第六話 – グイードの手
「
突然扉の中から現れた、
「あなた、グイードの手って知ってる?」
––––グイードの手
私が小さい頃から憧れていたピアニストのアルバムタイトルに『グイードの手』というものがあった。小学生の頃にそのアルバムは発売され、タイトルの意味が分からなかった私はネットで検索してその概要を調べたことがあった。
グイードの手とは、中世ヨーロッパにおいて音階順に音名と階名のセットを左手の指先、関節、付け根に当てはめて音節を示すというものだ。
私が彼女の中指の先を見つめていると彼女はフッと笑い、再び親指の先に右手の人差し指を移動させて再び同じ動きを繰り返した。彼女は右手で左手をなぞりながら「二十」と呟き、私はその数字を疑問に思いながら彼女の美しい碧眼を見つめる。
「グイードの手は全部で二十箇所に音名を当てはめ、渦巻き状に音階が動く。最後の中指の第一関節から指先に抜ける動きはまるでこの渦から逃がれるかのよう。この渦から抜け出すためにはあなた自身が何か変化を加えなければならない。その変化を加えるのは親指の先に戻った瞬間。それまであなたはこの渦の中を
––––私は運命に抗おうとなど初めからしていなかったのだ。
私がこれに気付いたのはいつだっただろうか? 四十一回目。つまり私はこの渦の中を二巡したところで変化を加えることに成功した。私はそこから目玉となり、"私が死ぬ瞬間を見る"という渦に入ったのか。それなら今回の変化は? 私は最早このループを何度繰り返したのか覚えていない。
「八十一回目よ」
「あなたは死を重ねるごとにあなたと分離した。死を受け入れられないあなたとそれを見つめるあなた。それを可能にしていることこそあなたが特別である所以」
––––レアものよ、お姉さま
初めて双子と出会った時に言われた言葉を私は思い返した。
「あなたはなぜ死から逃れようとするの?」
不意に
「ケント音楽大学に入学できるところだったのに……。そんな時にこんな仕打ち、酷過ぎるじゃない!」
死を何度も経験していくうちに希薄になっていった感情が何の前触れもなく私の奥底からふつふつと沸き上がり、私の語気を強くする。
「本当にそうかしら?」
「あなたは死によって何かを変えたいんじゃない?」
––––ドンドンドンドン
地面を這う気味の悪い、黒い糸状の何かにノイズが迸るとゆっくりと1つの木製扉が出現する。
「扉は四度叩かれる」
––––いつから?
そう私は今、再び肉体を手にした。あの少女の言うことが本当ならば、私はまた同じことを二十回繰り返すのか。迫り来るセダン車がフラッシュバックし、私は目を伏せて気が落ちるのを感じる。すると黒いノイズは私の右手を覆ってアノブへと導く。右手がドアノブに触れる瞬間、私は意を決して扉を直視する。
私は一体どこへ行くのか。事故を回避しようと願っても何もできなかった。横断歩道を歩行する直前を願っても叶わなかった。一体どこへ? どこへ行けば良いの?
扉が開かれると、闇が私を追い求めて顔を包んでいく。
◆
私の視線の先には窓枠という名のキャンバスの上で外の景色と共に絵画の一部となる彼。夕陽という橙色の絵の具に横顔を照らされながらスケッチブックに向かって黙々と彼は手を滑らせる。時折、周りの視線を気にしながら。教室の端にいる私の視線には気付かずに。
頰に何か温かいものが伝う。それと同時に懐かしい言葉が私の脳内を反響する。
––––続けてよ。一緒に
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