兵が立っており、後ろには以前垣間見た少年がいた。
傭兵は少年が森を彷徨っていたところを保護し、少年の持つ文により、皇宮へ案内したという。
「母親はどうした?」
少年は首を傾げ、懐から出したペンダントを男に手渡した。そのペンダントは皇妃ミレーシャと婚約した日に男が送った物だった。
ペンダントには、ある効果が付与されており、それを相手が持った際に言葉を受け取るという物だ。
『あの日、貴方と交わした約束が破られた。狭隘だと言われても構わない。私は静かに暮らします。けれど、貴方に我が子を託そうと思います。名をベーティスと言います。どうか息子が健やかに幸せに暮らせるよう、配慮をお願いしたく存じます。最後に貴方のもとに、これが贈れた事を嬉しく思います。』
その後、男…皇帝は妃の座を空位のまま、ミレーシャとの子・ベーティスを皇太子として世界に発表した。
皇家へ帰りたくない母は、我が子を送りだす 青緑 @1998-hirahira
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