Days 〜県立常盤追分高校手芸部〜

ハシバミの花

プロローグ 季節の始まり・DAYS

 学びへの坂道は桜であふれていました。


 花びら舞いちる石畳を、長めの制服スカートをふくらませ、そっとふみすすみながら藤野ふじのユキは夢のようなここちでいました。

 七分に咲いた桜はおだやかで、一瞬一瞬がみずみずしい。

 こんな日ですもの、運命の出会いがあるにちがいありません。

 一生の友達とか、恋人とか、もっとすてきな関係の人とか。

 ふと先をみると、道ばたにかがみこんでいる男の子が。

「——ショーちゃん」

「……なんだユキか」

 沖浦おきうらショーがすっと立ちあがります。

 体が大きくて気だるそうにみえますが、動きは猫のように軽快です。

「なんだじゃないよショーちゃん。君はもっとこう季節はずれの自販機のおしるこみたいに、あたたか〜く私をむかえいれるべきさ。そんでそんで? なにしてるの?」

「……モグラ。干からびてたからうめてやってた」

 染めあげた短髪に着くずした制服、背がたかくイケイケな外見からは予想もつかないことをおっしゃいます。

「なむなむ、次のモグ生はきちんとあったか〜い土の中ですごしてね」

 二人で手をあわせ、それから校門へとむかいます。

「ちいかちゃん、退院できたの?」

「……いいや。先週、院内でカゼうつされた。今も点滴うってる」

「ありゃりゃ〜、ざんねんだねえ。こんどお見舞い、いこ。リョウちゃんもさそって」

「ああ、そうだな」

 春一番、花びらがわっと舞いちります。

 校門が近づくごと、生徒の姿がふえてまいります。

 みなユキたちと同じ、ま新しい制服姿。

 少し大きなサイズの制服に、彼らはまだ“着られて”おります。

「そうだ、リョウちゃんは?」

「あいつのことだから先にいってんだろ。今ごろ下見すませてんじゃねえのか」

 レンガづくりの瀟洒しょうしゃな校門がみえました。

 校庭のむこうに古い木造の、だけど手入れのゆきとどいた風格ある校舎が、木々のすき間からのぞきます。

 これから三年間お世話になる学び舎。

 この校舎を見るたび、ここを選んでよかったとユキは満足感にひたるのです。

「おそいぞ」

 校門でつじリョウジがまちかまえておりました。

 ブレザーをジャストサイズでぴしりと着こなし、細身のメガネを鼻のうえでついとすりあげ、そして手には丸めたプリント用紙。

「こっちはもう下見をすませてきた。なのにここで十五分もお前たちを待つハメになった」

「リョウちゃんが早すぎるだけだもんねー。それでそれで、なにかおもしろいこと、あった?」

 ないわけない、とユキは思います。

 なにかすてきなニュースがあるから、リョウジが彼女たちをまっていたのです。

 それに、こんなにすてきなはじまりの日に、おもしろいことがないわけがないのです。

「それだが、」

 リョウジのメガネが春の朝日に光ります。

「——クラス名簿めいぼの中におもしろい名前を見つけた。市内に一軒しかないめずらしい苗字だ。まずまちがいないだろう」

「……だれだ?」

 ショーが興味をそそられたようす。

 リョウジは手に持ったプリントをひろげ、ずらっとならんだ名簿の中、赤で目印をつけたところを二人に見せました。

「……ミョウジョウ……? お名前みると、男子くんかな?」

「おめでたい名前だな。だれだこいつ」

「よく見ろ、五十音順の先頭にあるだろう。つまり、この読みは、アケホシ、だ」

「——マジかよ」

「だれだっけ? 百人一首にでてきそうなお名前だね」

「バカめ、この名前を直訳してみろ」

「えっと、あかるい星、フラッシュ、シャイニースター。あ、明けの明星だから、ブライトスター」

 そこまで言って、

「あ、BRIGHT☆STARだ! そうだそうなんだ!」

 なにか理解したユキの顔に、あかるいおどろきが走ります。

「しかも、よろこべユキ、お前と同じクラスだぞ」

「おお! すごい! すてきな出会いだ!」

「かわいそうに……あわれだな、そいつ」

「おいショーちゃん! なんてこと言うんだよ! アワレじゃないよー! リョウちゃんもひとしきりうけてないでフォローすべきさ!」

 ひとしきり笑いおわると、三人が頭をよせあいます。

「こいつは引きずりこまなきゃダメだろ」

「だね。すごいよこの偶然! いいやここまできたら、これは運命さ!」

「善はいそげだ。式がおわったらその足で勧誘にむかう。ユキ、席を確認しておけよ」

「がってんさ!」

 おー!

 テンションがあがり、ユキが元気に号令します。


「やあ君たち! 頭をつきあわせて、さてはまた悪だくみかい?」


 風が、ひときわつよく桜並木をなぎました。

 花びらがきまぐれな春の大気にもてあそばれます。

「ようこそ、県立常盤追分ときわおいわけ高校へ! さっそく三人組は、なにかおっぱじめる気だね!」

 そこに、三人がこの高校を選んだ一番の理由が立っていました。

「ふむ、リアクションがうすいな……もう少しフレンドリーに攻めてみようか?」

 その人はスタンスを広げ、敬礼けいれいのかたちに右手をあげます。それから、

「おっす!」

フランクにあいさつします。

 女子とは思えぬ長身。

 ゆたかな金髪。

 名前の由来ゆらいにもなった澄んだ琥珀こはく色の瞳。

 そして深みのあるハスキーボイス。

「なんちゃって!」

 声にレモンのあまずっぱい香り。

 彼女こそ、県立常盤高校三年生にして手芸部部長、佐藤さとうアンバーその人でありました。


 彼女とかつての出会いような、とてもすてきな出来事が今日この日からみんなにはじまること、ユキにはわかっていたのです。

 なぜって、こんなすてきな日に、すてきな事がおこらないはずがないのですから。


近況ノートにイメージイラストがあります↓

https://kakuyomu.jp/users/kaaki_iro/news/16817330653267878198

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