episode.1 夢の『ライフゲーム』会場
――――
「おい、テメェら! 犠牲になるのはこの女だ! わかったな!?」
「ひ……っ! お、おっかにゃーで……」
「か、彼女は逆らってああなってしまったのですな……。こ、ここは従う他ありませんな」
「こ、怖いぃ……! わ、わかったのであります! わかったからそんなに睨まないでぇ……っ!」
「お、おれはあいつにしたいけど、目をつけられたくねぇ……っ。ほんとにやられる前に暴れられて、おまえにもし何かあったら、おれは……っ!」
「そ、それは、わたしも……! ごほ、ごほ……っ!」
「し、仕方ない、よね!? ぼ、僕だって死にたくないもん……! ご、ごめんなさいっ、お姉さん……っ!」
「――なっ」
「ハーイ! 時間切レー! ソレデハもにたーヲたっちぱねるニシテ皆々様ノ名前ヲ表示サセマスカラ、十秒以内ニアナタサマガ犠牲ニナルベキト思ウ方ヘ投票シテクダサーイ! 一番票数ノ多カッタ方ヲ見セシメトシマース! アア、一人ニ決マラナカッタ場合ハ、皆々様全員共倒レトナリマスノデゴ注意ヲ!」
「――ハッ! ま、待ちなさい! ここで犠牲者を出す意味なんてな――」
「投票終了ーッ! 三名ノ方ガ行ッテオリマセンガ、結果ガ出マシタ! 七票獲得サレタ
――犠牲トナッテイタダキマス!」
「あぐっ、あがが……っ!? ごぼぁああああっ!」
「――っ!?」
……………………
…………
……
遡ること、数十分前。
気づいたら私はそこにいた。
真っ白い部屋に。
白く高い背もたれの椅子に腰を掛けさせられていて、目の前には白く大きな丸いテーブル。
その奥には同じように座らされている人たちがいた。
右隣にはセーラー服を着たボブカットと丸い眼鏡の少女。
その隣には筋骨隆々で黒のタンクトップを着たツーブロックの厳つい大男。
その隣にはスーツを着たスタイルのいいカッコイイ系のポニーテールの女性。
その隣には太っていてチェック柄の服を着た坊ちゃん刈りで眼鏡の中年男性。
その隣、私の真正面には黒のロングコートを着た長い姫カットの中性的な人物。
その隣にはボロボロでぶかぶかの服を着た三つ編みの子。
その隣には双子なのか先ほどの子と同じ姿をしている子。
その隣には白衣を着た白いもじゃもじゃ頭の老人。
その隣、私の左隣にはスーツを派手に着崩したウルフカットの青年。
私を含めて十人。
テーブルを囲んで辺りをきょろきょろと忙しなく首を動かしていた。
誰も状況を把握していない、そんなふうに受け取れる。
私も他人のことを言えた義理ではないのだけれど。
知らない人たちに知らない場所。
部屋を見渡してみると大きな部屋だった。
大体八畳間の四倍くらいの広さかしら。
その部屋に、扉の類は確認できなかった。
これって……。
状況を整理していると、テーブルの中央から何かが浮かび上がってくる。
……舟?
小さくて半透明でイラストチックな。
ホログラムというものかしら?
初めて見る立体映像に見入っていると、そこから音声が聞こえてくる。
「皆々様! ヨウコソオイデクダサイマシタ! 夢ノ『ライフゲーム』会場ヘ! ワタクシメハ皆々様ノ案内役ヲ務メサセテイタダキマス、『
唐突すぎる展開に理解が追いつかない。
夢の『ライフゲーム』会場?
『方舟』?
何よ、それ……。
混乱していたのは私だけではなかったみたい。
「おい! てめぇ! 『方舟』だかハコフグだか知らねぇが、どこなんだよ、ここは!? 俺様に一体何をした!?」
テーブルを叩いて怒鳴り散らす大男。
それを発端として他の人たちもやいのやいのと騒ぎ立てる。
「ワシは自宅で寝ていたはずですな! それが気がついたらこんなところに……!」
「ぼ、僕も寝てたよ!? こんな場所に来た覚えなんてないもん……!」
「おれたちだってそうだよ! こんなとこ、知らねぇ! なあ!?」
「う、うん。……けほ、けほっ」
「自分は仕事をしていたが、確か急激な睡魔に襲われて……」
「くひひ。奇遇だねぇ。ボクも仕事中なのに急に眠たくなっちゃってさぁ」
「……うちは起きとったかどうか微妙だがね。酔うとったでよ……」
「こ、これ、ワンチャン異世界転移の可能性、微レ存なのでは!? そ、そうだったら某、
聞く限りでは全員、ここに来るまでの記憶を保持できていない様子だった。
そうだとすると、『方舟』の言っていた「夢の『ライフゲーム』会場」って、眠っている時に見るあの夢っていうこと?
