第11話 嘘から出た実

 スカルドラゴンは暴れ続ける。

 身体から漏れ出す禍々しい魔力が強化の根源なのだろう。

 動くだけで結界の強度が削れ、既に割れかけだ。

 それでもアーディは魔力を注ぎ込んでスカルドラゴンを閉じ込める。

 15分という時間はとうに超えていた。

 自分の宣言以上に耐えているのはほとんどが意地によるものだ

 まだアスラが勇者を連れてくるまで出すわけにはいかない。


「まだっ……!」

「アーディ!!」


 アスラの声がして一瞬気が抜けそうになり、結界のひび割れが大きくなる。


「あと2分持たせて!!」


 限界超えているとを叫びたいが、歯を食いしばって結界の維持に全力を捧ぐ。

 急激な魔力消費に意識が飛びそうになる。

 その後ろで詠が聞こえた。


「【答えよ炎。払う代償は我が肉体】」


 アスラは自分の髪の一部を剣で斬り、流れる血を混ぜ合わせる。


「【求めるは刹那に続くこの業火】」


「【この身を包め灼熱よ!】——【フレイム・ハート】!」


 髪と血が炎に変わり、手を通してアスラの全身を包み込む。

 足元をから炎を吹かせ、加速し始めた。

 同時に結界が割られ、スカルドラゴンが瞬時にアーディを襲おうとするが炎の塊となったアスラが吹き飛ばした。

 スカルドラゴンはその勢いでクレーターに落ちていく。


「ごめん、遅くなった」

「えぇまぁ……勇者様は?」

「連れてこられなかった」


 まるで人型の炎になったアスラはアーディに表情を見せない。

 アスラもアーディの顔を見なかった。

 アーディの声を聞く前にアスラはクレーターに飛び込もうとする。


「待ってください!回復します!」


 アーディはそう言ってアスラに回復魔法をかけた。

 万全とは言わないがこれで動く分には多少マシになっただろう。


「ありがとう」

「行くのですか?」

「まぁ、戦えるのは今んとこ私しか見当たらないし。

 他にいてもきっと逃げ出してるだろうし」

「……」

「別にそれが悪いってことじゃないのよ。

 逃げれるなら逃げるべきだわ。命あっての人よ」

「じゃあなぜ貴女は?」

「ただのプライド。それと、憧れかな」

「憧れ?それは?」


 アーディの疑問にアスラは自嘲気味に笑いながら答えた。


「勇者」


 アスラは飛ぶ。

 相手は狂暴で強大。傍から見れば無謀もいいとこだ。

 だからなんだというのだ。

【フレイム・ハート】は身体に炎を纏わせ、身体能力や武器の攻撃力を上げる強力な魔法。使うためには血と身体の一部を支払い、それによって効果の威力が決まる。この魔法は常に魔力を消費する。アスラが動くこの瞬間も。

 背後から炎を噴出させ、落ちるように突進して剣を突き刺す。


「っ!!」


 衝撃が手に返ってくる。

 ロングソードや突っ込んだ勢いもあるがそれ以上に相手の骨が更に強固になっていた。

 アーディを守った時は宙に浮いていたから容易に吹っ飛ばせたが、地に足をつけている状態ではそうもいかない。

 スカルドラゴンも動き出した。

 それを見て息が詰まりそうになる。

 恐ろしくて泣きだしそうだ。

 それをかき消すように炎を噴出させる。


「GAAAAAAA!!!」

「あぁぁぁぁ!!!!!」


 炎を使い加速して上に飛び、潜り込んで下から斬り、横から回転して傷をつける。

 剣を骨がぶつかるたびに衝撃音が響く。

 身を動かすたびに全身に痛みが広がり、魔力の急激な消費により意識が吹っ飛びそうだ。


(このままじゃ……でもっ!)


