第28話 不死者と吸血鬼の契約

「はい、そこまで。全員、筆記用具を置いてください」


 試験監督の教員が教室全体に響くくらいの声量で試験の終了を宣言する。それに従い全員が手に持っていた筆記用具を置いていく。俺は数分前にすべて記入し終えているので、眠りそうになっていたが教員の声で意識が覚めた。


「じゃあ…一番後ろの人、回答用紙を回収してください」


 そういわれてそれぞれの机の列の最後尾の人たちが立ち上がって後ろから回答用紙を回収していく。


「ほいっ」


「はいっ」


 そいつに回答用紙を渡して、机に突っ伏す。目を瞑って少しでも眠気を払っていく。


「ふ~…」


「お疲れ。どうだった?」


「…ん…まぁまぁかな…大問3の⑷の問題だけ解けなかった」


「うわっ…やっぱムズイよな。俺もあそこで時間盗られて、最後の問題時間なかったわ」


 試験監督の教員は回答用紙の枚数を数えていく。みんなテストの重圧から解放されたためか、気楽そうな顔をしている。


「はい…ちゃんと人数分ありますね。では委員長、号令を」


「はい、起立」


 教員が委員長に号令を促す。坊主頭の委員長はみんなに号令をかけていく。全員が起立していく。


 その号令をもって二日間に渡って行われていた中間テストは終了した。採点結果などは明日から順次、返ってくるだろう。


「はいはい…静かにしろお前ら」


 テストが終わりいろんなものから解放された生徒たちが口々にテストの出来やこれからの事に関して雑談をしていると担任の教員が教室に入って来た。


「ちょっと話してすぐ終わりにするから席に着け~」


 席を立ちあがって友達と話していた奴らは一旦話を切り上げて自分の席に戻っていく。


「とりあえずテスト終わったからって気を抜くなよ。二週間後にはスポーツ大会もあるからな」


 そういうと担任は軽いHRを終えて、教室を出て行ってしまった。


「さ~て、部活行きますか~」


「大変だな。確か大会も近いんだっけ」


「あぁ、1か月後に大会があってその結果次第で三年生の引退の時期が決まるからな。みんな頑張ってるよ……あいつ以外は…」


 隼人は親指で自身の後ろの方を指差した。指先の方には眠っている凪がいる。


「あいつ…数学のテストほぼ寝てなかったか?」


「ほぼ…ていうかテスト全部寝てるよあいつ」


「マジかよ…」


 さすがにそこまでとは思っていなかった。俺も大半のテストには集中していたため数学の時間以外は見ていなかったが、他のテストも寝ているとは…


「しかも、あいつスタメンほぼ確定なんだけど、一週間に一回は絶対練習さぼるんだよ」


「マジかよ…」


「絶対あいつ昨日、夜遅くまでゲームしてるよ」


 隼人が席を立ち上がって、凪の席の方に向かって行く。あっ…頭叩いた。


「イで…何すんだよ」


「何すんだよじゃない…お前全部寝てんじゃん」


「良いじゃん別に周りに迷惑かけてるわけじゃないんだからさ~」


「お前が赤点で補習とかテスト受け直しになったらサッカー部に迷惑かかるんだよ」


「ええ~俺の代わりなんていくらでもいるでしょ」


「お前なぁ~」


 こちらにまで会話が聞こえてくるが、最後は隼人が呆れてというかあきらめて会話が終了した。凪の席から俺の方に戻って来た。凪は欠伸をしながら目を擦っている。


「大変だな。保護者は」


「保護者じゃねぇし」


 隼人はため息をつきながら荷物を鞄に詰めていく。もう既にテストは終わっているのでこの後は部活か帰宅のどちらかなのだが、隼人は前者だろう。


「あいつサッカーとゲームは完璧なのに私生活が終わりに終わってるからな」


「確かに」


「あいつと同じクラスってだけで世話しないといけないからな」


「このクラスってお前と凪以外サッカー部しないしな」


「そうなんだよ」


「隼人…行くなら早くしよう」


 俺たちが会話をしている席に凪が目を擦りながらやって来た。すでに荷物を持って、準備が出来ているようだ。俺と隼人は唖然とするしかない。


「お前を待ってたんだよ」