私が考えている最中も周りの喧騒は続いていて、それを『方舟』は切り裂いた。
「……ハァ(*´Д`)。チャント説明イタシマスヨ。デスガ、説明ノ邪魔ヲサレテハ面倒デスカラ、コウシテオキマショウ」
「「「「「「「「「――ッ!?」」」」」」」」」
「……?」
『方舟』がそう言った直後、辺りはそれまでが噓のように静まり返った。
どうしたのか探ろうとしてわかる。
……口が開かない。
まるでチャックを閉められたみたいに。
なるほど。
ますます夢って感じがしてきたわね。
大男や老人、中年男性、双子のはきはきした方が力んだり手でこじ開けようとしたりしてなんとか喋ろうとしていたけれど、彼らの口は閉ざされたまま微動だにしない。
そんななか、私たちを喋れなくした『張本人』が悠々と喋り出す。
「今、皆々様ノ脳ニ信号ヲ送リ、口ヲ動カセナクナル措置ヲ施シマシタ。何度モ同ジコトヲ話ス手間ハ省キタイデスカラネ。何故、ソンナコトガデキルカト申シマスト、ワタクシドモメハソウイウ装置ヲ所有シテイルカラデス。ソノ装置デ皆々様ニ共通ノ夢ヲ見セテイルノデスヨ――
――覚メナイ夢ヲ」
今見ているこれが夢だと明かす『方舟』。
衝撃だった。
これが夢なのは薄々感づいてはいたけれど、それがまさか、覚めないなんて……。
それでもやはり一番の驚きは、相手が夢を操る装置を持っていた、ということかしら。
夢を操る装置が開発されているとは表立って明かされてはいない。
けれど、都市伝説として囁かれていたことではあるから、それが存在していることに特段不思議がるようなことはない。
ただ、問題なのはその真偽。
『方舟』の言っていることが本当なのかどうか、よ。
真実なのだとしたら、不明な点はそうする意図。
私たちにそれを見せる目的が定かではない。
この疑問に対する答えだけれど、それはすぐに出る。
『方舟』の言葉によって解決させられる。
「皆々様。何故ソンナ夢ヲ見セルノカ、トイウ顔ヲサレテマスネ。ソノ理由ハ、モウ既ニ述ベテイルノデスヨ。皆々様ガ信ジテイナイダケデ。
――世界ノ総人口ヲ現在ノ十六分ノ一ニスル――
ソレガワタクシドモメノ目的デス」
……なるほど。
合点がいったわ。
私たちが今対峙している『これ』は『世界食糧管理委員会(WFCC)』と何かしらの関係がある、ということね。
先ほどのセリフは彼らが半年ほど前に世界中の電波をジャックして唱えていたものだもの。
三月の十五日。
彼らはなんの予兆もなく現れて世界人口の削減を掲げた。
メディアは忽ち食いついて取材に奔走していたけれど、追加の情報は得られなかった。
彼らはそれっきり人々の前に再び姿を見せることはなかった。
だから、人々の関心は薄れていった。
かく言う私もそう。
これは、彼らが動き出したと見ていい。
仮に彼らを騙った愉快犯の仕業であったとしても、私たちが置かれている立場が変わるわけではないのだから。
私たちはこれから人口削減のためにこの夢の中で何かをやらされる。
『方舟』が「ようこそ、夢の『ライフゲーム』会場へ」と言っていたことから、それはほぼ間違いない。
また『方舟』が口を開く。
『方舟』しか喋れないのだから、当然と言えば当然なのだけれど。
「世界ノ人口ヲ十六分ノ一、即チ、五億人ニスル必要ガ何故アルノカ、ト申シマスト、世界ノ食糧ガ枯渇シテイルカラデス。既ニ飢餓ニ苦シム地域ガ出テキテイルノガ現状デス。ソレナノニ、人類ハマダ増エ続ケテイル。アト十年余リデ百億人ヲ超エルトイウ指標モアリマス。ソウナッテシマッタラ、イヨイヨ人類ハ食糧難ニヨッテ滅ビルデショウ。ダカラ増エスギテハ駄目ナノデス。人類ガ恒久的ニ存在シテイラレル最大数ハ、今後ツクルコトノデキル食糧カラ見積モッテ五億程度。ソノタメ、ワタクシドモ『世界食糧管理委員会』ハ人口ノ調整ニ踏ミ切ッタ、トイウワケデス」
語られたのは世界人口を調整する考えに至った経緯。
……私だけかしら?
