第10話 嘘つき
「いっ!」
目が覚めると全身に激痛が走る。
傷を癒そうとポーチからポーションを取り出そうと手を伸ばすが、中で容器が割れているのかぐっしょりと湿っていた。
仕方がないと思い、腹部に乗っているものをどかし、顔にかかっている粉末を払う。
やっとの思いで立ち上がるとその先の光景に息を飲んだ。
何もかも吹き飛んでいた。
中央広場だけじゃない。
その周りにあったものすべてだ。
大きなクレーターができており、土が剥きだしになっている。
「なにが……?
そうだ、みんなは!?」
周りに冒険者はいない。ばらばらに飛んでしまったのだろうか?
周囲を捜索しようとすると影が被さった。反射的に顔を上げる。
そこにいたのはスカルドラゴンだ。
確かに倒したの怪物はその身を黒く染めて立ち上がっている。
信じられない。信じたくない。
アレほどの攻撃を受けてなお立ち上げるのか。
剣を取ろうと腰に手を当てる。
「っ!?」
そこには剣は無かった。
どこかに吹き飛ばされただろう。
(あっ、死んだ)
魔法も間に合わないタイミングとわかり、不思議と冷静に自分の死を悟る。
世界が遅く見えた。
鋭い爪がゆっくりと自分を引き裂くだろう。
「【セイクリッド・バリア】!」
だがそうはならなかった。
聖なる輝きが立方体の結界となってスカルドラゴンを閉じ込める。
そこにはボロボロの神官服をきた金髪の少女がその杖を持って立っていた。
「アーディ!?」
「無事でよかった!」
「貴女こそ大丈夫なの!?」
「話は後です!」
アーディは杖を強く握り込んで叫ぶ。
結界の中で暴れるスカルドラゴンを抑え込んでいるのだ。
魔力や集中力を注ぎ込んで破られないように結界を維持し続ける。
「アスラさん!勇者様を探してきてください!」
「この中から!?」
「一瞬ですが勇者様はこの攻撃に対応していたように見えました!」
アーディの言葉にアスラはハッとする。
確かに勇者はあの場で唯一スカルドラゴンを倒しきれていないことに気が付いていた。
ならば無事に生存しているかもしれない。
希望はまだ存在している。
「10分、いや15分持たせます!!」
「わかったわ!!」
アーディの命がけの時間稼ぎにアスラは答えなければならない。
痛みを堪えてアスラは行動に出た。
まずは近場の瓦礫をめくり、その下にいないか確かめる。
いない。
半壊した建物の中。
いない。
路上に設置されていたゴミ箱の中。
いない。
可能性のある場所を探し回り、段々と戦いの場から離れていく。
探知系の魔法や魔道具を所持していないことが心底悔やまれた。
「『新米勇者』!無事!?」
返事は無い。
この場にはいないと判断し、別の場所に探しに行こうとして足がもつれて転んでしまう。
顔をぶつけて鼻血が流れた。
「くそっ!!」
これでは到底間に合わない。
アスラは近づくタイムリミットに焦りながらなんとか立ち上がり、鼻血を拭って気が付いた。
ここは
あの時は多くの人が渡り歩いたり、店が開いていたので騒がしかったが、今は嘘のように静かだった。
彼は無事なのだろうかと心配していると嘔吐する声が聞こえた。
静かな場所にはあまりにも不釣り合いで汚い声。
アスラはその声がした方に歩く。
こんな場所に残っているのはいないはずだった。
いるとすれば作戦に参加していた冒険者、司祭や兵士。
そして……。
「げっほ!げっほ!」
「勇者……?」
勇者が
そんな情けない姿に呆気を取られるが今はこれを連れて行かなければ勝機は無い。
神から授かった力を使わなければあんな怪物を倒せない。
路地裏に入りその手を取る。
「勇者、無事ね!
いまアーディが時間を稼いでいるわ!
あんたもさっさと戻って」
「戻りません」
「…………は?」
何を言っているのか理解できなかった。
勇者はその顔を伏せたまま。動こうとしない。
「何を言って」
「戻らないと言いました。
アレはもうダメです。倒せない。
逃げなきゃ殺される」
昼間の調子とは逆。その卑屈な発言にアスラはキレた。
勇者の頭を掴み、持ち上げる。
仮面をつけていてもわかるような情けない顔。
恐怖で戦意喪失しているのが一発でわかる。
だがアスラは怒鳴る。
「あんたは勇者なんでしょ!
神から選ばれたこの世界の守護者!
なんでビビってるのよ!!
