第26話 強者

「くッ……ぁ……!」


 その砂塵と紅炎の中心で、一人の青年が苦鳴と共に前のめりに倒れ込んだ。


 彼の身体は左上半身と右腕が赤黒く染まっており、見るも無惨な状態であった。

 しかし意識も呼吸もあるようで、なんとか命を繋いでいるようだ。


 そして膨大な量の砂塵が晴れていくと、そこには左腕を振り抜いた形で停止している隻腕の大男が地面に膝をついていた。


 だがその全身は黒く焼け焦げ、通常であれば間違いなく死に至るものとひと目で分かる。


「よくぞ我にここまでの手傷を負わせたな、坊主……!」


 炭化に近い大火傷を全身に負ったレヴロトルムは、しかし爛々とした双眸を倒れ伏しているヴァンに向けた。


「じょう、だん……だろ……? あれを、食らって、倒れねぇ、のか……!」

「かっかっかっ! 我はまだやれるぞ……!」


 大笑したレヴロトルムは満身創痍どころではない身体を強引に動かし、立ち上がろうとした。


 しかし彼はそれをすぐにやめ、周囲が軽く揺れるほどどっしりと地面に腰を降ろした。


「と言いたいところだが、これ以上は我も動けん。誇っていいぞ坊主、お主の勝ちだ……!」

「はッ……! 勝った、方が……ぶっ倒、れてちゃ……世話ねぇ、な……」


 闘いの終わりに安堵したヴァンは自虐的な笑みを浮かべながら、どっしりと胡座をかいているレヴロトルムに目を向けた。


 するとその背後の空間にひび割れが生じ、そこから眩い金髪を揺らす少女 ミラエルが現れた。


「めちゃくちゃにやられたわね、クロ」

「ミラエル嬢……。あぁ、完敗だな」

「勝者の方がさらにボロ雑巾ってなんなのよ」


 ミラエルは大鏡を生成しながら、地面に倒れ伏すヴァンの姿を一瞥した。

 それが完成するや、彼女はレヴロトルムに語りかけた。


「ヴラドの指示よ。あっちに戻って傷を癒しなさい」

「はいよ、あとはあいつに任せる」

「聞いてたかしら、ラスエル? 繋ぐわよ」


 大火傷を負ったレヴロトルムにそう告げたミラエルは、大鏡の方に向き直ってとある少女の名を呼んだ。


『うん……聞いてたよ……』


 すると大鏡の鏡面が揺らぎ、そこにミラエルと瓜二つの銀髪の少女が写し出された。


 相違しているのは波打つ髪質と弱々しい表情だけで、それ以外は同一人物と言って良いほどに似通っていた。


(こいつらがレイエルが言ってた姉妹か……。三人ともそっくりじゃねぇか……)


 ミラエルがレヴロトルムの肩にそっと手を触れた直後、彼の身体に亀裂が生じ、砕け散るように消滅した。


 すると鏡の向こう側で砕けた破片が寄り集まり、ラスエルの背後に満身創痍のレヴロトルムが現れた。


「じゃあな、小僧。またいつか戦おう」

「はッ! またぶっ倒して、やんよ……!」


 盛大な強がりを口にしたヴァンに対して鏡の向こうのレヴロトルムが大笑する。

 その途中で大鏡が消滅し、残ったのはミラエルのみであった。


「あー、てかこれやべぇ状況なのか……?」


 もうまともに立ち上がれないヴァンの前には無傷のミラエル。

 どう考えても詰みの状況だ。


「ふん! ウチらは手を汚すなって言いつけられてるのよ。だからアンタも殺さないでおいてあげるわ!」


 ミラエルはそんな捨て台詞を残して再びどこかへ転移した。

 ドラクたちと戦っているヴラドの元へと戻ったのだろう。


 自分も早く援軍に向かわなければならないのだが、もう少し休まなければ立ち上がることさえ出来ない。


 そう考えたヴァンはうつ伏せの身体を仰向けに転がし、三日月が浮かぶ夜空を仰いだ。


 世界にはレヴロトルムのような化け物じみた強者がいて、自分の強さなど大したことがないのだと痛感した。


 けれどそれはヴァンの心を折る理由にはならなかった。


「またアイツと戦うんなら、強くならねぇとな……!」


 そう零しながら、ヴァンは握った拳を天に突き上げた。




 月光差し込む古城の広間。


 そこでレヴロトルムは焼け焦げた自身の左拳を頭上に掲げて眺めていた。

 重傷であるはずだが、その顔には小さな笑みさえ浮かんでいる。


(腕を持っていかれ、力の大半を封じられたとはいえ、あんな小僧に遅れを取るなんてな)


