気温32度、東西南北、KLにて

第1話 クアラルンプールのミナミ

　今朝の気温は32度、安定の蒸し暑さ。

ＫＬに来て半年が過ぎた。夫の駐在に付いてきた、駐妻ってやつです。

新卒で就職してたったの２年で寿退社って、ありえる？つーか、初めて知ったけどね「寿退社」って言葉なんかウケる。ことぶき、て。

英語できないしさ、修学旅行でオーストラリア行って以来の海外よ。違うか、初ボーナスでソウル弾丸ツアー行ったわ。クラブでひどい目に遭った。あ、もう忘れる。

昔は同じ会社の駐妻会があったらしい。正直、自分のママより年上の友達ていうか知り合い？要らなくない？コロナ前から無くなってきて、もう今は消滅したって。最高。コロナありがとう。

　ここまでばーっと打ち込んで、水を飲みほした。

　誰かのふりをするって、悪くない。

　現実の私は、ＫＬ、つまりクアラルンプール暮らしの日本人女子って部分だけが「誰か=架空の駐妻ミナミ」との共通点だ。

　20代半ば、大した社会経験もない、普通に遊んだ感じの子を演じている。ひとまわり以上、年上の夫を職場で見つけて駐在を機に退職した設定。

　なぜミナミになっているかというと、暇つぶし兼おこづかい稼ぎだ。

　東南アジア住みの日本人コミュニティサイトがあり、そこの運営に雇われている。

　招待制のサイト、【Yashi】は言っちゃうと出会い系。

　海外の日本人社会は小さくて居住エリアも限られるから同じ国にいない人同士を繋げている。中でも、駐在国ではすぐ身バレするし、同じ東南アジアの出張先であわよくば、という駐在員たちを引き寄せている。

　ミナミがさっきメッセージで会話していた相手は、ジャカルタにいる。

　来月、ＫＬ出張があるかもと文面からもはしゃぎっぷりが痛々しいほどだった。

　調子よければ会ってあげてもいいかな、とぼんやり考えてカラのコップを満たしに立った。