第2話 最長片道切符の発券

 旅の出発予定日は3月16日であるが、それに先立って切符の発券が必要である。一般的な切符ならば自動券売機やみどりの窓口で当日に発券することになる。しかし、今回私が発券する切符は日本一複雑な片道切符である。当日に発券ができるはずもないことはこの界隈では常識である。本日は2月28日。最長片道切符の発券には時間がかかるためこれでも相当ギリギリである。


 さて、路線と乗換駅で真っ黒になった紙切れをもって池袋駅はみどりの窓口に並ぶことになる。この業務を担当する駅員にとって私の訪問は災害も同然だろう。しかし、これも業務なのだからしょうがない。また、駅員もこちら側の人間であることが多いため一定の理解は得られるだろう。本日も大変な賑わいで私の番になるまで40分ほどかかった。さて、20代の若い女性の駅員さんであろうか。私はできる限り人当たりのよさそうな声で「すみません、この経路で乗車券の発券をしたいのですが」と言う。当然である。これからやることはほとんど営業妨害のようなものだから。しかし、彼女は一言「機械じゃ発券できない」そうつぶやき奥へ消えていった。5分ほど経った後で、別の駅員とタッグを組んで私のもとへやってきた。あまりにも複雑かつ、仕事が立て込んでいるため、指定の期日までには作れないとのことだった。これは、17日前というギリギリに来た私が完全に悪い。他の駅をあたると言い残し、池袋駅は後にする。


 1日の平均利用者数世界一のウルトラ大ターミナル駅新宿はいかがだろう。この駅は新幹線が通っていないため、その筋の客がいない。また、規格外の規模の駅なので窓口の数も豊富である。勘は当たり、20分ほどで私の番がくる程度は空いていた。さて、またしても30歳前後であろうか女性の駅員さんである。日本一複雑な経路の乗車券を発券して欲しい旨を伝える。私が一瞬でその界隈のものだと察し、閉口した様子だった。指定された期日まで間に合う保証はないらしい。それを了解するとまたしても奥に消えていき、マニュアルと日本中の路線図のコピーを片手に戻ってきた。なるほど特殊な切符の発券をする客に対応するべくマニュアルがあるらしい。さて、マニュアル通りに氏名と電話番号を伝える。すると次は経路の説明である。件の駅員さんは北海道の稚内駅から淡々と赤いマーカーで最長経路の路線をなぞり始めた。黙ってその様子を眺める。すると新旭川駅から網走駅、釧路駅を経由して再度旭川に戻ってくるという経路が正しいかどうかの確認をされた。当然である。最長片道切符なのだから。この調子で、私がその都度確認をしながら経路を赤い線で辿っていった。「新大村駅で終着です」。気づけば1時間が経っていた。学割の確認や、今後の発券の手続きなどの説明を受け、発券の申し込みという最初の関門はなんとか突破した。あとは期日までに発券されることを願うのみである。無事に新宿駅にて切符を受け取ることができたらまた筆をとる。

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