第7話 心を縛る枷
「じゃあ…俺、今日はあっちに乗るから」
そういっていつも帰りの電車を待っている1・2番線ではなく3・4番線のホームを指差す。月は不満そうにしながら俺から離れた。
「また明日…」
「うん…あっ…明日は家にくんなよ」
「なんで?…いいじゃん。かわいい女の子が毎日起こしに来てくれるんだよ」
「さすがに毎日来られるのはきついから」
納得はしていないが学校でいろいろあったので嫌われないように気を使っているのか、いつもよりおとなしく感じる。
「じゃあ」
「…バイバイ」
月と別れて3番線のホームに向かって行く。階段を下りると割と人がいた。学生の割合が多い。うちの高校の生徒もいるが、それよりも近くにある女子校の生徒が多いいように見える。
スマホを取り出してメッセージアプリを開く。ある人に向けてメッセージを送る。
(今から行くよ)
そういってメッセージを送り、アプリを閉じて音楽アプリを開く。ポケットからワイアレスイヤホンを取り出して耳に入れる。
音楽アプリのプレイリストをタップするとお気に入りの曲が流れ始める。外界の音を遮断して自分の世界に入り浸る。
先ほど別れた彼の背中が遠くに見える。音楽を聴いているのか耳にはイヤホンをしている。
赤い瞳は常に視界の中に彼の背中を捉えている。
彼の用事がどんなものなのかちゃんと確認しなければならない。今までと同じように彼の後をつけている。
「誰なの?女?許せない……」
周りの人に聞こえないくらいの音量でつぶやく。
彼は電車に乗り込んで空いている座席に座った。私は乗り込んでいく乗客に紛れて常に四メートルほどの距離を保っている。
乗り込んだ須佐野駅から3駅ほど進んでも彼は電車から降りない。自宅とは反対方向に向かっているにも関わらず降りる気配がない。
彼が下りたのはそこからさらに2駅ほど進んだ駅だった。
須佐野駅よりもだいぶ小さく、改札も簡素なものだった。彼は駅に降りて改札を抜けると駅の前に止まっているバスに乗り込んだ。
バスは「下峰病院前」というバス停で停車した。彼の後をつけて私も降りる。
かなり大きな病院だ。家族が入院しているのか。いろんなことを考えながら、彼の後をつけて病院に入る。
彼は病院の受付に寄って手続きを行う。
「417号室の中里さんに面会したいんですけど…」
「はい、発熱や体調に問題はありませんか?」
「はい大丈夫です」
彼は普段通りに受け答えをしている。彼のすぐ後ろの目立たない場所で聞き耳を立てる。
「では、この面会簿に記入をお願いします」
受付の女が書類とペンを渡す。彼は一緒に渡されたペンで書類に記入していく。
書類を受け取る際にわずかに彼と受付の女の手が触れたように見えた。本来なら許せないが今は我慢しなければならない。
「はい、ありがとうございます。ではこれを」
「ありがとうございます」
彼は受付の女から面会カードを受け取り、そのままエレベーターに乗ってしまった。
「あっ」
急いでエレベーターの前まで行く。エレベーターの中には彼一人だったので他の人が乗ってこない限り彼が下りる場所で止まるはず。
エレベーターは4階で止まった。417号室と聞こえたのでおそらく4階の病室だろう。↑のボタンを押してエレベーターを待つ。
4階に着いたとき、彼の姿は見当たらなかった。
4階に着いたあと、すぐ右に曲がり廊下を進んでいく。廊下には消毒液のような病院独特のにおいがしている。
「あった」
417という番号を見つける。その下には「
白いスライドドアを開いて、中に進んでいく。
「あっ…来てくれたんだ。いつもより遅いから来なくなったのかと思った」
中にはベッドに横になっている女の子がいた。髪は雪のように真っ白、まつ毛も眉毛も肌もすべてが白い。声は透き通っているが、どこかか細い印象がある。
「ごめん…ちょっと用事があって遅くなって…」
消えてしまいそうなくらい薄い体は陽に当たると見えなくなってしまいそうだ。青緑色の瞳が俺を見つめている。
「用事って?」
「いや…本当にちょっとした用事だよ」
「ふ~ん」
