第14話 私を見つけて


 動物は、何かを探す時、匂いを頼りにする。

 獲物や、交尾の相手、危険物、鼻をひくひくと動かして、この世界を生きるために匂いを嗅ぐ。


 それは、人間も同じであろう。

 自分の家から漂う晩御飯の匂いで、一喜一憂したことある人は少なくはない。

 または、たまたま隣を通った人の匂いで、思わずときめき、振り返ってしまうこともあるだろう。

 勿論、どこからか漂う異臭に思わずなんだなんだと原因を探るなんてのは、社会生活をしていたら一度は経験をしてるのではないか。


 もしかしたら、目の前にいる人の匂いで、「ああこの人はこんな人なのか」とレッテル貼りをしてしまうこともある。

 明らかに風呂に入ってないような油臭い獣の匂いを嗅げば、だらしない人、不潔な人だと思う。

 または、恐ろしいくらいバラの香水の化身のような人もいるだろう。

 この人は鼻が馬鹿になっているのか、それとも本当にバラの化身だと思ってるのか等下世話に推測をしたくなる人もいる。


 また、匂いというものは、記憶あるいは情報というものに深く結びつきやすい。

 これは嗅覚だけが、海馬へと直接信号を送る事ができるかららしい。

 たまたま嗅いだ香りで、予期せぬ記憶を呼び覚ますことがある。

 液体の制汗剤を嗅ぐと、いつかの体育の時間を思い出してしまうし、とあるタバコの匂いは、いつかのおしゃれなあの子を思い出す。


 ただ、匂いはいい匂いと言われるものだけではなく、好き嫌いある匂いも皆あるだろう。

 そう、この世には汗の匂いが好きな人、足の臭いが好きな人もいる。

 私は一度、働いてたバーに来た初対面の男性客に「脇の匂いを嗅がせてほしい」とチップを渡された経験があるから余計にそう思う。


 勿論、丁重に、本当に丁重にお断りした。

 貧乏大学生ではあったが、これで諭吉一枚貰うのはなんか違うと察することが出来た。


 各言う私はガソリンスタンドの匂いやゴムの匂いが好きで、生々しいバラの匂いや石鹸の匂いが嫌いだ。

 友人たちの好みもそれぞれで、こんなにも違うものなのかと驚くことも多い。


 このように匂いというのは、形は見えずとも私達の直ぐ側におり、時には、人間を魅了し狂わせる。

 恐ろしくて醜くて美しい何か。人間はその狂愛したい何かを本能で探している。



 と、ここまで長々と書いてきたが、なんとなく察しただろう。


 そう、今回の散財は匂い。

 私が愛してやまない物の一つ。

「香水」、である。


 ちなみに本当に徒然なるままに書くので、許してほしい。


 皆さん、香水は使ったことはあるだろうか。

「使ったこと無いよ〜」

 良いと思う、人生には必要のないものの一つだと私は思う。


「ボディースプレーや制汗剤だけなら」

 良いと思う、匂いが飛びやすくて使いやすいし、気分も良くなるだろう。


「特別な日に使ってるよ」

 とても良いと思う、貴方の好きな香りと共に特別な日を思い出してほしい。


「毎日使ってるよ」

 いいですね、毎日素敵な匂いを放ちましょう。

(容量用法を守ってね)


