第5話 夢か幻か
有明伯爵邸の執事長楠木は皆乃川 恋の返事をしっかりと受け取るともう一度よろしくお願いいたします。と頭を下げて厨房の方向へと姿を消した
「よし!」
恋も張り切って階段を登り暁都の仕事部屋の閉ざされた扉の前に立つ
伯爵様のに訪れた際はいつもこの部屋で叔父である皆乃川圭一郎と暁都が難しい話をしているのだ。
恋はいつもその隣の部屋で大人しく待っている。
つまり入るのは初めてだ。
小さな手でコンコンと2回ゆっくりノックをする
「………」
しばらく経っても返事がない
もう一度ノックをするも返事はない
「(……入ってみようかな?いえ!でも、殿方の部屋に許可なく入るなんてはしたない!で,でも…もし頑張りすぎて倒れていたら……!)し、失礼します!」
その考えのまま勢いよく扉を開けた
すると部屋には大量の書類、ぐしゃぐしゃに丸められたものもあれば綺麗に分けられたものも乱雑に机に置かれたものもある
他にも何か難しそうな本や高そうなペンにインク、違和感など
部屋の主はと言うと机で書類を書いている姿はなく
「…………スー、スー」
ソファーで横になって寝息を立てていた。
一瞬ソファーで倒れたのかとギョッとしたがすぐに眠りについていることに気づいた恋はそっとその顔を覗き込む
しわのついたカッターシャツに黒いズボン
ボタンも上から三つは開けっぱなし
この前見た時は綺麗に束ねていた黒と茶色の混じった長髪も今は縛るものがなく無造作で
目の下には濃い隈、そしていつもならきっちり剃っているのであろう髭が生えている。
恋は思わずそんな暁都を凝視する
いつも自分と会う時はツッコミどころのないほどきっちりとした格好なのだから当然だろう
「(はっ!寝顔を見るなんて失礼だわ!)」
我に帰った恋は申し訳ないと思いつつも暁都を起こすことにした
「は、伯爵様!恋です。お邪魔しております!えーっと…その、お疲れのところすいません。ですがソファーで寝てしまうと体を痛めてしまいますから一度ベットに行かれてはどうでしょうか?」
と言いながら暁都の体を優しく揺らす
すると閉じられていた瞼がほんの少しだけ開く
空色の瞳が恋を写す
「……ん?あぁ…そう…だな」
少しして暁都はそう口にすると恋の頬を手を伸ばし撫でた。
そして普段の無愛想な顔が少しほんの少しだけ綻んだ。
「……へ?へっ??」
普段ならありえないいきなりの出来事に驚いた恋はその場でかたまり顔を真っ赤にする。
____そう、暁都は完全に寝ぼけているのだ
半ば夢現といったところだろう
「……あ、ああああの!は、伯爵様!」
同様のあまり大きな声で意味もなく口にする恋
「!!!!い、許嫁どの…?」
暁都もようやく目が覚めたのかガタンッ!と音が出そうなほど勢いよくソファーから起き上がると同時に
目の前に恋がいることに驚き目を見開いた
「お、お邪魔しております。お疲れのところ起こしてしまってらごめんなさい。」
再度挨拶と謝罪をする
「…なぜ、許嫁殿が?」
「あ、えっと…その、お仕事でお疲れになっていると思って甘いもの…豆大福をお裾分けに…」
「…………一人でか?」
「は、はい」
「…そ、うか」
と二人に気まずい空気が流れる
「本当にごめんなさい、お仕事でお忙しいからお邪魔するのはダメでしたよね……」
としゅんとする。
「いや、構わん。許嫁殿顔が見られて良かった。俺もなかなか訪問できなかったからな。
それとせっかく尋ねてくれたのにこのような無様な格好で申し訳ない。」
と自分のだらしない格好をみて下を向く
「いえ!そんな!いずれ結婚するのです。そしたらきっとこういったことも起きるでしょうからその、私は早くに伯爵様のそういった気の抜けた姿を見られて心がほっこりします。」
そういって笑う恋
無自覚に割と恥ずかしい事を言っているのに気づいていないのかなんの躊躇いもなく発言した恋に少し驚く暁都は
「…そう、だな」
と言葉を少しつまられて短く返した。動揺していたのか照れていたのか無表情の為定かではない。
「……でも、良かったです。少しでも休息が取れているのなら。楠木さんにが全然休んでないとおっしゃっていたので…」
「…あぁ、ようやく溜まっていた仕事がほぼ片付いたのでな仮眠をとっていたところだ」
「!ごめんなさい!私、仮眠の邪魔を!豆大福は楠木さんにわたしましたし。お邪魔しました。あ!寝る時はベッドで寝ないと体が痛くなりますから!一度ベッドで寝てくださいね!」
と言って慌てて出て行こうとする恋を引き止めて
「…いや、そろそろ起きようと思っていたところだ。楠木もおそらく二人分の茶と豆大福を準備しているだろう?良ければ少しここにいてはくれないだろうか?」
と暁都は恋に了承を求める
「!!はい!」
恋は嬉しくて嬉しくて弾んだ声で返事をするのだ
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