 このままじゃ一方的にこちらが消耗するだけで勝ち目がない。

 だがたった一つだけ、可能性があった。

 最初につけた頭蓋のひび。

 黒く変色して強化されていたとしてもそこだけはそのまま残っていた。

 激しく動き回るのをやめて剣を構えてスカルドラゴンの正面に立つ。

 そこに攻撃を決めるために消費する魔力を増やして力を上げた。

 今にも逃げ出したい足を踏ん張らせて、手に力を籠める。

 スカルドラゴンが攻撃を繰り出す瞬間、轟っと音が鳴る。

 人型の炎が攻撃を吹き飛ばし、その頭蓋に辿り着く。

 

(これでっ!!!)


 全てを振り絞った炎の斬撃が放たれる。

 それは確かに怪物に致命傷を与えるほどの力。

 当たればアスラは勝利を掴み取れる。

 そう、当たれば。


「なっ!?」


 スカルドラゴンの口が紫色に輝いていた。

 アスラは気づく。

 

 いままで繰り出されるのが物理的な攻撃ばかりで失念していた。

 そうこいつはスカルドラゴン。

 ドラゴンなのだ。

 ならば持っている。誰もが知るドラゴンの必殺技。


竜の息吹ドラゴンブレス!?」


 全身が光で埋め尽し、吹き飛ばされる。

 身体はクレーターの中に転がり落ちた。

 誰もが見ても即死の攻撃だったが【フレイム・ハート】に魔力を多く注いでいたからか、奇跡的に肉体は保たれていた。

 スカルドラゴンは口内から煙を漏らして獲物を睨む。

 捕食した魂を使って強化された身体でも保有している魔力の量は変わっていない。

 2度の竜の息吹ドラゴンブレスを使用したことによって魔力は枯渇状態にに陥っていた。

 アスラを捕食するためにアスラへとゆっくりと近づく。

 その身体に魔力は残っておらずとも魂を喰らって変換すれば減った魔力を補充できる。

 アスラは微かに残る意識の中でスカルドラゴンの足音が大きくなるのを聞こえていたが、指一本も動かすことができなかった。


(ダメだったか)


 勝てなかったことを悔やみながら空を見上げる。

 こんな時なのに清々しいほどに綺麗な夜空だった。

 星々が輝き、その中心に月が地上を照らす。

 死ぬにはいい日と思わせるほどの空。

 それを眺めながら仕方のないことだったのと自分に言い聞かせた。

 大多数の戦力を失い、一人で特攻したところで勝てるわけなかったのだ。

 少しとはいえこれほど健闘したことを褒めて欲しいくらいだ。

 よく頑張ったと頭を撫でてほしい。


(まぁそんな年齢でもないけれど)


 影が覆いかぶさった。

 霞む視界には大きく開かれた口が見える。

 それに対して何も反応することはできない。

 叫ぶことも泣くことも。

 アスラは目を閉じた。

 せめて最後に目にする思い出は怪物の口の中ではなくて綺麗な夜空にしたかったから。

 でも思うのだ。

 17年の人生。

 まだまだやりたいこともあった。

 触れ合いたい人もいた。

 憧れもあった。

 それを思えば思うほどに


「……死にたくないな」

「じゃあまだ生きればいいでしょ」

「えっ?」


 響く金属音。

 空気を通して伝わる衝撃。

 聞こえた声とその音に驚いて目を開けるとそこには黒い仮面を付け直しているレイと宙を舞っているスカルドラゴンが見えた。

 信じられない光景に目を奪われているとレイが数本の瓶を取り出してアスラにぶっかけた。


「あびゃ!冷たっ!?

 何をする……あれっ?」

「外傷はとりあえずそれでいいかな。

 あと残りのポーション飲んで体の内側と魔力回復させてください。

 それと剣も借りてきました。ショートソードでよかったですよね?

 じゃあ3分休憩を」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!

 一体なんで君がっ!?というか3分も待てるわけ」

「待てますよ。

 今度は彼らが時間を稼いでくれますから」

「彼ら?」


 アスラが聞くと多くの声が聞こえはじめた。

 するとスカルドラゴンに雨霰と言わんばかりに様々なものが降り注ぐ。


「魔法使えるやつはありったけ使え!

 出し惜しみするな!