「えっ…マジ?ごめん」


「まぁ…良いや。ほら、行くぞ」


「うん」


「じゃっ」


「じゃあね、真」


「おう、また明日」


 二人は荷物を持って教室を出ていく。二人がいなくなった教室を眺めるがもうあまり人も残っていない。


「俺もそろそろ行くか」


「そうだね、そろそろ行こうか」


「……!?」


 後ろから声が聞こえる。わざとらしく普段より吐息多めの声が聞こえる。慣れていないので吐息が耳に当たって背筋がゾクッとする。耳を抑えて後ろを振る向くと月がいた。


「びっくりした?」


「マジで…びっくりした」


 俺が予想通りの反応だったのがうれしいのか、月は顔をニッコリとさせた。赤みが薄くなった瞳がこちらを見ている。最近気が付いたが、彼女は血を吸っていないと瞳の色が黒に近づいていき、血を吸うと黒色から赤黒い色に変化していくらしい。


「ふふふ…」


「たく…行くなら早く行くぞ」


「あっ…そういえば、今日はやってなかったね」


「……」


 彼女が言っているのはだろう。少し前のことだったのとテスト期間中だったこともあり忘れていた。


「…今やるのか?」


「うん。こっち来て」


 月は俺の手を引いて廊下に出て、人気のない場所に引っ張っていく。廊下にもほとんど生徒はおらず、グラウンドの方からは野球部の準備運動の掛け声が聞こえてくる。


「…ん~ここでシよっか」


 俺は黙って生唾を飲み込むことしかできない。あの約束のせいだ。


 月の部屋で二人で眠り、そのまま二人で登校したあの日に約束してしまったこと。






<一週間前>


「もし、この写真をばらまかれたくなかったら、一日一回私に血を吸わせて」


 月のスマホの画面には俺が昨日の夜に撮られた写真が写っている。俺が月に覆いかぶさりキスをしている写真。実際は月に足でホールドされてかつ胸ぐらを掴まれているのだがこの写真だとそれがうまく見えないようになっている。


「それって…いつまで?」


「もちろん、君が私と付き合うまでだよ。今、君が付き合うって言ってくれれば消してあげるけど」


「一日に一回だけで良いんだよな」


「そんなに嫌なの?私と付き合うの」


「嫌ってわけじゃない…」


 言葉に詰まる。別に月のことが嫌いという訳ではない。むしろ前よりもいろんなことを知ったので前よりかは好きになっているかもしれない。でも…


「まぁ…いいや。君が私の事を好きになるまで続けるだけだから」


「せめてテストが終わるまで待ってくんない?一日一回の契約は」


「ん~まぁ…一週間だけだったら良いけど…その代わり…」


「その代わり?」


 一歩だけ月が俺の方に歩み寄って来た。上体を傾けて胸を強調するような姿勢でこちらを見る。


「もし逃げたりしたら…死ぬまで家で監禁して私だけの血液タンクにするからね」


「りょ…了解」






 西側の階段は昇降口から反対方向に位置しているのでこちらにある特別教室に用事が無ければ、ほとんどの生徒が利用することのない場所だ。


「はぁ…はぁ…ここでシよっか」


 人間一人分ほど間が空いているが、それでも彼女の息が当たるくらい月は息が荒い。


「いただきます。…んっ」


 もう何度か彼女に噛まれたことはあるが、この感覚は全く慣れない。鼻息が当たるためむず痒い気持ちと痛みと快感が同時にやってくるため感覚がバグる。


 月の喉からはゴクッという音が聞こえてくる。人の血ってそんなに出る物なのかと言いたいくらいの量が出ている。


「もういい?」


「…ダメ、一週間我慢したんだから…もっと」


 月は一瞬口を離して一言だけ言うとまた吸血を再開した。


 人の居ない暗い階段の前で男女が抱き合いながら立っている。女子は男子の首に噛みついて流れ出ている血をまるでジュースのように飲んでいる。


「……」


 彼女は回数を重ねるたびに血を吸う量が増えている気がする。

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