今の言葉が、「これは悪ではない! 正義なのだ!」というふうに聞こえたのは。
重要なのは、その減らし方でしょう?
あの調子からして、産める子どもに制限をかけるなどして少しずつ減らしていく方針は取らないでしょうし、自然に亡くなるのを待つ感じでもない。
人間が数年で七十五億人もいなくなるなんてことは起こり得ない。
人の手を加えない限り。
『方舟』は「人口を十六分の一にする」と断言している。
詰まるところ、
――人を殺めるのも厭わないということ――
そうするしか五億人にする方法はないのだもの。
このままでは食糧危機が訪れて本当に人類が滅びてしまうのだとしたら削るという発想になるのはやむ無しかもしれないけれど、それをさも正義のように言うのは傲慢が過ぎるのではないかしら?
その姿勢は気に入らない。
『方舟』が続ける。
「ワタクシドモメハ考エマシタ。早クシナケレバ限リアル食糧ガ無駄ニ消費サレテシマイマスカラ。手ッ取リ早ク遂行スルタメ、コチラノ意図シタ夢ヲ見セル方法ヲ採択シタ次第デス。コノ方法ナラ、脳ニ信号ヲ送ルダケデスカラ実際ニ人々ヲ集メルヨリ簡単デ、ソレニ手間モ時間モ抑エルコトガデキマスシ。コウシテ夢ノ中デ集メラレタ皆々様ニハ世界人口ヲ十六分ノ一ニスルタメニ、
――生キル権利ヲ賭ケタげーむ、即チ、『ライフゲーム』ニ挑戦シテイタダキマース!」
これから生きていられる人をゲームで決めると言った『方舟』。
物は言いようだけれど、やっぱり気に入らないわね。
調整にしても、『ライフゲーム』にしても。
このゲーム、生きる権利を獲得できなかった人は生きていられないってことでしょう?
それならやっていることは同じじゃない。
これは、『デスゲーム』よ。
――人類を存続させるために七十五億人を削減する『デスゲーム』を行う、では聞こえが悪いから、人類を存続させるために世界人口を五億人に調整する『ライフゲーム』を行う、って言い換えているだけ――
どうせ死なせるならもっと堂々とするべきでしょう?
そんな大義名分を振りかざすような真似なんてしないで。
なんて感想を抱いていたら、『方舟』は『デスゲーム』、もとい『ライフゲーム』の説明へと移っていった。
「コレカラ皆々様ニヤッテイタダク『ライフゲーム』ハ、『ポーカーフェイク』! とらんぷノぽーかーヲ基盤ニワタクシドモメガ考案シタげーむデス!」
――ドンドンパフパフッ!
