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 広すぎるゲストルームで過ごしていても、大浴場を一人占めしていても、豪華な食事を目の前にしていてもどうも気持ちが落ち着かなかったが、これに勝る出来事は恐らくないだろう。


 食堂にいる皆、それぞれの顔をうかがっているが口を開く者は一向に現れない。どうしたものかと一実が考えていると、一人の人物が行動を起こした。


 被害者の父、太央繁昌だ。


「いい加減にしてくれ、息子の死をなんだと思ってるんだ。人が一人死んでいるんだ。れっきとした殺人事件で推理小説じゃないんだぞ」


「そうですね、これは推理小説じゃない。黙っていたら謎は解けないし、話も進むわけがない。だからこそ、あの夜、ここにいた人たちの話を聞いて一つ一つ疑問点を無くしていかないといけないんでしょう」


「だったらさっさと言えばいいだろ、探偵なんだから。我々に考えさせるなんて時間の無駄だ。嘘吐いてましたなんて誰が言うか。そんなの自白したようなものじゃないか」


 怒りを人見に向けるのは当然のことだ。


 息子の死の真相を誰よりも知りたいのは親である繁昌だ。名目上、妻である柳您は明らかに再婚で市籠と血のつながりはないんだろう。表情が昨日と一切変わらない。気まずい雰囲気にも我関せず、な顔をして椅子に座っているただの人形だ。


 どうして来たんだろう、と単純な疑問を一実が抱いて柳您を見つめていると、繁昌が言った「自白」という言葉に反応を示した。ぼんやりと空のスープ皿を見つめていた目がゆっくりと動いて、やせ細って不健康な顔を見つめた。その視線は鋭く、何か言いたそうなように見える。


 そして同様に、人見も怪訝な顔をした。


「僕はただ、嘘を吐いていると言っただけです。人によって吐きくなかったけれど吐かなきゃならなかった場合だってあります。でもそれだと真実にたどり着けないから、今正そうとしているのです。決して嘘を吐いた人が犯人だと言ったわけではありません」


「犯人を当てるのが探偵の仕事だろう」


「それは警察の仕事でしょう。僕はここに推理ゲームをしに来たわけではない」


「ゲームだと!?」


「まあまあ」


 一実は咄嗟に立ちあがって二人の間に割り込む。


 ここから先は話をする場が崩れてただの言い合いになってしまう。目に見えて怒りをあらわにした繁昌と、敬語が取れつつある人見。信頼も信用もない今、こんな場所でこれ以上の醜態をさらすわけにはいかない。


 とりあえず要らぬことを言ってしまう可能性がある人見の口をふさぐため、鷹尾の前に鎮座していた牛乳を引っ掴む。


 その時、葉菜子が口を開いた。


「やめてください!」


 肩で息を吸っているその姿は、懸命に怒りを収めているようだった。


 視線が集まっていくごとに自分がした行動の大きさに気づくが、もう後戻りはできない。


 目を伏せて息を吐くその一瞬だけ悲しみが垣間見えた。

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