 使えないやつはとりあえずなんでもいいから投げつけろ!」

「神官たちは進行方向を塞ぐために結界を!

 強度は薄くても重ねればそれなりになるはずです!」

「戻ってみりゃすごいことになってんな!?

 あのまま森に籠ってればよかったよほんと!」


 ギルドマスターや司祭、リーエッジや他のみんなが一斉にスカルドラゴンへ攻撃していた。

 普通ならこの程度では怯みもしないだろうが今のスカルドラゴンは魔力が枯渇状態。

 アスラとの戦闘で戦っていた時ほどの素早さは出せず、見た目よりも軽い身体は絶え間ない連続攻撃にスカルドラゴンは動きを制限させられざるを得なかった。


「みんな戻ってきたの……?」

「大変でしたよ。

 最初はギルドマスター見つけて、門で待機していた魔法使いさんたちと森から帰ってきたリーエッジさんに合流して、それからポーションを譲ってもらったり仲間探ししてもらったり、それからそれから」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」

「なんですか?」

「その、逃げたいんじゃなかったの?」


 アスラの疑問にレイは息を大きく吸い込んだ。


「そりゃ逃げたいですよ!」

「えっ」

「でもしょうがないじゃないですか!」

「な、何が……?」

「いいですか!?こんな窮地には逃げないんですよ!

 何におめおめと逃げてたら生き残った人に『こんな時に逃げたとかあいつ勇者じゃないんじゃね?』って言われたりするかもだし!

 教会にも糾弾なりなんなりされるかもしれないじゃないですか!