すこぶる不快な効果音とともに『方舟』はゲーム名を発表した。
この場には似つかわしくない軽快さに感情を逆なでされたような感覚に陥る。
……いけない。少し落ち着きましょう。
私たちの生死を分ける『ライフゲーム・ポーカーフェイク』。
『それ』が言っていた通り、聞き馴染みはない。
恐らく、全員が初めてやるゲームなのでしょう。
こうするのは、誰にでも平等に生きる権利を獲得できるチャンスを与えるためかしら。
ここからは内容の説明に本格的に入っていく。
「ソレデハ、『ポーカーフェイク』ノるーる説明ヲイタシマスネ? 基本的ナモノハとらんぷノぽーかート同ジデスガ、異ナル点ガイクツカアリマス。ワカリヤスク纏メマシタノデ、てーぶるノもにたーヲゴ覧クダサイ」
言うが早いか行うが早いか、何もなかったテーブルに突如として画面が出現する。
各椅子が設置されているその前に一つずつのモニターが。
書かれていたのはゲームの概要。
その一。
『ポーカーフェイク』とはトランプのポーカーを基盤としたゲームである。
その二。
使用するカードは全部で五十四枚。
スペード、ハート、クラブ、ダイヤ、各スートのエースからキングまでの合計五十二枚と、所持すればその手札に見合った一番強いカードに変化する『ワイルドカード』、見た目だけは変化して実質的には役を構成できない『ダミーカード』の二種類のカードを一枚ずつ。
その三。
「その二」の中から各プレイヤーに五枚ずつ手札となるカードを配る。
シャッフルはせず予め役を構成してこのあとにテーブルの上に裏向きで配置する。
それを説明終了後、全員で話し合って選ぶものとする。
その四。
構成できる役は以下の通り。
強い順に紹介する。
・『ファイブカード』――同じ数字が四枚+『ワイルドカード』
・『ロイヤルフラッシュ』――同じスートのA、K、Q、J、10
・『ストレートフラッシュ』――手札の五枚が全て同じスートで尚且つ数字が順番に揃っている
・『フォーオブアカインド』――手札の五枚のうち、四枚が同じ数字
・『フルハウス』――同じ数字が三枚+先の数字とはまた別の同一の数字が二枚
・『フラッシュ』――手札の五枚が全て同じスート
・『ストレート』――手札の五枚の数字が全て順番に揃っている
・『スリーオブアカインド』――手札の五枚のうち、三枚が同じ数字
・『ツーペア』――手札の五枚のうち、同じ数字が二枚+先の数字とはまた別の同一の数字が二枚
・『ワンペア』――手札の五枚のうち、二枚が同じ数字
・『ハイカード』――上記の役がいずれも成立しない
・『ダミートリック』――手札の中に『ダミーカード』が含まれている
補足:同じ役での勝負の場合、カード自体の強さで勝敗を分ける。
まずは役を構成しているカードの数字から比べ、次に役を構成していないカードの数字を比べる。
『ワイルドカード』が一番強く、次いでA。K、Q、J、10、9、8、7、6、5、4、3、2と続き、最弱は『ダミーカード』である。
ただし、手札に『ワイルドカード』を含む相手には『ダミーカード』を持ったプレイヤーが無条件で勝てるものとする。
スートに優劣はない。
そのため手札の数字が全て同じであった場合、引き分けとなる。
その五。
このゲームでは各プレイヤーにつき一回ずつ、手札の交換が許される。
交換はプレイヤー同士で行う。
任意の上で行っても、奪って押しつける形をとってもよい。
任意の上では両者が交換できる権利を失い、奪って押しつける形をとった場合は奪った側は消費されるが、押しつけられた側の権利は残る。
例外として、交換できる権利を使っていたとしても残るメンバーの中で手札が一番弱くなってしまった場合にはこの権利が復活する。
その六。
手札を奪ったり押しつけたりする際、手札が四枚以下、または六枚以上の状態を一分間継続してはならない。
もしこれを破った場合、ゲームをする意思がないものとみなし、敗者と同じ扱いをする。
その七。
勝負は一度に行わず、相手プレイヤーの手札を全て見るか、自身の手札を他プレイヤーに全て公開するか、で発展する。
そのため、交換する際は十分に注意すること。
もし、公開した手札を複数のプレイヤーが見た場合、それを見た全員で一斉に勝負をする展開に発展する。
一度発展した勝負は取り消せない。
仮に、手札の枚数が変化しているプレイヤーと勝負に発展した場合、そのプレイヤーは変化する前の手札で勝負をすることになる。
その八。
一時間の制限時間が経過した時点で一勝以上していたプレイヤーに生きる権利を与え、現実に帰れるものとする。
勝負に負けたプレイヤー、制限時間内に一勝することができなかったプレイヤーはそれが決まった瞬間に、人類の未来のために尊い犠牲となっていただく。
その九。
最後にテーブルのモニターの機能について説明する。
このモニターは他のプレイヤーからは確認できないよう設定している。
確認できることは以下の八項目。
・手札について
・残りの制限時間
・残りの人数
・交換できる権利の有無
・生存できる条件の達成・未達成
・手札制限違反時の猶予カウント
・ルールの確認
・チャット機能
以上が『ポーカーフェイク』の詳細だった。
これを確認した時、私は思った。
――本気で人口を五億人にする気があるのかしら――
これで生きる権利を獲得できる人を一人に絞れると考えているのかしら?
