か、勘違いしないでよね……!

物部がたり

か、勘違いしないでよね……!

 バレンタインデーには二種類の人間が存在する――。

 それは、チョコをもらえる者と、チョコをもらえない者だ。

 本来、バレンタインとは、ローマ皇帝の迫害により殉教した「聖ウァレンティヌス」という聖人に由来し、日頃お世話になっている大切な人々に感謝を込めて贈り物をするための日なのだ。

 だが、それに目を付けた流通業界や製菓業界がビジネスとして「バレンタインセール」などを広めたものだから、チョコをもらえない者たちに「血のバレンタイン」の悲劇という苦渋の思いを味あわせることになった。


 そして「血のバレンタイン」の悲劇を避けるために、どこにでもいる男子高校生のれいは一年も前からチョコをもらうための準備を怠ってはいなかった。

 かといってれいは顔が良いわけでも、運動ができるわけでも、勉強ができるわけでも、ましてや家が特別裕福なわけでもなかった。

 れいにできることは、極々些細な気遣いだけであった。

 例えば、女子たちにはフレンドリーに紳士的に接し、雑用を率先して引き受ける。努力の甲斐ありいつしか「ザッシーくん」という愛称で呼んでもらえるようになった。

 

「今年こそ、チョコをもらえるはずだ!」

 これだけ努力してきたのだ。努力は必ず報われる。

 今年こそ、チョコをもらえる確信があった。

 そして迎えるバレンタインデーの朝、駅や通学路で女子からいつチョコをもらってもいいように臨戦態勢でスタンバっていた。

 だが、駅や通学路ではチョコをもらえなかった。

 まだ諦めるのは早い! れいは自信満々で登校し、靴箱と引き出しの中をドキドキしながら見た。が、空だった。


 そわそわそわそわして、女子の動向をうかがう。

「ザッシーくん」

 と、れいは女子から声をかけられた。

「はい!」

 やっと来た、と喜びが最高潮に達したとき「この雑用やっといて」とゴミ捨てを頼まれた。

 チョコではなくゴミをもらった。

 結局、午前中は何ももらえなかったが、まだ昼休みがある。

 多くの女子たちは昼休みに、チョコを渡すのだ。


  *             *


「で、結局もらえなかったのか」

 れいの友人のはじめは、笑いを押し殺して机に突っ伏しているれいに訊いた。そう、とうとう帰宅時間になっても、れいはチョコをもらえなかった。

「うるさいな。はじめはもらえたのか?」

 はじめは勝ち誇った顔で「ほれ」と可愛らしい包装がされた箱を三つも取り出した。

「ど、ど、どうせ、義理チョコだろ!」

「いや」

「じゃあ、友チョコだ……!」

「いや」


「この裏切り者……。どうして、どうしておまえがもらえて、おれはもらえないんだ……ばかやろう!」

 泣き出したれいの肩を叩き、はじめはいった。

「大丈夫、おまえもチョコをもらえるさ。ほら、まだ遅くないぞ」

「遅くないって……」

 れいははじめが差し出したチラシを見た。そのチラシには、世のチョコをもらえない者たちを救済するためのビジネスが書かれていた。


「これは……」

「いろんな属性の女の子が手作りチョコをくれるビジネスなんだ」

 そのチラシには、ツンデレ、ヤンデレ、クーデレ、デレデレ属性を持つ女子が作ったチョコを本人から買い、更には甘い言葉を付けて手渡してくれると書かれていた。

「何だこんなもん!」

 れいはチラシをビリビリに破り捨てた。

「ああ、クーポンが付いてるのに……! なに考えてんだよ!」


「それはこっちのセリフだ! こんなもん買ってなに考えてんだよ!」

「何がだよ! メイド喫茶やキャバクラと同じだろ」

「なんか違う。なんか違うだろ……」

「違くない。金さえ出せば、愛やチョコだって買えるんだ」

「そこまですることなのか……。虚しくないか……。気持ちがこもったチョコだから価値があるんじゃないか……」


「綺麗ごとを言うな! 綺麗ごとで血のバレンタインの悲劇を防げるのか? このチョコだって彼女たちの愛がこもってる。いったい何が違うっていうんだよ」

「そうか……おまえにこれ以上いっても無駄なようだな……。どれだけ議論しようと、おまえとおれの考えは平行線のままだろう」

「ばかやろう……。綺麗ごとで誰が救われるっていうんだよ……」

「ああ、恐らくおまえのいうことの方が正しいよ。綺麗ごとでチョコをもらえない者たちは救われない……。だが、おれは最後まで潔く散るよ。あばよ」

「ばかやろおぉぉぉ!」

 れいははじめを残し、教室を後にした。


  *             *

 

「これでよかったのさ……」

 と駅へ向かっていたとき、れいはクラスの女子とばったり出会った。

「ザッシーじゃん、どうしたん。暗い顔して」

「これが素だよ」

「いや、違うね。いつも以上に暗いね。あ、わかった、チョコもらえなかったんでしょ」 

 傷口に塩を塗られ、れいの顔は更に暗くなった。

「しょ、しょうがないな。い、いつも雑用やってもらってるしぃ。このままじゃかわいそうだしぃ……はい、これ……」

 そういって、ふうは包装された小さな箱をれいに渡した。


「こ、これは……。もしかして」

 何もいってないうちから、ふうは否定した。

「勘違いしないでよね! 義理チョコに決まってるでしょ!」

「やっぱりチョコか! ありがとう、ありがとう。義理でも嬉しいよ。やっぱり気持ちが大事なんだよ。気持ちだけで十分だ」

「ちょ、何泣いてんの……」

 れいは生まれてはじめて、気持ちのこもったチョコを女子からもらった――。

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