本日の三題噺 2/18 『過労死』、『SNS』、『輪っか』

 七月七日に雨が降りませんように

 僕は今、期間限定の高額バイトをしている。

 誰でも作ったことのある、あれを作っている。

 あれ、日本に住んでいれば幼い頃に一度は作ったことがあるであろう、あれ。

 大人になっても幼いお子さんがいれば、作る機会があるであろう、あれ。

 七夕の飾りである。僕は輪っか飾りの担当になった。

 楽だと思って応募したが、作り始めると結構辛い。

 週に一度回収員が来るが、彼の検品が厳しい。同じ色が続いたらダメだし、細く切った折り紙の端と端の貼り合わせた部分のずれが大きくてもダメ。予想以上の厳しさに疲れた。

 夜なかなか寝付けないし、寝ていてもうなされて目が覚めることが続いた。

 SNSには「眠い」「疲れた」「眠い」「ノルマ厳しい」「眠い」「もっと楽だと思ってた」などのグチが並ぶ。

 もちろん、仕事内容を書き込んでいない。吐き出して少し楽になりたいだけだ。

 なぜこんなアルバイトがあるかというと、全国の保育園・幼稚園の先生方がとても忙しいからだ。

 昔は園児が七夕飾りを作って、足りない分を先生方が作っていたが、今の先生方はには時間がない。人手不足に業務の増加、でも子供たちの情操教育のためとか伝統文化に親しむためとか、行事は行わなければならないらしい。

 そのため、外注できるものは外注しようということになったのだが、全国に保育園・幼稚園がいくつあるんだ!

 六月の初めから七夕一週間前までの契約期間に、ただひたすらわっか飾りを作らなければならない。

六月も最終週に入り今週で最後だと思い、なけなしの体力気力で輪っかを飾りを作り、最後の回収員を待ち構える。

 やっと来た回収員にわっか飾りを差し出す。検品しながら彼が話しかけてくる。

「今回のはいいですね。あと一か月、この調子でお願いしますね」

「え」

「え」

 僕が驚いたことに回収員も驚いて、「契約は七月末日までですよね」などと言いだした。

 契約書をよく見ると、彼が言った通りだった。

 僕はいつから契約が六月末日だと勘違いしていた?

 おそらく旧暦の七夕の日が、いつのまにか旧暦が取れて七月七日七夕の日に変わったのだろう。僕の住んでいる地域の七夕は七月七日だから。

 魂が抜けたようになった僕は折り紙を一枚取り出し、いつもの輪っかを作るよりも太く短冊状に折り紙を切った。

 そして、その折紙に願い事を書いた。

『過労死しませんように』

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