このルールでは複数人生き残ることが可能じゃない。
『方舟』はこの一回の『ライフゲーム』で終わらせる気がないっていうの?
……嫌なのだけれど。
こんなところに何度も呼ばれるのは。
これは『方舟』が想定する結末へ向かうようにすべきなのかしら?
それとも抗うのが正解なのかしら?
……いいえ、考えるまでもなかったわね。
この場に十六人がいない時点で『方舟』の考えを推察するには余りあるもの。
願わくば、これで計画通りに事が運ぶと高を括ってくれているとありがたいのだけれど。
なんて都合よく解釈しすぎるのはよくないわ。
足元を掬われる可能性がある。
命が懸かっているのだもの。
慎重すぎるくらいがちょうどいいのかもしれない。
そう判断した時、『方舟』が切り出した。
「サテ、ソレデハ皆々様ノオ口ニちゃっくヲ解除シマショウ! 何カ質問ガアレバ少シクライナラ受ケ付ケマスヨ?」
「「「「「「「「「……っ」」」」」」」」」
せっかく喋れるようになって、『方舟』も答えてくれるっていうのに誰もが臆して聞けないでいた。
……仕方がないわね。
私が聞きましょう。
「ナイヨウナノデげーむニ――」
「ちょっといいかしら?」
……危ない。
打ち切られるところだったわ。
「オオ! 勇気ガアリマスネ、アナタサマハ! ハイハイ、ナンデショウ?」
「これって夢なのよね? それなら、ここで犠牲になったとしてそれをどうやって現実に反映させるのかしら?」
私が質問したかったことは、どうやって夢と現実を繋げるのか、ということ。
この答えによって相手の本気の度合いが測れる。
本気であればあるほど覚悟しなくてはいけない。
絶対に死んでは駄目だということになるのだから。
『方舟』が私からの質問に返そうとした時だった。
想定外のことが起きた。
「簡単ナコトデスヨ。ワタクシドモメハ皆々様ノ脳ヲ――」
「ハンッ! そうだ! これは夢なんじゃねぇか! だったらなんの問題もねぇ! 死んだって目覚めちまえばただの悪夢だったってことで終わるんだからよォ! いや、それ以前にこれが夢ならそいつの言う通りにする必要なんざねぇじゃねぇか! そんなおかしなゲームに付き合う必要なんて、なァ!」
鼻を鳴らして大男が『方舟』の言葉を遮る。
そして、数人が彼の啖呵に釣られた。
「そ、そうだわ! いろいろあって忘れとったがや!」
「そもそも、覚めないというのも本当かどうか疑わしいものですな」
「だ、だったらみんなで目覚めるのであります! こんなことに付き合う義理はないのでありますからね!」
「……」
……さっきまで生まれたての子鹿のように震えていただけだというのに、いきなり活気づいて割り込んでこないでもらえるかしら?
正直、面倒でしかないのよ。
そんな言い方をして『方舟』に火が点いてしまったらどうするの?
黙って彼らの言うことを聞いていた『方舟』が発する。
「……ハァ(*´Д`)。ソコマデ言ウノデシタラ今カラ一分以内ニ、
――誰カ一人、犠牲トナル方ヲ決メテイタダキマショウ――
結果ハ起キタ時ニ嫌デモワカリマスカラ。……嗚呼、起キルコトガデキタラ、トイウノガ前提ニナリマスガ」
「「「「――なッ!?」」」」
大男、青年、老人、中年男性が声を揃えて驚嘆する。
……なッ!? じゃないわよ。
案の定、こうなったじゃない。
ああ、モニターのカウントダウンが動き出した。
どうするの、これ?