 勿論、今は「香害」「スメルハラスメント」と呼ばれるネガティブな印象もある。わかる。香水な好きな私でも、着けすぎてる人に出会うと頭を抱えてしまう。

 さて、基本的には香水なんてものは一家に二つ、三つだろう。

 基本高水は高いが二千円から一万円位で収めるのが一般的かと思う。

 少し高くても、一万五千円くらいだ。


 さて、そんな私が買った香水の金額。


 四万円。


 もう一度言う。


 四万円だ。


 ちなみにルームフレグランスが七千円で新商品出ていたため、一緒に買ってしまったので支払額約五万円。銀座でしっかりと課金してきた。

 そこは私が銀座で一番課金してる店であり、寧ろそこに行くために、銀座で降りると言っても過言ではない。

 このエッセイでは直接名前を出さないと決めているので、仮名を使用させてもらう。


 有名化粧品ブランドSの銀座本店二階だ。


 ちなみに銀座でSは数店舗あるため、もう一回伝える。銀座本店二階だ。


 この銀座本店、その有名化粧ブランドSのすべての商品が集まっており、なんなら本店限定のものも多数ある。

 余談だがこの本店には直営のカフェがある。

 店員さん言っていたし、私も思うが「かなり穴場のカフェ」だ。ここで並んだことがない。

 銀座なのに。



 さて、この銀座本店。

 勿論販売だけではなく、展示会等のイベントもよくやっている。

 私がこの本店を初めて訪れたのも、とある展示会を見るためだった。

 

 再度言うがこのエッセイでは、直接名を使わない。なので仮名を使わせていただこう。

 有名フランス香水ブランド、SL。


 私の持つ十一個の香水の中で、三分の一以上この香水ブランドである。


 フランス人であり、有名ブランドのディレクターをしていたSL。

 有名コスメブランドSではCMや商品のディレクターをしており、彼が香水に目覚めるきっかけがコスメブランドSのこうすいだった。

 その縁もあって、SではSLの香水やコスメの取り扱いをしている。


 そんなSLは、「時の旅人」と公式サイトで紹介されている。

 香水を作る人が時の旅人とは? と疑問に思うだろうが、彼の作品に触れたならば、たしかにそうなのだ、と納得しか無い。


 香水の一つ一つに、人間の業や夢、広大な自然、彼が見てきた本物・・が詰め込まれているのだ。そして、その本物を詰め込み抽出された、毒薬のような水を纏う度に、その本物が直ぐ目と鼻の先に現れるのだ。


 まるで、私を見てくれというように。


 読んでる人は、多分作者頭大丈夫か? と思っただろう。

 大丈夫だったら、五万円も香水に使わない。

 とっくに狂ってるとしか言えない。


 でも、言ったと思うが、匂いというものは時として人間を狂わせる。とんでもなく魅惑的なものなのだ。


 さて、私はいくつか香水を持っているという話をしたが、なぜこんなにもあるのかという話をしたい。


 結論は単純で、それはそれを買った時の私が『私』を見つけたくて試行錯誤した結果なのである。


 匂いというものは、好き嫌いが分かれる。勿論鼻は直ぐに環境に慣れてしまう特殊技能もちではあるが、合わない香水を着けると体調を悪くする人も多いのだ。


 私もとある香水を試した時、ものすごい頭痛になってしまい、二日くらい寝込む羽目になって、苦労したことがある。一度試した時は問題なかったのにだ。

 ファーストインプレッションはすごく気に入っていたのにお試しだけで買えずに、涙ながらに敗走するしか無い。体調、環境、季節によって香りは思う存分左右され、時としてとんでもない牙を向いてくる。


 なので、香水を選びというものは、自分との相談をしつつ品質や香りの持続性を見る必要がある。


 だから、色んな香水のお店や、コスメブランドのフラッグシップ等で香水を探すことも多い。

 キングオブハイブランドHも表参道かなんかで香水を嗅ぐために突入するハメになったことがある。


 それくらいに香水というものは好き嫌いの相性が難しい。


 でも、それ以上に難しいことがある。

 その香りが『私』なのかだ。


 なりたい誰かに憧れて買った香水も勿論良いが、私はずっと『これは私の香りだ』と思う香水を探していた。

 手元にあるものは私が好きな香水たち。ただ、それが私なのかというと、甚だ疑問な香水も多い。

 ただ澄んだ甘いピーチウーロンティーな香水は、私なのだろうか?

