淫美な白兎

天然ナガイ

淫美な白兎


 昔、ある村に竹造たけぞうという若い猟師がいた。

 竹造はキジ撃ちの名人だった。肩に鉄砲をかけ、毎日山に入っている。ヤマドリを見つけると、足を忍ばせ息を殺し鉄砲を構える。


 狙いを定めてズドーン! と、見事命中。


 その日もいつも通り狩りに精を出していた。

 竹造は日盛ひざかりの太陽をけ、一休みしようと沢の木陰に腰を下ろした。川の水を飲んで喉を潤し、持ってきた握り飯を頬張った。


 そのとき上流の草むらで、ガサガサと音がし、大きめの鳥が飛び立った。


「でかいな、イヌワシだ」


 と、目で追うように竹造は空を仰いだ。その大きさにも驚いたが、足には獲物を掴んでいる。とっさのことで、それが白い布をくるんだ人間の赤子のようにみえた。


「いかん!」


 と竹造はすぐに鉄砲を手にとった。

 赤子に当たらぬよう神経を集中し、よーく狙いをつけ引き金をひいた。弾は羽根をかすめ、イヌワシは驚いたらしく獲物を落とした。


「よし、やったぞ」


 イヌワシはふらふらと飛び去り、竹造は無事を確かめようと落とした場所へ走っていった。


 竹造が人の子と思ったのは、真っ白なウサギであった。ウサギはまるで野に咲くヤマユリのように美しく、それも見たこともない白銀の毛をしている。

 竹造は、取って食うにはしのびないと感傷的になっていた。さいわい怪我もないようだし、そのまま逃がしてやろうと思った。


「次は気をつけろよ。さあ、山にお帰り」


 白兎しろうさぎは、言葉がわかったように元気よく飛び跳ねていった。





 その晩、竹造は家で一人キジ鍋をつついていた。すると、「こんばんは」と外から女の声がする。


「こんな時間に誰だい」


 といって障子しょうじを開けると、そこには若く美しい娘が立っていた。


 竹造は思わず顔を赤らめた。

 なぜならその娘は、肌もあらわにほとんど召し物を着けていない。女らしい体の曲線を見せつける胴巻きは、胸のうえ半分が露出しており、編み目の脚は肌が透けている。なんのまじないかは分からないが、お尻には丸い綿わたをつけていた。

 ムチムチの体つきと胸の谷間の、なんとなまめかしいことか。


「なんだい、けったいな格好して。あんたいったいどこから来た」


「わたしは昼間、あなたに命を救ってもらった白兎でございます」


「ええっ!? なんだって」


「助けてもらったお礼にご奉仕に参りました」


 そう言われ竹造は、突き出た胸、くびれた腰、布が食い込んだ股をめ回し、ごくりと唾を飲み込んだ。健康的な若者らしくムラムラと欲情し、女の匂い立つ色気にまいってしまった。

 据え膳食わぬは男の恥とばかりに、家の中へ娘を招き入れることにした。


「ところで、頭につのみたいに生えてる、それはなんなんだい?」


「これは、うさ耳でございます」


「ふーん。まあいいや。それじゃあ遠慮なく楽しませてもらおうか」


「はい。お気の召すままに。うっふーん」


しなだれて体をくっつけてくるから、竹造は唇を吸って押し倒した。


「あーん あっはーん」


こうして思いのまま竹造はムフフな夜を過ごした。





 猟師仲間の又七またしちは、血眼ちまなこになって白兎を探していた。鼻息も荒く、山に分け入っている。


 根っからの怠け者の又七が狩りに出掛けると聞いて、村のみんなは、こりゃあ天変地異が起きるぞ、と嘲笑していたが、又七は、そんな周囲の冷やかしなど気にも止めなかった。

 とにかく又七は無類の女好きで、女の裸に目がない。やわらかく真っ白な素肌にむしゃぶりつきたい一心いっしんだった。


「ちっきしょう、竹造の奴め。オラだってそんな娘っ子を抱きてえ!」


 最初はそんな馬鹿な話があるかと聞き流していたが、竹造の真に迫った語り口に、カーッと全身が熱くなり、昨晩は妄想が膨らみ、精魂尽き果てるまで自営活動に励んだ。

 月夜の晩に、女の肌が恋しくてたまらなかった。



 そんな又七の執念の探索は実を結んだ。突然、藪の中から白い影が飛び出した。


「居た!」


 と又七は喜んだものの、一瞬で表情を変えた。白兎は、大きな熊に追われている。


 又七は鉄砲の腕に自信はなかった。猟師のくせにほとんど撃ったことがない。

 奇声を上げ、あてずっぽうに森へ発砲するばかりだ。


 ズドーン! ズドーン! ズドーン!


 それでも熊は追うのを諦めた。向きを変え森深く逃げていった。銃声の音に驚いたのだろうと又七は思った。

 なにはともあれ白兎は助けた。


「やった! オラもきっちり恩を売ったぞ」


 にんまりとし、しばらくの間、白兎と見つめ合っていた。





 その晩、又七は今か今かと約束の夜伽よとぎを待っていた。ふんどし一丁で軽く準備体操もしている。期待と欲求がまりにまって、もう爆発寸前だ。


 ドカーーーン! といきなり家の戸が破られた。


「てめぇ、この野郎。今日はよくも邪魔してくれたな! 白兎は逃げたうちの太夫たゆうだ。この落とし前はどうつける!」


 ヒエーーッと又七は悲鳴を上げた。

 バンザイの恰好で家の中を逃げ回った。

 

 怒り狂った熊のヤクザが、お礼参れいまいりにやってきたのだった。




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