彼女の表情はいつもあまり変わらないので、感情が読み取りずらい。彼女は視線を手元に落として本を読み始めた。
「最近、体調はどうだ?」
「あんまり変わってないよ。悪くなってない代わりによくもなってないって」
「そうか……そういえば、通信制の高校に入学したんだな」
「うん。高校くらい卒業しとけってママが言うから……高校卒業まで生きてればいいけど」
彼女はいつもそんなことを言っている。どこか人生をあきらめているような雰囲気がある。皮肉のような、自虐のような…
「そんなこと言うなよ…」
「真君はいいよね。死なないんだから」
「……」
俺は沈黙することしかできない。
実際にそうなのだから。俺は大抵の怪我は一日で完治する。かなりひどい骨折したとしても一週間もすれば治っているだろう。それに対して彼女はいつ死ぬか分からない身体だ。
「ねぇ……」
彼女はいつの間にか本を閉じて、こちらに顔を向けていた。やはり肌の白さのせいで幽霊のように見える。
「……私をこんな体にしたんだから、いい加減責任取って結婚しようよ」
「……それは…」
胸の動悸が激しくなる。過去のトラウマが脳の中でフラッシュバックしてくる。冷や汗が止まらない。
何度も何度も忘れようとしてあきらめた過去。思い出したくもない過去の罪。
「…ねぇ…こっち来て」
彼女に逆らうことなど出来ない。俺の罪悪感がそんなことをさせてくれない。
椅子ごと彼女に近づいていく。
「……ん?何このにおい…」
「え?…何って」
「私の知らないにおい…いつもの柔軟剤のにおいじゃない」
「そ…そうか?…体育で汗かいたからか?」
「違う……女のにおい」
その言葉を聞いて心の中でしまったとつぶやく。彼女の顔はどんどん険しくなっていく。
「ねぇ…私以外の女の子と話さないでって言ったよね。においが付くくらい一緒にいたってことだよね…」
今日は朝からかなりの回数、月とくっついていたためかにおいがするらしい。
「なんで?なんで?なんで?…私はこんなに不自由なのになんで真君は他の女と楽しい事してるの?…ねぇ、なんで?私だけこんな思いしなくちゃならないの?私はずっと病室で一人、君は学校で女の子とイチャイチャしながら青春ごっこ……楽しかった?浮気しながら他の女とくっつくの…」
「そんなことないよ……ごめん。もうしないよ、本当にごめん」
「謝ったくらいで許すわけないでしょ。こんなくさいメスのにおいをつけて彼女に会いに来るなんて…クズ過ぎるでしょ。このクズ男、変態、くそ野郎…」
彼女はそういいながら細い腕で俺の体を殴り始める。彼女の腕は細すぎてこちらではなく逆に彼女の腕が折れてしまいそうな勢いだ。
「怪我するよ…」
そういって彼女の手を握って、何とか止める。俺に抵抗する権利はないが逆に彼女が怪我しないよう止めなければならない。
「ねぇ…私のこと嫌いなの?嫌いだよねこんな女…」
今度は目に涙を浮かべながら泣き始めそうになっていた。彼女の情緒が不安定になるのはいつもの事なので、気にせず彼女を慰める。
「そんなことないよ…」
「ねぇ……もっと近くに寄って」
殴るのをやめた彼女の手を離すと、彼女は俺の両脇から手を入れて背中に回す。俗にいうハグをする形になる。
「私のこと…まだ好き?」
これは俺の気持ちを惑わす言葉であり、俺の心を縛る呪いの言葉でもある。
「………好きだよ」
病室には抱き合った男女が二人だけ。
「………」
病室の中から聞こえてくる声を聴いているものが一人…
血原 月は誰にも気づかれないように病院を後にする。
◇◇◇お礼・お願い◇◇◇
どうも広井 海です。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今回のお話はいかかでしたでしょうか。
このタイトルにある「殺したい彼女」とは誰の事なのか、皆さんも考察してみてください。
今回のお話が少しでも良かったなと思いましたら、ぜひ☆評価、いいね、フォロー等よろしくお願い致します。
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