探偵さんは推理がお嫌い!
夜明一
第1章
プロローグ
時計の針が少しいびつな【く】の字を作り、夜中の二時半を示す。
街も人も皆眠りにつくこの時間に、寝間着から普段着に着替える男が居た。
部屋に設置された姿見の前に立ち、おかしなところがないかくまなくチェックをする。すそや袖にほつれは見えないし、前もって吊るしておいたおかげでしわもついていない。ほのかに香るようにとふっておいた香水はいい役割をしている。
服が終われば続いて髪型だ。前髪の分け目は右にしようかそれとも左にしようか。いつもかき上げているからたまには下ろしたままなのもいいかもしれない。なんて首をかしげながら納得がいくまで鏡とにらみ合う。
身支度に満足した彼は振り返って部屋を見た。
特に散らかっているわけでもあれているわけでもない。誰が見ても人間が生活していればこうなるであろうという意見を持つだろう。
だが彼はそれを許さなかった。
束ねられてはいるものの、アンバランスになっているカーテンは綺麗に結び直し、壁に飾られた絵画の角度を調整する。
荷物を入れてきた鞄はみっともないからベッドの下にしまい、頭の形に潰れた枕としわが寄っているシーツも整える。
すっかり生活感が無くなった部屋を見渡した彼は、満足したように頷き革張りのソファーに腰かけた。「ふう」と一仕事を終えたように息つくが全く落ち着く様子はない。
足を組んでは戻し、逆の足を組んでは戻し。今度は腕を組んだかと思えば解いて指遊びをする。そわそわと体を揺らすと、座ったばかりだというのに急に立ち上がって扉の前まで歩いて行ったりもした。ただ、ノブには手を伸ばすが扉を開けることなく空を掴むように直前でこぶしを握る。そこからまたソファーに戻るという行動を三回も繰り返した。
誰かに見られていたら全員が全員、「どこかおかしいのでは?」と彼の頭の心配をするだろう。それに加え、奇妙な行動を続ける彼の顔はだらしなく緩んでいる。はっと気づくたびに表情筋を引き締めるが、数秒経つと口角が上がってにやけていた。
ソファーに座った彼が頬を叩いて背筋を伸ばしていると「カチャ」と音がした。
反射で立ち上がり、期待に満ちた目を扉に向けるが─開いていない。なら先ほどの音はどこからだろう。そう思考を巡らせていると、整えた髪が風で踊った。
彼が振り返ると閉まっていたはずの窓が開いていた。
誰かが居る。
窓枠を掴んで足をかけ、今まさにこの部屋へ侵入しようとしている。
彼は驚きつつも見覚えのある顔だと思い出したが、この時間に尋ねてくる用はない。何より窓から来訪する理由もない。
予想外のことに固まって動けないでいると衝撃が彼を襲った。ぶつかられた勢いのまま床に倒れて頭を強く打つ。目が回り、痛みが全身に広がっていく。
痛い。苦しい。
恐怖と痛みにゆがめた顔に光が当たった。
眩しさに目を細めながらゆっくり瞼をあげると、その瞳に月が映りこむ。
「今夜はスーパームーンなんですよ」
そう嬉しそうに言った顔を彼は思い出す。
ふわふわと揺れる髪の奥にある潤んだ瞳が三日月のような形を作り、頬をほんの少し赤く染めていた。
恐ろしささえ感じるほど美しく大きいその月は、まただらしなく緩んでしまった顔を照らした。
光を浴びながらゆっくり目を閉じるその最中、彼は愛する人を思い出しこう思う。
─ああ、月が綺麗だ。
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