「お、おい! どうすんだよ、これ! 数字が減ってってるぞ!?」
「ど、どうするっちゅうても……!」
「本当に誰かが犠牲にならなければいけないのか!?」
「な、なんであんなこと言ったんだよ! な、なあ!?」
「う、うん……っ! けほ、けほっ」
「ぼ、僕たちは関係なくない!? あいつを怒らせた君たちで責任取ってよ!」
「そ、そう言われましても、こんなことになるとは思わなかったのですな……!」
「わー、わーーーーっ!」
騒ぐだけで解決策を探ろうともしていない人たち。
このまま決まらなければ、犠牲者が一人から全員に変わる可能性だって多分にあるというのに。
……はあ、私がやるしかない。
死にたくないもの。
「ごめんなさい。私たちは混乱していただけであなたの言うことを疑っていたわけではないのよ。だからどうか見逃してもらえないかしら? ……この通りよ」
私は席を立ち、『方舟』に向かって深く、深く頭を下げる。
誠意は見せている。
だから恐らくだけれど、この策は通用する。
なんと言っても、相手は「正義」を掲げているはずなのだから。
それでも一応、他の策も用意しておく。
思考を巡らせていると『方舟』からの返答があった。
「……ソウデスネ。ワタクシドモトシマシテモ、生キルノモ犠牲ニナルノモげーむデ決メルベキコトダト考エテイマスカラ。コノヨウナ見セシメミタイナコトハデキレバ避ケタイデスシ」
よかった。
『方舟』の溜飲が下がって。
タイマーが停止する。
私はホッとして席に着く。
けれど、上手くいったと思えたのも束の間だった。
「……はっ。なんだよ、ビビらせやがって。やめたんじゃなくて、本当はできねぇんじゃねぇの……?」
「……」
ちっ。
余計なことを。
「……ヤハリ見セシメガ必要ノヨウデスネ? 誰ニシマス? アナタサマニデモシマスカ? アト四十秒デス。決メナイト全員ニ犠牲ニナッテモライマスカラネ? ワタクシメハソレデモヨイノデスガ」
また溜飲が上がった。
タイマーが再稼働した。
……もうやっていられないわ。
好きにして。
「ま、またタイマーが動き出したがね!? ど、どうすりゃあええんだ!?」
「……彼が何も文句を言わなければ無事に済んだのではありませんかな?」
「じ、じゃあ、あの人を指定すれば――」
反感を買う大男。
ピンチに陥った彼はとんでもないことを言い出した。
「ち、ちょっと待てよ! 元を正せば、余計なことを言ったのはそのガキだろうが! 俺様は乗っかっただけだ! こうなったのは全部アイツの所為だろ!?」
……この男……っ
指を差して罵倒する。
私を。
よりにもよって私を標的にするの?
私は死へのカウントダウンを止めたのよ?
それを再開させておいて何を言っているのかしら、あれは。
そんなことをしても自分への評価が下がるだけじゃない?
「あのガキが、これは夢だから『方舟』は実質的には俺様たちを殺せない、なんて言うから悪いんだろうが! だから俺様もその気になっちまって……! ああ! くそっ! 時間がねぇ! 兎に角、犠牲になるべきはアイツだ! いいか!? アイツだぞ!? もしも俺様を犠牲にしてみろ! 殺される前にこの場にいる全員、皆殺しにしてやるからな!?」
そんなこと、私は言っていないし、そそのかしてもいない。
「これは夢なのだから自分たちは実質的には死なない」って判断したのはあなた自身でしょう?
それなのに言い訳をし、責任を転嫁し、あまつさえ恫喝さえ行った大男。
呆れた悪者っぷりのオンパレード。
ここまでくると呆れるのを通り越して逆に清々しささえ覚えるわね。
この人に擦り付けるのはそう難しいことではないのだけれど、後々のことを踏まえるとここで犠牲にするのはマイナスでしかない。
あまり気乗りはしないのだけれど、庇うのが英断よね。
……「どうせ『ゲーム』が始まれば『方舟』の思い通りになる。だからここで死者は出さなくても結果は変わらない」というふうに『方舟』に言って、この段階での犠牲者を出さないよう交渉してみましょう。
きっと乗ってくる。
自分たちが考案したシステムが上手く機能する、って期待するはずだから。
「ねえ、『方――」
「ちょっと待て! 子どもに擦り付けるのか!? いい大人がそんなことをして引け目を感じないのか!?」
「――え」
いつの間にか一人の人物が移動していて、私の前に立った。
私を庇護するように。
ポニーテールの女性。
どうして?