 好きだからつけてるが、自分の服とメイクとヘアスタイルが、この香りが匂いで崩れることもある。あれなんか違うなって。

 また違う香水は、めちゃくちゃ可愛い服装をした時に、「匂いが重い」と言われることもあった。


 それくらいに匂いというものは、私達の中からにじみ出るものを表してる何かだ。

 もし、その主柱の私自身が違和感を感じていたら、それは全てバランスを崩していくもの。


 だからこそ、銀座本店二階にあるSLのコーナーで、今回の四万円香水を見つけた時、初めて香水に対して「『私』を見つけた」となったのだ。


 その香水は癖が強い。

 日本名は「罪づくりな月下香」。

 罪深い月下香のが、あってるが。

 どんな香りかというと、病院で苦しむ何かが天に召される瞬間の香り。

 何せ、この香りを捧げた相手は、カトリーヌ・ド・メディシスやエリザベート・バートリー、ミレディー・ド・ウィンターという血なまぐさい美女たちばかりなのだ。


 そう、このSL作品において、女性というものは色々な形で現れる。

 同ブランド内にある香水としては、「鉄の処女」と名付けられた最高の香水がある。

 メタルと百合と洋梨が作り出す

 まさに乙女の、甘く香る、血の匂いの香水。

 買えばよかった!!!!

 なんで廃盤したんだ!!!!


 いかん取り乱した。

 または、修道女という名前の香水もある。

 これはジャスミンの香りだが、生々しく残るシベットが修道女の裏の顔を作り出している。


 または、娼婦テーマにしたその香りもあり、暗くダークなジャスミンとイランイランが生々しい夜の喜びを感じさせる。


 とにかく色々とやべぇ香水ブランドの中で、最初は一番強烈な血と病院臭い匂い、ただその奥には美しいテュベルーズが花咲く花畑が隠れている。

 時間が経つとともに、その花畑に近づき、最後は柔らかな花の上で微睡むようなそんな香りだ。


 まじで、地獄から天に召される瞬間の匂い。

 毒薬のような香水である。


 その香り、ストーリーライン、私は虜になってしまったのだ。


 出会ったのは、4月くらい。

 それくらいからずっと、買うか悩み続けて、腹決めて7月に買った。この間、毎日のようにいつ買うのかを検討している。毎日、毎日、その香水を考える。まるで、恋をしているみたいな日々。


 悩める日々から、購入した理由は単純。

 まず、このSL、すぐに香水を廃盤する。

 しかも、突発的にだ。

 マジでいい加減にせいやと思うくらい突然で、私が鉄の処女買えなかったのも、この突然廃盤のせいだったりする。


 そして、今回私を担当してくれたビューティーアドバイザー(BA)さんが、なんとテュベルーズクリミネルが好きだったのだ。

 この好き嫌い分かれる匂いを好き!

 運命やん!

 って、なるのはまじでチョロインの極みである。


「この香水を好きになって、購入してくれるお客様を担当できて嬉しいです!」


 とまで言われたら、そりゃもう。


 散財チャァァンス!!!!


 なわけである。

 少し悩んでお買い上げである。

(ルームフレグランスも素敵なイランイランとジャスミンとはちみつの香り、部屋ぶんまきます)


 でも、本当にこの銀座本店のホスピタリティは素晴らしいと思う。丁寧な声掛けもそうだが、付かず離れずでいてくれるし、なにより入り口の重厚感からか、基本人があんまりいないので落ち着いて見れる。

 じっくりと肌悩みとかも相談できるし、ヘアサロン専売品もここで買えるため、ヘアケアも相談できてしまう。

 至れり尽くせり、毎度お世話になってます。


 さて、そんな素敵なお店を出た後、私が思うことは唯一つである。


「次は何を買いに行こう」

 ネズミはチュウチュウと鳴きながら、銀座を歩いていく。誰か『私』の香りを纏った『私』を見つけてくれないかと思いながら。

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