 そんなことされたら偽物ってバレちゃうでしょ!」

「えっと、つまり……」


 ライの言い分に混乱する頭を動かしながら結論を出す。


「偽物ってバレたくないからアレと戦うって?」

「戦うんじゃないですよ。倒すんです」

「嘘でしょ?」

「嘘じゃないです」

「とても正気に思えないわよ」

「正気で何年も勇者を騙ってるわけないじゃないですか」


 それはまぁ確かにと納得して、アスラは渡されたポーションをグイっと飲み込み回復させる。

 時間はそろそろ3分。

 万全とは言えないが気力は満タンだ。


「狙うのは頭のヒビ。

 でも硬いわよ?生半可な攻撃じゃ砕けないわ」

「生半可な攻撃じゃなければいいんでしょ」

「大した自信ね……それは嘘じゃないの?」

「僕を誰だと」

「嘘つき」

「それはっ、そうですけどっ!」

「冗談よ。一緒に戦ってあげるからさっさと行くわよ勇者様」

「話すじゃなかったよほんとっ!」


 3分の休憩が終わると周りの攻撃が止み始め、互いに動き出す。

 戦い方は作戦当初と変わらない。

 一発入れてすぐ離れるヒットアンドウェイ。

 再びそれを二人で行うだけだ。

 アスラは駆けだして相手の脚に炎の斬撃をぶつけ、使い慣れた【ファイアボール】を放つ。

 スカルドラゴンはアスラを追いかけようとして追従していたライがその顎をかちあげる。

 そのままスカルドラゴンの背骨を叩こうとするが尻尾がそれを防御した。

 スカルドラゴンは尻尾を伸ばして突き刺そうとするがアスラが横から斬り付けて阻止。

 着地したライがスカルドラゴンの腕を叩いて体勢を崩し、アスラが追撃をする。

 スカルドラゴンの反応する度、その意識の逆を突く動きをする。

 二人の動きが段々と鮮やかになっていき、拮抗した攻防になっていた。

 だがまだ足らない。

 アスラはスカルドラゴンの前に飛び出し、相手の攻撃がギリギリ届かないラインを維持しながら詠唱を始めた。


「【目覚めよ竜よ】」


 それは今まで使っていた魔法とは違う。


「【祖は全てを飲み込む破滅の力】


 ポケットから取り出す白い欠片。

 それから赤色の煙がにじみ出す。

 そこに封じられているのは竜の生命の一端。


「【吹き飛ばせ息吹よ!】」


「返すわよっ!——【ドラゴン・ブレス!】」


 赤い光線がアスラの手から放たれる。

 スカルドラゴンが放ったものと同等の魔法。

 触媒を使用した魔法の一つ。

 回復したとはいえ大きな魔法を使えない今のアスラにとって最大の攻撃魔法。

 それはスカルドラゴンとはいえ無視できない一撃だった。

 咄嗟に避けようとするが間に合わないことを理解したスカルドラゴンはその口を開く。

 身体に残る生命力を魔力に変換、そして3度目の竜の息吹ドラゴンブレスで対抗した。

 二つの息吹がぶつかり大爆発が起きる。

 それによりアスラは後ろに吹き飛ばされた。

 周りにいた人々もその衝撃に倒れ込む。


「あれでも、ダメなの……?」

「Gurrrrr」


 爆発の中からスカルドラゴンは現れた。

 流石に消耗しているのかその動きは鈍い。

 しかしこの場にいる全員を喰い殺す分の力は残っている。

 怪物の唸り声が響く。

 その時、空が光った。

 意識がある者は空を見上げる。


「あれは……?」


 光り輝く剣を持ったライが空から落ちてきていた。


「ぶっ壊れろぉぉぉぉ!!」


 光の剣が落下の勢いのまま振り下ろす。

 怪物は爪を振り上げるが剣が今まで破壊できなかった爪を砕き、頭蓋に届く。


「GIiiiii!!」


 怪物は悲鳴を上げてもがき、もう一方の爪でライを貫こうとするが、飛んできた一本の剣がそれを防いだ。

 アスラの全力投剣したものだ。

 稼げる時間はほんの数秒。


「ギガァァァ!マギィィィ!」


 しかし怪物を倒すための勇者の一撃を放つにはその数秒で足りていた。


「ブレイクゥゥゥゥ!!!」


 極光。

 ライの握る剣が先程とは比べ物にならないくらいに光る。

 剣を通してぶつけられるとてつもない力は頭蓋のひびを刺し、貫いて振りぬくと光が怪物の骨を剣と共に灰に変えしまっていた。

 その光景は鮮烈で、思わず立ち尽くしてしまう。

 やがて光は消え、そこに残っているのはライ一人。

 ライは手を上げVサインを作り、高らかに叫んだ。


「ビクトリー!!!」


 周りが歓喜の声に染まる。

 今度こそ、完全に怪物を倒したのだと。

 称え合い、涙を流して喜んだ。

 ぽつんと一人で立つアスラはポカンとした顔で中央に立っているライの姿を見ていた。


「なにあれ……」

「ギガマギブレイク」

「えっ?」


 アスラの隣にいつの間にかアーディが立っていた。

 その顔に笑顔を浮かべてわが物の様に語る。


「大量の魔力を極限まで圧縮して相手にぶつけ、爆散させる。

 彼が自分を勇者だと偽り続けるために編み出した必殺技です」

「へー……んっ?いまなんて?」

「おっと、口が滑りました。

 それよりあれ使った後はいつもぶっ倒れるので回収しないと」

「はっ?

 あー!!」


 アーディの発言を問いただそうとしたとしたアスラだったが急に倒れ込んだ勇者を見て駆けよることを優先した。

 近づくと気を失って眠っているようだった。

 それはそうだろう。あんな威力を出すなんてどれだけの魔力を使ったのか。

 常人なら気を失うどころか命までかかわってくるレベルだ。

 とりあえず命に別状はないことを確認してほっと一息つく。


「まったく嘘つきね」


 彼は自身を勇者ではないといった。

 でもどうだろう。

 周りからは勇者を褒め称える声しか聞こえない。

 ライは確かに偽物かもしれないが、この場にいる者たち全員にとってライは紛れもない勇者だ。

 噓から出た実とはこのことだろう。

 横たわるライを持ち上げて背負う。

 すやすやと寝息を立てるライに感謝を伝えることにした。

 聞こえていないだろうが別に構わないだろう。


「ありがとう。『嘘つき勇者』様」

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