第六.五話 – 狭間

「私は案内人グイード


 案内人グイードは左手をかざして指先、関節、付け根に対応する音階を右手でなぞる。その渦巻く模様を死者に示し、運命の扉へと促す。


「あなたも相当じゃない? 結局は何も教えてあげないじゃない」


 案内人グイードが死者を扉の中へ導いた後、それを見ていた渇きし者サースティが黒い塊の中から現れて話しかける。彼女の口元は血で汚れ、右手には顔の半分を食われて三日月型になった双子の片割れ。欠けた少女の表情からは弾けたような笑顔が見られ、それはまるで姉の胃袋の中に入ることを喜んでいるようである。


「私の役割だもの。この世界とは関係のないあなたとは違ってね……。それにしてもその姿にあなたの行い。それじゃあまるで……」


 案内人グイードは一度言葉を切り、ほじくり出した双子の目玉を舐める渇きし者サースティを見ながら不愉快そうに睨みつける。


「まるであなたの方が異形じゃない」


 渇きし者サースティ案内人グイードの自分に向けられた険しい表情を見ると挑発するかのように笑いだす。


「ケヒッ……ケヒッ……ケヒヒヒッ……」


 渇きし者サースティは人の頭部を丸飲みにできる程の大口を開けて双子の残りの頭を一口で飲み込んでしまう。ゴキュゴキュという不快な音を鳴らしながら血を滴らせるその醜い姿はこの世界を統べる者である案内人グイードにすら目の前の怪物にいつ襲われるか分からないという恐怖を与える。


「あなたはあの子に恨みでもあるの?」


 渇きし者サースティ案内人グイードの言葉を聞くと笑うのを止め、舌で血がへばり付いた唇の端から端までを舐めとった後に話し始める。


「食べちゃいたいくらい可愛いって言うでしょ?」


––––ズズズズ


 床から湧き上がってきた黒いノイズが巨大な鉄扉てっぴを形成し、ドンドンドンドンとけたたましいノック音を四度響かせる。鉄の錆びた音が擦れるいとわしい音が暗黒の空間を支配し、地面を這いずる闇に波紋が広がる。案内人グイードはその後に生じた巨大な漆黒の津波を避けるために背中から生えた羽毛の翼を大きく広げて上空へと美しく飛翔する。


「渇くのよ」


 上にいる案内人グイードの方を横目に見ながら渇きし者サースティは言葉を紡ぐ。


「潤したいのよ。私の身体を。心を」


 渇きし者サースティは目を瞑って両手を大きく広げると鉄扉の向こうから伸ばされる黒い触手に身を投げ出し、そのまま中へと引きずり込まれていく。


––––血で。死で。絶望で。


 渇きし者サースティを取り込んだ扉が再び凄まじい音を立てながら閉まり、地面の闇へと消えた後に案内人グイードはその波紋の中心へと音も無く静かに降り立つ。


「ヒトは悪魔にも天使にもなり得る」


 案内人グイードは悲しげな目で扉のあった場所を見つめる。しばらくすると彼女の周りには淡く発光しながら両手に収まるくらいの大きさの球体が浮遊する。暗闇を取り囲む大きな目玉がその様子を凝視する。


「死という運命をどう受け止める?」


 ここは生と死の境目に存在する世界・『狭間サイレンス』。案内人グイードは死という運命を受け入れられずに迷い込んだ魂を死後の世界へと導く唯一の住人。


 つまり渇きし者サースティはここの住人ではない、ただの人間である。



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