第29話 千紗ちゃんの憂鬱な学校生活

 私は学校が嫌いだ。特に中学生は大嫌いだ。体も心も未成熟ですぐに調子に乗る。義務教育の範疇なので自分よりも数段レベルの低いやつらと一緒に学校という空間に閉じ込められなければならない。


「あっ…来たよ」


「えっ、あの娘?」


 廊下の両側に溜まっている掃き溜め共はコソコソと何やら話している。どうせ糞にも劣る価値のない会話だろう。


 聞こえてないと思ってんのか。いや、わざと聞こえるように話しているのかもしれない。


「はぁ…」


 朝っぱらからため息が出てくる。外は煌々と太陽が昇っていて、窓から陽光に照らされた景色が見える。それなのに景色とは対象に廊下は教室の北側にあるため、少し薄暗く感じる。


「ん?…うわっ」


 自分の教室の前まで来たが気分が一段階…いや三段階くらい下がった。昔、兄から借りてやっていたパワプロというゲームで例えるなら絶不調だ。


「ねぇ…入れないんだけど」


 教室に入るための扉の前に女子数人が立って談笑していた。ほとんど知らない顔だが、一人だけ知っている顔がいる。そいつは私の言葉を無視して話し続けている。他の奴らもそいつが無視しているという空気を察しって、そいつに合わせている。


「はぁ……ダル」


「はぁ?なんか言った?」


「……」


「おい、無視してんじゃねぇよ」


 そいつの言葉を無視したが、そいつは少し大きな声を出してこちらに声をかけてくる。自分のことは無視されると嫌らしい。なんて自己中な…


「何?」


「あんた…ほんとっ調子に乗ってるよね」


「別に…調子に乗ってるわけじゃ…」


「ホントキモイ。行こう」


 そいつは何故か嫌味を言うだけ言って、取り巻きを連れてどこかに行ってしまった。


「何がしたかったんだ?」


 とりあえず邪魔な奴がいなくなったので教室に入っていく。今日は朝練があると勘違いしてしまったため、いつもより早い時間に学校に着いてしまった。そのためか全体の三分の一ほどしか席は埋まっていない。


「うわ~」


 私の机の上には消しカスや紙屑などのごみが散乱している。あからさまに嫌がらせをされている。犯人は誰が言わずとも一人しかいない。よくもまぁ、こんなことに時間を割けるな。これをやっている時に虚しい気持ちにならないのかな?


「よいしょっ」


 適当に机の上のごみを払って席に座る。席の横に荷物を置いて、スマホを開く。


 昨夜から兄からの返信がない。今まで返信が遅いことはいくつもあったが、日を跨いでも返信が来ないことは初めてだ。お母さんは兄が友達の家に泊まると言っていたが、なんとなく怪しい気がする。


「あっ」


 兄に送ったメッセージを眺めていると、トーク画面のメッセージの下あたりに既読の文字が付いた。急いで兄にメッセージを送る。



(やっと既読ついた)


(何してたの?心配したんだけど?)



 普段なら心配していた、なんてことは恥ずかしくて言えないが、対面せずにメッセージ上でなら何とか言うことが出来る。しばらくスマホの画面を眺めていると、スマホが振動してメッセージが送られてくる。



(友達の家に泊まってた)



「くそっ…もっと詳しく書けよ」


 せめて誰の家に泊まったのか、男なのか女なのか教えてくれてもいいと思う。しかし、ここで詳しく問いただすのは少し恥ずかしいので、とりあえず返事だけを送る。



(あっそ)



「はぁ…」


 昨日の夜から兄の顔を見ていない。それだけで調子が落ちる。小さい頃はもっと家で兄と一緒にゲームをしたり話をしたりしていたのに、何故か最近は恥ずかしくてそっけない態度をとってしまう。ホントはもっと話したいのに…


