表通りの一番地

とりてつこうや

進む秤とテックダッシュ

第1話 新風待ちたる表通り

「おい店主、いるか?入らせてもらうぞ」


あちこち皮が剥がれて、そこかしこに木屑の散らばる木造一軒家。


駅前表通りの一番地所在とはどう考えても見合わない設備ではあるが、きしむ床がもはや楽器と化したその構内にいつもの顔が見える。


「いらっしゃいまへー、買うもの決めたらとっとと言ってちょーだい」


非常に早口。俺だけ接客がテキトーになるのもいつものこと。


「お前なぁ…そんな接客して、常連でも来たらどうすんだ」

「常連なんてあんたしかいないもの。店の見た目からして、リピーターなんているわけないでしょ」


言いながら勘定台かんじょうだいに伏せる店の主。かし造りの机にと血色の良い頬が張り付くその姿が、今朝机に突っ伏した状態で起床した自分の姿と重なる。

ある訳もないが、普段他人に見えないような自らのお粗末なところを見透かされているような心地がする。


「しかし、普通の人には愛想ふりまくのに、勿体ねぇよなぁ…もう少し丁寧さをだな」

「うっさいわね!このわたし、かわいいかわいい店主のカテルちゃんが直々に店番してるんだからいいじゃないの。売り物の質はいいんだし」


「それはレイルさんがやってくれてるからだろ?朝のクソ寒い時間帯に初列車に荷物積んで遠路はるばるやってくる姿をもう少し見習えよ、手がかじかんでて腕に紅葉つけてるみたいだったぞ」

「そうだけどさぁ…?」


レイルさんは別地方の郊外に住むおっさん。貨車1両分の品を毎日仕入れて、ここまで持ってきてくれる。わざわざここに来るくらいならもっとデカいところで売ればいいものを…


数秒の沈黙ののち、カテルが口を開く。

「…てかあんた、陳列棚も見ずに何突っ立ってんの。早く品を─」


「いや、今日も手伝いに来たんだよ。なんだかんだ言って、店主ひとりで回せる仕事量してないだろ?」

先述の通り、ここは駅前表通り一番地。小商店といえど一等地である。需要はだいぶある。

おまけに建物がガタついてるからその補修もしなければならないわけだが、それすら手が回らないほどだ。


「ありがたいけど。そんなこと言って、研究はどうなの?

本出すとか出さないとか言ってたけど、レイルさんに聞いても市に並んでたとこを見た試しがないらしいし」

無防備に伸びをするカテル。猫かよ。

「研究自体はちゃんとやってる。今日は休みだ。こういう時に研究者稼業ってのは楽だな」


「まったく…世界の職業の6割が冒険者関連っていう今の時代に、学問の研究なんてやってどうするのよ」

「これからそういう時代がくる。最近だとモンスター倒すのも冒険者雇うくらいなら猟師に願い出るケースも増えたらしいし、冒険者の持ち物も技術が必要だ。それを築き上げるのが俺・コトスのような研究者だ!」

両腕をいっぱいに広げて高笑いすると、カテルは細い目をした。呆れた様子だ。


「あっそ。それにしてもわざわざ休みとってまでここ来るとか…趣味でも見つけたらいいのに」

「いいだろ。これが趣味だ」

「…変な趣味ね」

しかし、その顔は笑っていた。



さて、手伝いといってもカテルが俺に課す仕事は店の掃除と品出しを軽くやる程度のもので、それ以上を要求しようとすると「あんた一応休みなんでしょ。せめて身体くらい休ませなさいよ」などと言って受理されない。