「なんだか、楽しそう……?」


 そんな彼の顔をのぞき込んできたのは、不思議そうに首を傾げる銀髪の少女 ラスエルだった。


 眠そうな銀の瞳がレヴロトルムの爛々と輝く瞳を射貫く。


「楽しそう、か。かっかっか! そう見えるならそうなのかもしれんな!」


 ラスエルに言われてレヴロトルムは自身が抱いている感情に気が付き、大笑した。


 彼は心のどこかで自分と渡り合える存在を求めていたのだろう。


 随分なハンデがあったとはいえ、あのヴァンという竜血鬼の少年は可能性に満ちあふれていた。


 レヴロトルムはヴァンの成長を願い、いつか全力をもって闘争することを望んでいるのだ。


「へんなの……」


 レヴロトルムが笑っている理由が分からないラスエルは、唇をへの字に曲げながら不思議そうに彼を見つめていた。


「随分手ひどくやられたね」

「!! どうしてお前がここに……!?」


 レヴロトルムは声をかけてきた人物の顔を見て、目を見開いて驚いた。



   ◆ ◆ ◆



 ドラクの影の剣をいなして踏みつけ、吹き付ける白薔薇の花吹雪を赤黒い影の斬撃で相殺する。


 そして剣を地面に踏みつけられているドラクへ回し蹴りを叩き込んだ。


「がはッ……!」

「ドラクっ!」


 辛うじて左腕で防御したドラクだったが、ヴラドの蹴りは凄まじい威力で突き抜けた衝撃だけで吐血するほどだった。


 飛翔することで先回りしたエルザは、吹き飛んできた彼の身体を受け止め、すぐに地面へと降ろした。


 その直後、遠方で凄まじい轟音を伴う爆炎が荒ぶり、ドラクたちの肌にさえ灼熱を伝えた。


「どうやらあちらの決着は着いたようだね。ミラエル、レヴロトルムを帰還させて来て欲しい」

「仕方ないわね」


 ミラエルは不承不承であることをあらわにしながらも魔刻を行使した。

 周囲の空間に亀裂が生じ、彼女の姿が転移する。


「あちらは相討ち、いや、ボクたちの負けと言ってもいいだろう」

「大きなハンデを背負ったとはいえ、万が一にもレヴロトルムが痛み分けにまで追い込まれるとは思わなかったよ」


 ヴラドは気配でも察知できるのか、あちらの戦いの結末が分かっているらしい。


 口ぶりから推測するに、ヴァンはあの凄まじい力を持った黒竜と相打ちとなったのだろう。


「だが大局を制するのは彼女を奪い合うこちらの戦いだ」


 遠方に横たえられたカストレアを一瞥したヴラドは、視線を再びドラクたちへと戻す。


 すぐにでもヴァンの元にエルザを向かわせたいが、ヴラドの言う通り目の前の彼を倒さなければ彼の大健闘も水泡に帰す。


「二対一で勝てると思ってんのか?」

「逆に二対一程度でボクを下せるとでも?」


 軽口を叩いたドラクに、ヴラドも挑発とも取れる言葉を返す。

 しかし先程までの立ち回りでそれが強がりではないことは証明されているのだ。


「まずエルザ」

「っ……!?」


 エルザの名を口にしながら一瞬で彼女の懐に入ったヴラドは言葉を紡ぐ。


「キミは魔刻の力に頼りすぎていて、近接戦闘に持ち込まれると弱い。それに魔刻の力も支援に寄っているため攻撃に転用しても威力が低いね」


 エルザは咄嗟に翼を羽ばたかせて距離を取るも、ヴラドはたった一歩でその間合いを飛ばした。


「まぁボクからのプレゼントを愛用してくれているのは嬉しいけれどね」


 魔刻のことをプレゼントなどと宣うヴラドに対し、エルザは眉間に皺を寄せる。

 しかし笑みを浮かべたまま放たれたヴラドの強烈な蹴撃が彼女に襲いかかった。


「くっ……!」


 エルザは右腕と右翼を重ねて防御したものの、彼女の軽い身体はいとも簡単に吹き飛ばされてしまう。


 それを追撃しようと踏み込んだヴラドの足下に黒茨が絡みついた。


「そしてドラク」


 足下の茨を赤黒い影の斬撃で切り飛ばしたヴラドは、背後から迫ってきていたドラクの剣をすれすれのところで回避し、彼の背中に回し蹴りを放った。


 ドラクはそれを限界まで低くしゃがみ込んで回避。


「キミは臨機応変な戦闘スタイルで相手に対応できるが魔刻の力は限定的で、呪いに対して以外はそれなりに戦い慣れした吸血鬼でしかない」

「ッ……!?」


 ドラクの真上を過ぎ去ろうとしたヴラドの右脚がピタリと停止し、そのまま振り下ろされる。


「魔刻を使っていないボクのような相手の前では、純粋な戦闘能力だけで戦わなければならないため真価を発揮できない」


 ドラクは振り下ろされた脚と自身の間に強引に影の剣を滑り込ませ、赤黒い斬撃の尾を引く踵落としを受け止めた。


「それになにより、眷属として不完全なキミは吸血鬼の力を十全に扱えない」

「ぅ……らぁ!!」


 影の剣を斬り上げによって右脚を跳ね上げられたヴラドはふくらはぎを浅く切り裂かれ、しかし軸足として地面につけていた左足を振り上げる。


 赤黒い弧を描く蹴撃はドラクの腰から右肩にかけてを切り裂いた。


 その一撃には絶大な威力が込められており、ドラクは鮮血を撒き散らしながら後方に吹き飛ばされた。


 しかしすぐに体勢を立て直してヴラドの方に視線を戻す。


「!?」


 しかしそこに彼の姿はなく、真逆の背後から殺気を感じ取った。


「吸血鬼同士の戦闘では、同じ土俵にすら立てていないんだよ」


 背後から赤黒い影を纏う蹴り上げが放たれた。


 そのとき振り上げられたのは先ほどドラクが影の剣によって跳ね上げた右脚で、斬りつけたはずのふくらはぎの傷が白煙を上げて完治していた。


 一方ドラクの傷は再生に時間がかかっている。


 これがヴラドの言う『同じ土俵にすら立てていない』ということだ。


 対吸血鬼、それも最強と謳われるバートリー家の当主相手では余りにも分が悪すぎる。

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