「はぁ…なんで…素直になれないんだろ」


「よっ。千紗、おはよう」


「あっ…う~ん…おはよう」


 席の後ろの方からいきなり大声で挨拶をしてくる。こんなことをする奴も私が知っている限り一人しかいない。中学生にしては鍛えられた体格と大きな体に似合わないさわやかそうな顔をした男子生徒が立っていた。


「どうした?溜息ついてたけど、なんか嫌なことでもあった?」


「何もないよ」


「そっか…なんかあったら相談乗るからな」


「…う…ん…」


 男子生徒はそういうと私の席から離れていき男子生徒が多く集まっている席の方に向かって行った。世間一般で言えば、彼はイケメンという部類に入るだろう。だが、私は彼に魅力というものを一切感じない。兄に比べたら、カスみたいなものだ。


「……チッ」


 いつの間にか教室に戻ってきていたさっき扉を塞いでいた女子は私にわざと聞こえるような距離と方向から舌打ちをかましてきた。


「こわっ」


 なんで嫌われているのか最初から分かりきっていた。私があのイケメンと仲良く話しているのが気に食わないのだろう。クラスでも目立たない私がなぜあの人に話しかけられているのか分からないが、なるべくやめてほしい。






「はい…じゃあ、三人一組でグループを組んでください」


 グラウンドにクラスの男女が集められ、準備運動を済ましてから体育教師が全員に指示を出した。


「うえ…マジか」


 4月からもう既に二か月ほど経った今ではほとんどの生徒が自分たちのグループを完成させているため自分が入り込む余地はない。


「ねぇ…○○ちゃん、一緒に組もう」


「いいよ」


 周りの生徒たちはいつも通りのグループで三人一組を作っていく。グループ作りに専念してこなかった私から見ればどうでもいい行為だと思ってしまう。


 1年生の時はそれなりに友達もいた。それこそこういったグループ作りなんか気にしないくらい。でも、2年生になってから、友達はみんな別のクラスに行ってしまい新しいクラスで知っている人は全然いなかった。


 最初のころは話しかけてくれる人もいたが、あの女に目を付けられてからはクラスのみんなも巻き込まれるのを恐れて話しかけてこなくなった。


「ん…どうした?藤原。組む人いないのか?」


「え…と、はい」


 歳のいった教師はこういうところまで考えが回らないのか、無神経にもみんなの前で公開処刑というある意味一番残酷な方法をとって来た。


「確かにこの人数だと一人余るな…」


 じゃあ最初から考えておけと愚痴をこぼしたくなるが、心の中に留めておく。体育教師は少し考えてから口を開く。


「じゃあ…水川のところに混ぜてもらいなさい」


「え~見学じゃだめですか?先生」


「ダメに決まってるだろ。お前もう既に4回くらい体育サボってるんだから」


「でも…」


「このままじゃ留年するぞ。ほら…先生が言ってやるから」


 中学で留年なんてそうそうないだろ。もう既にグループを作った人たちは各々距離を取ってボールをパスし合っている。


「おい…水川。藤原も入れてあげてくれ」


「え?…いや…良いですよ」


 一瞬、水川は嫌な顔をしたが、何やら不気味な笑みを浮かべて先生の提案を承諾した。サッカーのパス練習の時間のはずなのに、こいつらときたらずっとボールを手に持ったまま談笑してやがる。


「じゃあ…ちゃんと練習しろよ」


 最後に軽く肩を叩いてきた。最近の教師はセクハラだの何だのといろいろ配慮しているのだが、あの爺にはそんなこと頭にはないらしい。普通に気持ち悪い。


「ねぇ…今ってパス練習の時間だよね」


「そうだけど…」


 珍しく普通に話しかけてきた。普通の話し方なのだが、いつも嫌がらせをされている側からすればその話し方に違和感しかない。


「じゃあ…ほらパ~ス」


「!?」


 水川は手に持っていたサッカーボールを下に落として、そのままのバウンドしているボールをこちらに思い切り蹴って来た。割と本気で蹴ったためかボールは水川の足元から斜め上に蹴り上げられ、こちらの顔面に一直線で向かってくる。