見ている限り、繁忙な時間帯は本当に忙しそうなのでそれこそ最も手伝わせて欲しいところなのだが…それもさせてくれず困ったものである。


しかし暇な時間帯は本当に暇だ。


駅前なので列車の間隔が開く頃となるとこの店に限らず表通り自体の人通りがまばらとなるため、その間はやはりゆったりとした時間が流れている。


「暇ねー…」

「だなー…」

暇な上にお互い遠慮がないので、揃いも揃って勘定台の上を這うタコとイカになっている。


「ねぇコトス…あんた今タコかイカみたいな体勢してるわよ…」

「それはこっちのセリフだな…てかお前人の心でも読めるんか…」

「ええ…やろうと思えば読めるわ…そのくらい…ちょちょいの…ちょーい…よ…」

テキトーな嘘と中身のない話をしていると、窓に映るは彼方に沈む光珠ひかりだま

「もう日没か…日も浅くなったもんだな」

「そうね…最近寒くなってきたもんね」

立ち上がるタコとイカ。ちなみにどっちがタコでどっちがイカなのだろう。


「今日の晩飯もここで食うか。買い出し行ってくる」

「え、うちの商品使えば?」

「いや、そういうわけにもいかないだろ…」


「そう?まぁ行ってらっしゃい。そろそろ混み合うから、とっとと戻って来なさいよ」

「あいあいさー」


今考えてみると、このタイミングで出かけていて本当に良かったと思う。

もう少し遅れていたら、この店は、カテルは、どうなっていたことか。





迫る炎は辺りを埋めつくし、十六方を染め上げる。

日の落ちた表通りにその存在を誇示するように、爛々らんらんと彼方へその手を伸ばす。


「コトス!?何があったの!?」

店からカテルが飛び出してきた。かなり気が動転している。

「三丁目のカルードさんとこの定食屋からの火事だ!」

「三丁目って…結構離れてるわよね…!?」


「今日は風が強かったからな!そんなことより安否の確認と消化が最優先だ!俺は取り残された人がいないか見てくるから、カテルは店の品を安全なとこに!」

「そんなこと言って、コトスがケガでもしたら承知しないからね!?」


涙目になったカテルに、親指をグッと立てて見せる。


「するかよ!秒で完全鎮火してみせるさ」


振り返り、焼け野原に向かってほくそ笑む。

「…さて、こういう時に研究ってのが役立つんだなぁ」


手には肥料原料の難燃剤と水を混ぜて入れ、氷の魔力にてこれでもかと冷やした瓶。

過冷却一歩手前の内液はその魔力によって今にも瓶を飛び出しそうだ。

大きく振りかぶり、踏み込んで叫んだ。

「実地試験だ!カテルの期待がかかってんだぞ!!」


投げ入れると、水を被った部位を中心に火の手が高速で引いていく。火の手から逃れて集まってきた人々は地蔵のように並び立ち尽くし、そのさまを見つめていた。



その威力は凄まじいものだった。



火災該当区域の火などとうに消し切り、街全体が翌朝まで火を起こせなくなるほどに鎮火瓶の力は発揮された。


夕飯前だったため、お詫びを含めて、その夜はカルードさんが炊き出しをした。


「もごもご…カルードさんの火の魔力って便利ねぇ。こんな状態でも火が起こせるなんて」

煤けたベンチで俺の横に座り、焼き串にかぶりつくカテルがぼやく。


…微妙に何を言ってるのか聞き取れない。

「食べてから喋れよ…まぁカテルが無事なら何よりだけれども」

言いつつこちらも同じ焼き串を口に入れる。うまい。


「なに、デレてんの?w

まぁでも、今回はコトスのお手柄ね。あんなもの持ってたならわたしが火災に気づくより前に使ってれば良かったのに」

「これでも急いだんだぞ?規模を考慮して、特別巨大な魔力量を注ぎ込んでもらったんだからな」


「その結果がこれと…見誤ったわね」

再びと串を咥えたカテルがやや嘲るような顔をする。

「言うなよ…これでも気にしてるんだぞ?恨まれでもしたら、今後の研究者稼業も傾きかねん」


「そうなったらうちの店のバイトでもやってもらおうかしら。よく手伝いに来てるし、問題ないでしょ?コトスが無職になるとか、なんか嫌だし」

食べた串をゴミ入れに放り投げたカテルは満足気に頬杖をついた。


「やめておく。お前のことだ、死ぬほどこき使ってくるのがオチだろ?」

「大丈夫よ、一番楽な店番はわたしがやるから」

「それ結局こき使う宣言じゃねーか!」

だが知っている。傍で見ていてわかるが店番が一番大変だ。それを知った上でのカテルなりの優しさなのだろう。少し嬉しく思われた。


夜風が通りを行き過ぎる。カテルが背を震わせる。

「あー寒、早く店に戻ろっと…

あんたも泊まる?」


「え」


その問いに硬直した。店はカテルの家と合造になっている。こんな仲ではあるものの、カテルの家に泊まるということは即ち一応独身女性の家に泊まることになるんだが…


「大丈夫なのか?俺を泊めたりして」

「何を心配することがあるのよ。なんか間違いが起きるとか思ってんの?

大丈夫よ。それにあんた、家に帰るなら終列車はさっき出発したし、研究所に戻るにもこの超絶寒い通りを尚も歩いた上で、真っ暗かつやっぱり寒い部屋で寝ることになるのよ?なんなら防犯を考えればそっちの方がむしろ危ないわ」


まぁ明かりが点けられない研究所は俺でも寒い・暗い・怖いの三拍子だ。

「…わかった。さて…風呂はどっちが先に入るんだ?」

「そりゃ家主が先でしょ!わたしの入浴シーンでも想像して鼻の下を伸ばしてるといいわ」

「需要あるのか?」

「失礼な!」


今日も、駅前表通りの宵が更けていく。


ちなみに湯が沸かせないので、ほっこり…とはかけ離れた、はちゃめちゃに壮絶な入浴タイムが繰り広げられた。

なお、その夜どうなったかは…

そのうち書くとしよう。

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