倒せるはずよ!」
「倒せませんよ!!僕は!!」
仮面の紐が切れて、外れる。
仮面の下にあった顔は
「僕は、勇者じゃないんですよ、アスラさん……」
□
ある地ある場所ある村。
物語の勇者に憧れる少年がいた。
ただの憧れではあったが子供の原動力にするには十分だった。
家を手伝いをこなし、近所の困りごとを解決し、いじめられてる子を助けた。
いかにも勇者らしいことをやり続けたのだ。
成長して体力もつき、剣も握れるようになった。
彼は勇者ごっこを続けた。
地元で行われていた狩りにも混ざって剣の振り方を覚え、野宿や野草なのどの知識も蓄える。
育ての親である祖父母が亡くなると少年は村を出た。
別の村を襲うゴブリンを追い払い、その巣を殲滅。
人の味を覚えたグレートベアーを退治。
誘拐された娘を助け出し、家まで送り届けた。
行く先々で少年は感謝され、名を聞かれる。
少年は名を名乗らない。
代わりに彼はこう答えた。
こう答えてしまっていたのだ。
自分は勇者であると。
□
「勇者じゃない……?」
「はい」
アスラは手を放していた。
目を逸らすライは震えながら答える。
涙を流し、鼻を啜りながらぐしゃぐしゃになった顔で。
「最初はごっこ遊びだったんです……。
僕は人助けをして、感謝されて、気持ちよくなっていただけ、
物語の勇者のように振舞って周りからちやほやされて楽しかっただけなんです」
けど、と言葉を続けた。
「ある日あの娘が、アーディが僕の前に現れて言ったんです。
『教会はあなたを新たに勇者として迎え入れたい』って。
びっくりしますよね。僕は神からの神託も祝福も授かってない。
ただの嘘つきです」
「じゃあなんで、違うって答えれば」
「言えるわけないでしょう?
教会に勇者なんて嘘をついていたなんてバレたらどんな罰が下されるかわかったもんじゃない。
だから僕は嘘を続けてきました。
自分は勇者であると、言い続けていました」
そこで一昨日のアーディの言葉を思い出す。
『この街にある教会で近況報告をすると言ったら『じゃあ別行動で』と言われてしまって』
偽物だとバレたくなかったから教会に立ち入らなかったのだろう。
確かに、スカルドラゴンと戦っている中でライは勇者の力を一度も見せてはいない。
勇者ではないから、神から授かっているはずの勇者の力を使えない。
それは当たり前のことで、ライが勇者ではないことの証明だった。
「だから僕は戦えません。
あんな化け物、僕には倒せません……」
ライの震える姿に何も言えなかった。
目の前にいるのはただの少年だった。
勇者ではなく、一緒に街を歩き、同じ店で食事をし、笑いあったただの
付き合いは短いながらも一緒にいることが好ましいと感じることができたただの
その姿を見てアスラは呟くように言った。
「……ありがとね」
「えっ?」
「貴方がいてくれなかったらもっと早い段階で私は死んでいたかもしれない。
それだけじゃなくて、もっとひどいことになっていたかも」
「それは」
「まぁ早いか遅いかの話かもしれないけどね。
とりあえずやれるとこまでやってみるわ。
剣借りるわね」
アスラはライの剣を鞘から抜く。
それは一般的なロングソード。
いつも自分が使っている剣より重いが、むしろこれぐらいがあの大物と戦うのにちょうどいい。
ライに背を向けてアスラは戦場へと戻ろうとして足を止めた。
「教会に行くか、街を出るかしなさい。
死にたくないんでしょ?」
「……」
「じゃあ、生きてたらまた会いましょ」
アスラは去っていく。
その背をライはただ茫然と見ていた。
「僕は悪くない、悪くないんだ」
自分に言い聞かせるようにして何度も何度も悪くないと口にする。
確かに勇者と自称したのは自分自身。
だけど教会に声をかけられるなんて思いもしなかった。
しかも神からの神託というお墨付きでだ。
それを聞いたとき、不敬にも『神の目は節穴なのか?』と思わずにはいられなかった。
それから自分を気持ちよくするための嘘から、周りを誤魔化すための嘘に変わった。
ライは勇者であろうとすることから、勇者でなければならないことに変わってしまった。
通った街や村の困りごとを解決しなければならない。
弱者を標的にする悪党を捕まえなければならない。
強大なモンスターがいればそれを退治しなければならない。
攫われた重鎮の家族を助け出さなければならない。
それが勇者だ。それこそが勇者なのだから。
だから嘘を続けて。
続けて。
続けて。
続けた。
だが、死にたくはない。
あの怪物の強さは正直言って異常だ。
アレは本物の勇者でなければ倒すことはできない。
じゃあ逃げてもいいだろう。仕方のないことだろう。
「うっ、おえっ」
嘔吐する。
逃げることでこみ上げる罪悪感。
これからたくさんの人が死ぬ。
スカルドラゴンを倒そうとした人たちや、今避難している市民。
自分に付き従うアーディ。
勇者ではない自分に優しくしてくれたアスラ。
胃の中はもう空だ。
なのに罪悪感は無くならない。
「くそっ……!」
その先は―——。
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