「あは」


 水川は確かダンス部に所属していたため他の女子よりかは筋肉がついているのだろう。当たったらかなり痛いだろうな、なんて考えながら顔を少し傾けてボールを避けた。


「はぁ?避けるとか無いわ~マジ冷める。あんたが避けたんだから、あんたが取ってきてよ」


「…へいへい」


 言ってることは暴論だがこれ以上、猿山の大将ちゃんの機嫌を損ねたくはないので向こうには聞こえないくらいの声で返事をする。どのみちボールを取って行ってる時間はサボれるのでこちらにもメリットはある。


「あれ?何処飛んだ?」


 何歩か歩いた場所であたりをキョロキョロと見まわすが、飛んで行ったボールの行方が分からなくなっていた。


「あった…あんなとこまで」


 遠くの方にまだ転がっているボールを見つけた。グラウンドの横にある体育館の方まで飛んでいた。そこの周りには誰も居ないので誰かに蹴ってもらうことも出来ない。


「メンド」


 なるべく時間をつぶすためにゆっくり歩いていくが、なにぶん距離が遠い。二時間目の体育で日差しもだんだん強くなってきている。男子のグループは大体の生徒が汗をかいている。


「ん?」


 自分が取りに行こうとしていたボールの近くにもう一つボールが転がって来た。そのボールが転がって来た方を見ると男子生徒が一人走ってきている。早っ


「あっ…それ、こっち」


 走って来た男子生徒は自分たちのボールとは違う転がっているボールを持ち上げて周囲を見回していたので、分かるように手を振った。


「え…なんで」


 ボールを持っていた男子生徒はこちらにボールを投げるでも、軽くパスするわけでもなくこちらにボールを持って来た。


「千紗ちゃんだったんだ。はい…これ」


「うん…投げてくれればよかったんだけど」


「ははは、ごめん」


「じゃあね」


 黒髪とジャニーズとかにスカウトされそうな顔には汗が浮き上がっている。


 こいつは自分にすら挨拶をしてくるような性格◎の陽キャだが、そのやさしさがさらに事態を悪化させているのに気づいていないようだ。これ以上こいつと話して、水川の反感を買いたくはないので逃げるように戻ろうとする。


「あっ…待って」


 こいつはなんと手を掴んできた。


「何?」


「なんか最近、変じゃない?」


「変って何?」


 ちょっと声を低くして威嚇してみる。これで怖がってくれるとは思わないが、試してみる。


「いや…その…水川達に変なことされてないかな…って」


「いや、全然そんなことないよ」


「ホント?」


「ホントだって…マジ」


 笑って話題をはぐらかす。相手もそこまで気にしていないらしい。手も離してくれた。


「なんか…あったら相談してよ」


「うん…そうする」


「じゃっ」


 そういって男子生徒は軽く手を振って自分たちのグループに戻っていく。自分も重い足取りで水川の方を向く。


「はぁ…またやっちゃった。うわっ、すっごい睨んでる」






「おい…おせえよ」


「ごめんごめん。ちょっとトイレ行ってきていい?」


「ん?あぁ、行ってこいよ」


「サンクス。すぐ戻る」


 そういってボールを友達に投げ渡して、グラウンドの隅の方にあるトイレに駆け込む。


 中は簡素なもので、便器と洗面台しかない。洗面台の前に立つ。


「はぁ~柔らかったな~」


 そういって彼女の腕を掴んだ右手を左手で触り、先ほどの感触を思い出す。何度見てもその可愛さは一切変わらない。毎日言葉を交わすたびにこの思いは大きくなっていく。


 彼女が孤立していき、僕だけが彼女を支える。そうすればいずれ彼女の頼りは僕だけになっていく。


 本当に可愛い……だからこそ……



「…あんの…糞爺。気安く彼女に触れやがって、殺してもいいな。あんなゴミ一匹駆除したところで、誰も何とも思わないだろう」


 藤原 千紗に異常な思いを寄せる彼、上原かみはら みなとは重く呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る