蟻と螽斯
明日葉叶
第1話 その後
俺は遊んでばかりいたから冬を越せず、こうして地面に這いつくばっているのか……。
蟻の奴は今頃暖炉で暖まりながらシチューでも食べているに違いない。
二月の地面は冷たくて、もうじき意識を失う俺の体は、最後のエネルギーをそこに注力して延命をしようとしている。もう、いいだろ。十分後悔もしたし、反省もしている。もう楽にしてくれよ。
もっと働いてさえいればこういうことにもならなかったのか。
遊んでばかりいないで、もっと頑張って働いていれば。
西日が森の木々の間から零れる。もうじき日も暮れる。そして、俺の命の灯も。
視界の隅から白い粉が降ってきた。さっさと楽にしてくれよ。そう願った。
「お、ちゃんキリ。なんでこんなところで寝てる? 雪だって降ってきてるのに、こんなところで寝ていたら風どころじゃすまないZE?」
声が降ってくる方向に意識をそらすと、細い足が見えた。
多分、俺の知り合いで、たぶん、いつかいっしょにさけを……。
「そうDA☆ ちゃんキリ。今からうちに来ないか? ちょっとした催しを予定してるんDA♪」
へんじをするよりょくも……なにかをかんがえるよ、りょく……も……、もう……。
も……う、……さむさ、も……かんじな……い……。
意識がもどったときには、なぜか俺はやたら重低音の響く暗闇に居た。
あたりは密閉された空間特有の圧と、時折音楽に合わせえて輝くステージ。
「ようやく気が付いた☆」
ゆっくりと目の前の面長を思い出す。すぐに思い出すには、体力と気力が追い付かない。
「お前は、確か」
「なんだよ☆ 忘れてたの? ひどいNE」
目の前の面長は、グラスを片手に掲げてあおる。中身はきっと酒だ。
「コオロギ!」
「おいおい、そんな呼び方してなかったRO? ろぎこー。ちゃんきりからそう呼んでくれたじゃんKA☆」
気づくと俺の前にもコオロギと同じグラスがあった。
「まぁのみなYO 何があったかは聞かないYO 野暮ってもんだろ」
グラスもそうだが、俺には傍らにあるつまみとしておいてある軽食のほうが魅力的に映っていた。なにしろここ数日何も口にできていない。腹が情けない音を立てた。恥ずかしいとは思わなかった。むしろありがたいとすら思う俺がいた。
昔はこんなにみじめなところを人に見せたくはなかったのに。
「……まさかほんとに? あのちゃんきりがホームレスなの?」
俺は返事の代わりに目の前に置かれている二人分のピザにがっつく。こういうときって大体肉汁がどうの、食感がどうの、しまいには味がどうのと御託を並べたがる意識の高い連中がいるが、もはや俺にはそれすらない。生きるためにただ喰う。
数日ぶりの食事に、完食した際には初めて神様に祈りをささげた。
「……ないているのかいちゃんきり?」
「死ぬかと思った。これからはまじめに働くからどうか許してほしいと信じてもいなかった神様にだって願った。俺は、生きてる!」
体に染み渡る力がそうさせたのか、俺は勢い余って目の前のグラスの中身も考えずに一気に飲み干した。
「おいおいおいおいおいおいちゃんきり! そいつはスピリタスだZO!?」
突如として胃から食道から焼けるような熱さに悶えてしまう。
「と、とにかく、俺はもう遊べない。働かないとならないんだ。コオロギ、礼を言う。助けてくれてありがとう。悪いけどもう俺はここにはいれない」
「いれないってどういう事DA」
「働き口を探さないと、まだまだ冬は続く。俺も蟻のようにまじめに……」
「何を冗談を。ちゃんきりは職歴なんてないだろ」
「あ……」
「このパーリーはNE……。ちゃん僕の主催する少し遅めの新年会なんDA☆ もしよかったらみんなに顔合わせしようよ。何の能力も持たないちゃんきりにぴったりな仕事が見つかるかもしれない」
こおろぎが怪しく眼鏡を光らせた瞬間、突如ステージにサーチライトがむいた。
「今日はみんなありがとー!!」
きゃー!!!!!!!!!!!!
轟く歓声、唸るドラム。
「あれは、もしかして……」
「ようやく気が付いたのかYO まったく飯食えてないって時期に脳みそ萎縮したんじゃないKA?」
目の前に広がる光景は、遊び人の俺にふさわしい場所だった。
「ようこそ。ろぎこー主催の接待パーリーに☆」
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