【三題噺 #38】「冠」「カップ」「鍵」(606文字)
彼女は家を出ていった
八年一緒に暮らしていた彼女が出ていった。
僕が帰宅してアパートの郵便ポストを見ると宛名のない封筒があった。裏には彼女の名前があり、鍵が入っていた。急いで部屋へ入ると玄関に彼女のものがゴミ袋に入って並んでいた。その中にはお揃いで買ったマグカップも入っていた。
分別され、袋に何曜日何曜日と捨てる曜日が貼ってあった。
彼女と暮らし始めたのは僕の給料は増えないし、彼女の勤め先も夜逃げ寸前だったからだ。二人ともお金がなくて困っていた頃だった。
それからはうまくやってきたと思う。彼女に出ていかれるようなことをした覚えはない。いや、心当たりが一つある。
締め切り前の一ヶ月近く忙しくて熱が出ても会社を休めなかった。市販の薬を飲んで会社へ行っていた。彼女は心配して病院へ行くように言ったが、そんな時間はなかった。締め切りに間に合わせた後ほっとしたのか、僕は倒れた。彼女は看病してくれた。
熱が下がり始めて油断した僕のせいでまた熱が上がった。
夜中にテレビ番組の録画予約を忘れたのを思い出し、起きて録画予約をした。推しの冠番組なのだから忘れるわけにはいかない。あと五分ほどで始まりそうだったので、そのまま見てそのまま寝落ちてまた熱を出した。あれで愛想をつかされたのかもしれない。
ゴミ袋の中のマグカップを見てふと思った。
二人で暮らし始めたのは彼女と少しでも長くいたかった。その気持ちを僕が忘れてしまったから、彼女は出ていったのかもしれない。
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