第44話 サイド 冒険者ギルド、領主館

〜サイド 冒険者ギルド〜


「もう!何で名前も聞いてくれないのよ!!」

「興味がなかったからじゃなぁーい?」


 休憩から戻って来た、同じ受付嬢をしているレニーを相手にそう愚痴を零した。


田舎 から出て来たばかりと言う割には、言葉使いが丁寧で、スラッとした体格に綺麗な顔が印象的だった。


 そんな、新規登録したばかりのシローさんの話をレニーにしていた所だ。


 やっぱり、ヨランさんが言ってた様に、どこかの貴族の坊っちゃんとかだったのかしら?それにしては、従者も連れていないし、代わりに可愛い従魔を連れていた。


 あのデザートキャットも可愛いかったな…。ギルドの手続きを担当した受付のマリベルは、そう思い出してはため息をついた。


「ため息つく位なら、しっかりアプローチしたら良かったのよ。後でご飯でもどうですか〜?ってね。」

「でも、普通は向こうから来ない?!」

「若い子だったんでしょ?だったらマリベルが、年上なりのリードを見せれば良かったのよ。」

「年上は関係ない!」

「……ふ〜ん。じゃあ、もし今度彼が来たら、私が担当しよっと。ご飯にでも誘おうかしら?」

「?!駄目っ!私が誘うから駄目!」


 混み合う前に受付で事務作業をしながら二人でしゃべっていると、休憩からヨランさんが戻って来た。


「ヤツなら、もう来ないと思うぞ。さっき街を出た。」

「えぇーー?!もう出たってどうしてですか、ヨランさん?!彼、さっき登録して街に来たばかりじゃないですか?!」

「領主様のお嬢様御一行と、やり合ったからだな。」

「……え?御領主様のお嬢様と?どう言う事ですか?」

「正確には、護衛の若いヤツとだな。」


 ヨランさんがそう言って、事の経過を教えてくれた。シローさんの従魔を目にしたお嬢様が、可愛い、あんな従魔が欲しいなと零した。その言葉のまま、若い護衛は金でシローから従魔を得ようとした。


 結果、怒ったシローが言葉で若い護衛をやり込め、それに激昂した護衛が剣で斬り掛かるも、石のひと投げで剣を弾き落とされ敢え無く撃沈。


「最後は、タグシェイ殿が収めていたが、それまでのヤツの口撃は中々だったぞ。あくまで丁寧なのに、それが逆に癪に障る言い方を態として相手を煽ってたからな。」

「……口撃。」

「やっぱり、ヤツは唯の田舎者じゃあないな。それなりの教育を受けていないと、あそこまで言い返す事は流石に無理だろう。あと、フォレストラビットを投擲で倒したと言ってたがその腕前は確かに凄かった。若い護衛の剣を弾き落とす正確さと、その速さが凄まじかったからな。」

「……もう!何で私、さっさと誘わなかったんだろう!」

「残念だったわねー。」

「まあ、タグシェイ殿も静観されていたが、ここまで大事になるとは思ってらっしゃらなかっただろうよ。市場ではアイツが従魔と仲良く飯を食ってる姿がかなり目を引いたみたいでな。図らずも、売り上げに貢献してもらった店のヤツ等はアイツに同情的だったしな。」

「従魔と仲良くご飯……。」

「さっさと声を掛けてれば、それにご一緒出来たかもしれなかったねー。……もう、遅いけど。」


 レニーの容赦ない言葉に、とうとうマリベルはカウンターに突っ伏した。


「仕事しなさい、マリベル。遅くなっても手伝わないわよ。」

「……はい。」



〜サイド 領主館〜


「……ただいま戻りました。」

「お帰りエスティ。………元気が無いが何かあったのか?」


 お父様にご挨拶をしたら、すぐに下がろうと思っていたのに…。お父様は、わたくしの様子を見て何かあった事を察せられた。


わたくしの浅慮が、市民の方を傷つける結果になってしまいました。申し訳ございません。お父様。」


 ここまで我慢していたが、涙が零れてしまった。


 今日は、兼ねてからの希望がやっと叶い、街をお忍びで歩かせてもらう日だった。初めて近くで見る品物や街の人々。知っている物が、また違って見える程の新鮮さがあった。


 きっと、わたくしは、浮かれていたのでしょう。可愛い従魔と仲良くご飯を食べるあの方の姿を目にし、素敵な方だなと思った。


 つい、目で追っていたのをカイゼルに見られ、何か気になる物でも?と、尋ねられた時に咄嗟にあの方が連れていた従魔の話をしてしまった。


 それが、あんな事態になるなんて…。わたくしは、何でもっと早くカイゼルを止めなかったのか後悔した。きっと、タグシェイもローランもわたくしが対処する事を待って、何も言わずにいてくれたはずだ。領主の娘として、そのくらいの機微は必要だと。


 それなのに、あの方の容赦ない言葉に怖じ気付き、タグシェイが間に入ってくれるまで何も言えなかった…。


 ローランが、泣いてしまったわたくしの代わりに、お父様へ経緯を説明している。自分のした事の説明も自分で出来ないなんて……お父様に呆れられてしまったらどうしよう。


 そう思ったら、余計に涙が止まらなくなってしまった。


「………そうか。良くわかった。…エスティ。泣かなくてもいいんだ。お前は、もう自分が何が悪くて、どうすれば良かったのかを知っているはずだ。タグシェイが言った事もしっかり受け止めているのだろう?」

「……はいっ。お父様。わたくしが考えなくした発言で護衛の者が動いてしまい、それを適切に諫める事が出来なかった事が全ての原因です。あの方は、ご自身の従魔と楽しく食事をされていただけだったのに……。」

「……………あの方?」

「はい。可愛い猫の従魔を肩に乗せられて、背も高く、シュッとしたお顔立ちの方でした。従魔と食事をされているお姿が微笑ましく、とても慈愛に満ちたお顔をされておりました。」

「そ、そうか。エスティは、その者が気に入ったのか?」

「?!!いえ!その……素敵な方だとは思いましたが…。」


 何故か、あの方のお話になっていたので、素直に答えてしまった…。恥ずかしい…。


 お父様がローランに、あの方の行方を探す様に言っておりましたが、謝罪をする機会を改めて頂けるのでしょうか?


 そうであれば、誠心誠意の謝罪をあの方にしたい。そして、お許し頂けたらとても嬉しい…。


 もしお許し頂けたら、わたくしにもあの微笑みを向けて下さるかしら?


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