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「……ええ、まあ」
「よかった。酸っぱいのが苦手でして」
特に好きというわけではなかったが空腹なこともあり、レモンタルトをもらうことにした。市籠は皿を渡す代わりにシャンパンを引き取るように持った。その流れるようなしぐさに葉菜子は驚く。
タルトを食べるなら両手が塞がってしまう。けれど不要なグラスはウェイターに渡せばいい物だと思っていた。けれど市籠は違う。自分もまた両親に似たところがあったのだと葉菜子は少し恥ずかしくなった。
タルトを食べている間、市籠は葉菜子を隠す壁に徹してくれた。
「少しくらい肩の力を抜く時間があった方がいいでしょう?」
そう微笑む市籠に葉菜子は自然と笑みを浮かべた。
タルトを食べ終わり、シャンパンを飲み干したタイミングでやって来たウェイターにオレンジジュースを頼む。ついでに何か頼むかと市籠に視線を送ると、空になったグラスを渡して、
「レモネードをお願いします」
と言った。
酸っぱいのが苦手だと言ってレモンタルトを差し出してきたというのに、飲み物はレモネードを注文するといった矛盾に葉菜子は驚きを隠せない。
「レモンは苦手だったのでは?」
「ああ、いや。そうなんですけどレモネードは好きなんです。甘くておいしいでしょう?」
子供みたいな論理を恥ずかしがりながら語る市籠。年相応の格好に似合わないその横顔を、葉菜子は心の底から素敵だと思った。その後、世間話をするだけでその日は終わった。
葉菜子の中で市籠はレモネードの人という印象になった。暗がりで顔がはっきり見えなかったせいでそれ以外残るものがなかったけれど、異性という分類の中で少しだけ興味を持った相手だった。適切な距離感を保ちつつ、誠実さと気配りは忘れない行動が今まで葉菜子が会ってきた人物よりも一歩、一足分だけ長けていたような気がする。
葉菜子は自分が人を選べるような立場だと思っていない。進路と同じように婚約相手もきっと両親が決めるのだろうと思っていた。恋も愛もない結婚生活を強制的に始めさせられるのならせめて、市籠のような相手を尊重して気遣いを忘れない優しい人物がいい。ただそうぼんやりと思っただけだった。
市籠と葉菜子が再会したのはそのパーティから二日後だった。
夢で会う間もなく、婚約者候補として両親が連れて来たのだ。
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