私には理解できなかった。
この人が割って入ってきた理由がどうしても。
事態が悪化することへの考えは張り巡らせていた。
けれど、守られるなんて思案の
完全な不測の事態に、私の思考は停止した。
「ああ!? 擦り付けるも何も、そいつが悪いんだろ!? テメェはそんな奴を庇うってのかよ!?」
「聞いていれば勝手なことを……! どう見ても悪いのは貴様だ! この少女は何も悪くない! 子どもに責任を押しつけるなど恥を知れ!」
「ち、違ェよ! そいつが妙なこと口にしなけりゃあ、俺様だってあんなことは言わなかったんだ! だから、押しつけてなんていねぇ! もともとそいつに非があるんだよ!」
「いいや! 責任の所在は貴様にある! この少女は一度、犠牲者が出ないよう計らったのだぞ!? それを貴様が再燃させ――」
「あー! あーっ! わかった! 要はテメェがガキを死なせたくねぇってだけなんだな!? だったら、テメェが犠牲になれや!」
「――な、にを……!? 今、そんな話、してない――」
「いんや、してたぜ!? 俺様は死にたくねぇから、そのガキの失言を突いてたわけだしな! 犠牲の話になって名乗り出る奴がいなかったってことは、ここに死にたい奴なんていねぇってことだ! けど、俺様たちは決めなくちゃならねぇ! だったらせめて、実害を産みそうな奴を選ぶのが道理ってもんだろォ!?」
「じ、実害を産みそうなのは貴様――」
「ああん!? わっかんねぇ女だなァ! そいつが何も言わなかったらこうはなってなかったって言ってんだろうが! つまりはそいつが諸悪の根源なんだよ! それを守ろうとするテメェも諸悪決定だ! ……選ばせてやる。そいつかテメェか! どっちを犠牲にするんだ!?」
「……っ! で、できれば犠牲者など出したくないと思ってる……っ。だが、貴様は気に入らない……っ!」
「て、テメェ……! そうか、そんなに犠牲になりてぇのか! おい、テメェら! 犠牲になるのはこの女だ! わかったな!?」
「ひ……っ! お、おっかにゃーで……」
「か、彼女は逆らってああなってしまったのですな……。こ、ここは従う他ありませんな」
「こ、怖いぃ……! わ、わかったのであります! わかったからそんなに睨まないでぇ……っ!」
「お、おれはあいつにしたいけど、目をつけられたくねぇ……っ。ほんとにやられる前に暴れられて、おまえにもし何かあったら、おれは……っ!」
「そ、それは、わたしも……! ごほ、ごほ……っ!」
「し、仕方ない、よね!? ぼ、僕だって死にたくないもん……! ご、ごめんなさいっ、お姉さん……っ!」
「――なっ」
「ハーイ! 時間切レー! ソレデハもにたーヲたっちぱねるニシテ皆々様ノ名前ヲ表示サセマスカラ、十秒以内ニアナタサマガ犠牲ニナルベキト思ウ方ヘ投票シテクダサーイ! 一番票数ノ多カッタ方ヲ見セシメトシマース! アア、一人ニ決マラナカッタ場合ハ、皆々様全員共倒レトナリマスノデゴ注意ヲ!」
――ハッ!
いけない!
何を呆けているのよ、私は!
彼女をこんなところで失うわけにはいかない!
この場面でこんなことが言える彼女を……!
こういう価値観を持った人は生き残った世界で絶対に必要になってくるのだから!
私は彼女を押し退けてテーブルに身を乗り出した。
『方舟』に持ちかけようとした。
「ま、待ちなさい! ここで犠牲者を出す意味なんてな――」
「投票終了ーッ! 三名ノ方ガ行ッテオリマセンガ、結果ガ出マシタ! 七票獲得サレタ
――犠牲トナッテイタダキマス!」
けれど、私は間に合わなかった。
思考を放棄していた時間はあまりにも貴重で。
予期せぬ言動を受けて思考を手放していなければ、このような結果にはなっていなかったでしょう……。
「あぐっ、あがが……っ!? ごぼぁああああっ!」
「――っ!?」
苦しむ声が聞こえて振り返る。
視界に入ってきたのは、穴という穴から赤い液体を噴き出し、私の真横でテーブルに伏す女性の姿だった。
耳をつんざくは悲鳴。
立ち込めるは異臭。
こんな惨状を目の当たりにしたというのに、現実の私は目を覚ましてはくれなくて。
息が、詰まる……っ。
この場は最悪。
無秩序状態に陥る。
私も、今度は自ら考えることをやめたいと願っていた。
そんななか、冷徹な声が響く。
「皆々様! ゴ理解イタダケマシタネ!? 生キル権利ヲ獲得デキナケレバコウナリマスノデ全力デ挑ムコトヲ強クオ勧メシマス! ソレデハ、
――『ライフゲーム・ポーカーフェイク』、すたーとデス!」
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