人生最終トピックス

渡貫とゐち

人生最終トピックス

 景色が全て、ゆっくりに見える。


 僕に突っ込んでくるトラックも。

 だけど避けることはできなさそうだ、体が動かない。


 死ぬ直前だからこそ、見えている景色なのだろう。


 ――人生を振り返る。

 振り返らされる。

 生まれた時から現時点まで、高速で流れていく記憶、思い出――



 生まれた時点で、僕に母親はいなかった。僕が知る母親は、二人目だった。

 小学生に上がり、いじめに遭った……だけど将来結婚する妻と出会ったのも、この時期だった。まあ、その『後の妻』が、僕をいじめていた主犯格の一人だったわけだけど……。


 中学ではバスケットボールに打ち込んだ。

 結果は出なかったけど、楽しい学生生活を送れたと思う。


 高校に上がって、父親が死んだ。実の父親だ……、その後、すぐに母が再婚し、僕と血が繋がった親は我が家にはいなくなった。

 だけどそれが嫌だったわけじゃない。

 血の繋がらない親でも、僕にとっては頼れる親だった。仲は悪くない。


 大学はいかずに就職した。就職先は工場だった。

 その工場が潰れた時、仕事がなくなって困ったけど、バイト先で後の妻と出会った……、小学生の時に僕をいじめていたあの子だ。

 そして関わりは少なかったけど、中学も一緒だった。僕たちは偶然、再会したのだ。


 結婚するまでは、だいぶ時間がかかった。

 僕に彼女を養う甲斐性がなかったからだ。どうにかして家庭を持てるような収入を確保したかった……だから僕は作家を目指した。

 結果、想定していた作家にはなれなかったけど、テレビの台本などを書く仕事に就いた。演劇の脚本や、お笑い芸人のネタを書いたこともある。

 おかげで収入は安定してきた……結婚することも視野に入れていた。


 そして僕たちは結婚した。幸せだった。


 ……トラックに轢かれて、死ぬまでは。



 妻と子供を残して先に逝くことは、後悔でしかないけれど……、もしもあそこで僕が死んでいなければ、娘が死んでいただろう。

 突っ込んでくるトラックから娘を守るためには、どうしたって僕が盾になるしかなかった……後悔していない。


 救急車のサイレンが鳴り響く。


 僕にはもう、目を開ける気力もなかった。




 ――目の前には、人間サイズよりも三倍以上も大きな体の閻魔様がいた。

 赤い顔が、僕を見下ろしている。

 でか……!? どうやら、僕は地獄行きか天国行きか、今から選ばれるらしい。


「走馬灯を見ただろう?」

「はい。あらためて振り返ってみて――色々あったなあ、って思いました」


「何点だ?」

「え?」

「貴様の人生は、何点だった?」


 苦しいことがあった。だけどそれ以上に楽しいことも、嬉しいこともあった。生きている内は、最低な人生だとか、最悪な時代に生まれたものだとか、愚痴を言いまくっていたけれど、こうして死んだ後に振り返ってみれば……うん、悪くない。


 悪くないどころか最高だった。


「百点満点です」


「そうか。なら貴様は天国行きじゃ」


 かんっ、とハンマーが叩かれた。

 白い羽の天使が、僕を両脇から持ち上げる。


「え? ちょっ――

 でも、こういうのって生前のおこないで決まるんじゃ――」


「悪党でも、人生に満足していれば天国行きじゃ。どんな人生になろうと、全ては自分次第。自分の間違いであり、自分の手柄である。生まれてから死ぬまで連れ添った『自分』を満点にしない奴は、地獄に落ちて当然じゃろう?」




「自分に感謝し、自分を許せよ。間違っても、謙虚で低い点数などつけてはならぬ。死んだ後で、誰に謙虚さを見せたいんじゃ。儂に気を遣う奴は、地獄で首を洗って待っておれ」




 ―― 完 ――

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